Avastがセキュリティソフトを無料にできる理由

Avastはチェコのセキュリティ企業で、日本では個人向けの無料セキュリティソフトとしておなじみだ。

そのAvastが、企業向けの無料セキュリティ製品「Avast for Business」を6月より提供を開始した。また、モバイル向けには、Wi-Fi通信を暗号化して守るVPNを入れたiOS・Android版セキュリティアプリ「Avast SecureMe」、さらにPC向けでは業界初となるルータの脆弱性をチェックする機能も投入する。

なぜ、これらの製品を無料で提供するのか、これらの製品にはどんな特徴があるのか、最高経営責任者(CEO)のヴィンス・ステックラー氏と、最高執行責任者(COO)のオンドレイ・ヴルチェク氏に話を聞いた。

Avast CEO ヴィンス・ステックラー氏

――Avastは無料が特徴ですが、なぜ無料にできるのですか?

ステックラー氏「Avastは世界中で無料のセキュリティソフトを提供している。実はこの『無料で提供する』というやり方は、有料版でビジネスをしている他社も同じこと。どの会社のセキュリティソフトも、最初は無料なんです」

――他社でも最初は無料というのは、どういう意味でしょうか?

ステックラー氏「例えば、日本では、ヨドバシカメラやビックカメラなどの販売店で、セキュリティ製品を売っている。消費者は代金を販売店に払っているが、実はこの代金は多くの場合、ソフトウェア会社には入らない。

最初の代金は販売店がとり、2年目以降の更新料がソフトウェア会社に入る仕組みだ。つまり、ソフトウェア会社にとっては1年目に無償で提供しているのと同じこと。

私たちは、それをインターネット経由で行っている。小売業者ではなくインターネットを通じて、直接ユーザーに渡すことで製品を無料で提供できている」

――それでも無料ユーザーばかりではビジネスにならないのでは?

ステックラー氏「無料提供によって、Avastには2億3000万のユーザーがおり、一人ひとりが"センサー"となる。多くのセンサーからのデータをクラウドサーバに集めて分析できるので、実際の脅威がどこにあるのかを素早く調べてすぐに対応できる。

また、無料版ではあるが、Chromeのダウンロード支援などによる収入もある」

――無料版から有料版への切り替えは、どのくらいの比率になっているのでしょうか?

ステックラー氏「全世界の平均では3%から4%前後。比率が高い地域は英語圏で10%から12%、低い地域は台湾で0%だ。日本は世界の平均とほぼ同じで3-4%前後だ。実は、この数字はPCにプリインストールされている他社の体験版セキュリティソフトから、有料契約を行う数字とほぼ同じだ」

プリインストール・ビジネスの崩壊と日本でのAvastのシェア

――AvastではPCへのプリインストールは行わないのですか?

ステックラー氏「PCへのプリインストールの契約は高い。それができるのはシマンテック、マカフィー、トレンドマイクロなどお金持ちの会社だ。われわれは同じことをコストの高いプリインストールではなく、ネットでの無料提供という形で行っている」

――日本ではPCへの体験版プリインストールがシェアが左右すると言われています。

ステックラー氏「私は元々、シマンテックでこのビジネスを担当していた。当初はPCでの体験版プリインストールでは、20%ほどが有料版に申し込んだ時代もあった。PCメーカーにとって、プリインストールビジネスはうまみのある仕事であり、ハードウェアビジネスの儲けよりも大きかったようだ。『PCはソフトウェアを届けるためのデバイスだよね』なんて冗談もあったほどだ。

しかし、この数字はどんどん減っており、私がシマンテックを辞める時には5%以下になっていた。減った理由は、多くのユーザーがAvastのような無料のセキュリティソフトを使うようになったからだ。日本でも同様のことが起きるだろう」

――日本でのユーザー数はどのくらいでしょうか?

ステックラー氏「日本でのユーザー数は約200万ユーザー。契約台数の数え方が他社と異なるのでハッキリとは比較できないが、それでも全体の10%以下と少ないのが現状だ。日本において知名度が低いことは認識しており、それを高めたいと考えている。目標は世界でのシェアの平均である、20%から25%を獲得すること。クチコミをベースに、優秀な製品を提供してシェアを上げていきたい」

企業向けの「Avast for Business」を無料提供。中小企業がターゲット

――新しく登場する企業向けバージョンも無料が基本ですか?

ステックラー氏「企業向けの『Avast for Business』も無料だ。何ユーザーであろうと、無料で利用できる。2カ月前から英語バージョンを提供しているが、6週間で10万企業が登録している。アメリカでは1800台の端末に入れた企業もある」

――個人バージョンと企業バージョンの違いを教えてください。

ステックラー氏「端末で動いているのは、個人バージョンと同じものだ。企業向けでは、これらの端末を管理するコンソールを用意している。管理者はどこにいてもクラウドベースで端末を管理できる。またWindowsサーバ向けの保護機能もある」

――有料版ではどのような機能がありますか?

ステックラー氏「有料版では、ファイアウォール、サンドボックス、アンチスパム、データシュレッダーなどの機能を提供する」

――主なターゲットは?

ステックラー氏「小規模の企業だ。個人でAvastを使っているのだったら、同じものを会社でも使えば良いという発想だ。管理も自社で行えるように、わかりやすいコンソールを用意している。もちろんメニューは日本語であり、日本語でのメールサポートも行う」

――企業において、セキュリティ製品の導入にはSIerが関わっていることが多く、無料ソフトの導入は難しいように思いますがどうでしょうか?

ステックラー氏「大企業はそうだろう。しかし、今のセキュリティ製品は使いやすくなっており、企業の担当者も成長している。小さな規模のビジネスでは自分たちでセキュリティ対策を講じる時代になってきた。そうしたなか、大幅にコストダウンできるAvastは優位だと思う。Avastでは3年前に、教育マーケットで同じ試みをした。学校向けのセキュリティソフトを無料にしたのだ。これにより競合他社からシェアを奪うことができた。小規模の企業向けの市場でも同じことをしていく」

スマホ向け「Avast SecureMe」は無料でVPN暗号化。Wi-Fi利用での情報保護

――モバイル向け新製品『Avast SecureMe』とは?

ステックラー氏「スマートフォンではWi-Fiを利用する際の危険性がある。東京で調査したところ、Wi-Fiの3分の1がパスワードなしの状態で利用されており、4分の1が安全性が低いWEP方式で暗号化されていた。つまり、きちんと保護されていないWi-Fiが多く、スマートフォンやノートPCの利用で、データ通信をのぞかれてしまう危険性がある。そこで、Avastは暗号化して専用サーバを経由するVPNに対応した無料製品『Avast SecureMe』を提供する」

――Wi-FiのチェックとVPNはどのように動作するのですか?

ステックラー氏「接続しているネットワーク(Wi-Fiかモバイルネットワーク)をチェックし、安全かどうかを表示する。そのうえで自動的にVPNに接続する流れだ。iOS版、Android版いずれも無料での提供だ。また有料バージョン(SecureLine)では、VPNのロケーションを選択ができるほか、データのストリーム量も無制限になる。そのほかに、Android向けとして、バッテリー節約アプリ『Avast Battery Saver』と、メモリクリーナーアプリ『Avast GrimeFighter』も提供する」

――PC向けの2015年バージョンの特徴を教えてください。

最高執行責任者(COO):オンドレイ・ヴルチェク氏「ルータ対策が最大の特徴だ。ホームネットワークでの脅威を守るために、Avastでルータの脆弱性チェックを行う」

Avast COO オンドレイ・ヴルチェク氏

――ホームネットワークでの脅威とは?

ヴルチェク氏「例えば、アノニマスは世界中の家庭用ルータをハイジャックし、そこを経由して攻撃を行っている。Avastが世界中のルータの脆弱性を調査したところ、約50%に何らかの問題があった。アップデートされていない脆弱性があったり、パスワードがデフォルトのままになっていたりするなどの問題だ。家庭のPCやスマートフォンはすべてルータにつながっているうえに、ルータは24時間365日動いている。ルータこそ最も重要であり、一番最初に守るべきポイントなのだ」

――具体的にはどのようなチェックをするのですか?

ヴルチェク氏「ルータをチェックするスキャナーを載せている。ルータの脆弱性のデータベースを持っているので、ルータの製品名とファームウェアのバージョンをチェックし、脆弱性がある場合に警告を出す。またルータのコンソールへのログインパスワードもチェックし、デフォルトのままの場合に警告を出す仕組みになっている」

このように、Avastは企業向け、モバイル、PC向けの無料製品を一気に投入してきた。

セキュリティのコストは上がる一方だが、そうしたなか、Avastは中小企業や個人向けに無料製品を提供することでシェアを伸ばそうとしている。いずれも意欲的な機能を搭載しているので、チェックする価値は十分にありそうだ。