愛媛県の名産品といえば「みかん」を思い浮かべる人が多いだろう。ほかにも、「今治タオル」や瀬戸内海の荒波にもまれた「鯛」などが有名だ。
ただ、これらは物流整備が進んだ現代において、ご当地に足を運ばなくてもネットショッピングや物産展、スーパーなどで状態の良い物を安く購入・利用できる。そこで重要になるのは「いかに現地に足を運んでもらうか」という観光のストーリー作りだろう。
愛媛県は、観光資源に乏しいわけではない。全国でも有数の温泉郷の「道後温泉」があるし、柑橘類の農園が多く点在している。また、今治タオルの産地である今治市は瀬戸内海にかかる大橋の1つである「来島海峡大橋」で広島県尾道市とつながっている。ただ、ブランド総合研究所が毎年発表している「地域ブランド調査」の2014年結果では、31位と可もなく不可もなしな順位。強いて言うなら少し低いかなという状況だ。
別の切り口である観光資源の「自転車道」
日本マイクロソフトは、2014年4月に「愛媛マルゴト自転車道」の推進で愛媛県と地域活性化協働プログラムをスタート。この3月末まで観光支援やIT技術者育成の支援を行ってきた。
愛媛マルゴト自転車道は、先程も挙げた来島海峡大橋を通る「しまなみ海道」など、県全域で自転車を楽しめるようにしようという試みで、現在の愛媛県知事である中村 時広氏が推進していている。来島海峡大橋は、四国都本州を結ぶ3つの大橋の中で唯一自転車で渡ることのできる大橋で、海の上を爽快に走ることができる全国でも珍しいスポットだ。自転車道自体は、15年前から整備されているものの、これまで県として強く情報発信をしてこなかったことから、中村氏が強いリーダーシップのもと、発信を行うようになった。
サイクリスト人口は健康志向とともに増大しており、一時期のブームのピークと比較すると減っているものの、依然として800万人以上のサイクリングを楽しむ人がいるようだ(レジャー白書2013より)。ただ、中村氏は決して日本に閉じた観光誘引施策を考えているわけではない。自転車の生産でトップシェアに近い台湾のとあるメーカーの幹部を愛媛県に招き、愛媛マルゴト自転車道をトップダウンでPR。世界に誇れる"自転車を楽しめる地域"としてアピールしたのだ。こうした地道な取り組みから、2014年10月に開催された「サイクリングしまなみ」では、サイクリング大会としては全国最大級となる8000名が参加し、天候にも恵まれ、成功裏に終わったという。
先に触れた「愛媛マルゴト自転車道」の紹介Webサイトも、自転車道の魅力発信の一翼を担っているが、このサイトはただ単純にマイクロソフトが運営を行っていたわけではない。
Webサイト運用は自分たちで進められるように
サイトのバックエンドには、Microsoft Azureを活用。米国・サンフランシスコや英国・ロンドン市などの自治体で利用されているコンテンツ管理システムであるDynamics CRMも用いて、同社のbingマップとの連携、AndroidアプリやiOSアプリなど、シームレスなコンテンツ運用も可能にしている。
このコンテンツ運用の簡略化がシステム活用の大きなポイントで、誰もが簡単に使えるユーザーフレンドリーなUIであるため、ITスキルを持ち合わせていない人でも、直感的に操作できるという。サイト構築こそ、日本マイクロソフトと地場のシステム会社が協力して行ったが、既存のフレームワークを活用したため、昨年1月のプログラムスタートからわずか3カ月で実運用にこぎつけた。同サイトのアクセスは月平均で5000弱だが、Azureを利用しているため、急なトラフィック増大があった場合でも柔軟に対応できる。
先程も触れたように、マイクロソフトは同サイトの運営を担っていたわけではなく、あくまで技術的な側面を支援していたのだ。実は、地域活性化協働プログラムは、障碍者向け支援プログラムとNPO基盤強化プログラム、IT高度人材育成プログラムの3点を主題に据えている。これらのプログラムのうち、障碍者向け支援プログラムとNPO基盤強化プログラムでは、プログラムで支援した人材が、プログラム期間中、期間後に実運用、サイト改修に携わっている。
「ITで地域活性化を図るために、NPOやシニア、障碍者の方にITで活躍する場を提供したい。そのためには、地場で自力で人材育成を図れるようにネットワークを作る必要がある。私たちがプログラムを終えた後でも自律的に継続的にやっていける基盤を作ることが重要なので、県と連携した」(日本マイクロソフト 執行役 社長室 室長 シチズンシップリード 牧野 益巳氏)
この1年間でプログラムは終了してしまったが、成果報告会の個別インタビューで愛媛県 総合政策課 主幹の須山 定保氏は、引き継ぎについて「まだまだマイクロソフトさんの力添えが必要」と苦笑いをしつつも、「Webサイトでは、初心者向け情報コーナーの充実と多言語対応、マップ上のアイコン対応など、自分たちで進めていける改善点はある」と前向きにとらえている様子。
「プログラム終了で直接的な支援こそなくなるものの、IT技術者の育成支援となるプレゼンコンテストや技術勉強会は引き続き行われる」(須山氏)
三大都市圏にいるIT技術者からすれば、普段からの業務以外にもハッカソンやセミナーなど、身近に多くのスキル向上の場があるだろう。しかしながら、地方の人間からすると「イベント自体の開催が少なく、セミナーもない。また、大企業は人材育成の社内研修が多く用意されている一方で、地方に拠点を構える中小企業の場合、そういった場合が少ないうえに、特定の業務に合わせた"特化型"の人材が多くなってしまい、それで精一杯になってしまう」(愛媛大学大学院 理工学研究科 准教授 黒田 久泰氏)と地方のICT人材育成の現状を指摘する。
この点は、ICT人材育成の先端を行くマイクロソフトも現状を把握しており、だからこそ、各地方自治体と連携する地域活性化協働プログラム上で、障碍者支援やNPO連携という社会的に弱い立場にある人材・環境の底上げだけでなく、世界に飛び立てるような高度人材の育成支援にも力を入れているわけだ。
「今後も含め、大学でセミナーやトレーニングによるスキル取得の場を設けてもらいました。四半期ごとに細心のスキルアップカリキュラムを用意していただけますし、DreamSparkやBizSparkといったマイクロソフトのソフトウェア無償利用プログラムも活用して、最新のソフトウェア開発環境を通して、さらなる技術開発に取り組めます」(黒田氏)
社会の隙間の埋め方
今回の取材を通して見えてきたことは、NPOや障碍者など、社会の隙間を埋める人の存在だ。障碍者の人が"隙間を埋める"という言葉だけを見ると、やや語弊があるかもしれない。
ただ、実際に障碍者の就労支援を行っている愛媛の一般社団法人e-ICAや、そこから障碍者の雇用につながったフェローシステムの担当者の言葉を聞くと、「普通の人と比べてスキルが劣るケースは往々にして存在する。だけど、特定業務に特化すれば、なんら見劣りすることはない。そうした人材をチームとして動いてもらい、1つの業務に当たらせると良い結果につながる」という回答を得た。
また、障碍者の中でも、高度なITスキルを持ち合わせているケースがある。こうした人材は、在宅のテレワークによる業務遂行であれば、一人で高いポテンシャルを発揮できるため、大きなマンパワーを発揮できる。
地方だからといって力を侮り、また、障碍者だからといって機会を与えないのでは、経済の活性化を図ることはできない。観光の一端から見えた将来のICT社会における人材育成・活用のあり方が、愛媛県とマイクロソフトの取り組みから、かいま見えた印象を持った。