生体の中にも美しい花火があった。細胞増殖シグナルが打ち上げ花火のように広がっていく現象を、京都大学大学院医学研究科の大学院生の平塚徹(ひらつか とおる)さんと松田道行(まつだ みちゆき)教授らがマウスで見つけ、スプレッド(SPREAD)と名付けた。いぼや乾癬など表皮過形成が起きる皮膚疾患の解明や、細胞間の増殖シグナル伝搬の研究に手がかりを与える発見といえる。2月10日付の英オンライン科学誌イーライフに発表した。

写真. マウスの皮膚で見つかった、花火のような同心円状の広がりを見せるERKマップキナーゼ活性化現象のスプレッド(提供:京都大学)

これまで培養細胞の実験で、細胞増殖は研究されてきたが、生体の中で細胞増殖シグナルがどのように伝わるか、は謎だった。研究グループはまずERK(アーク)マップキナーゼというリン酸化酵素の活性について、蛍光タンパク質を使って直接観察できるマウスを遺伝子操作で作った。このマウスに麻酔をかけ、ERKマップキナーゼが活性化して、表皮の細胞増殖シグナルが伝わる様子を、二光子顕微鏡(超短パルスレーザー光で生体組織の深部まで観察可能な特殊な顕微鏡)で見た。

数時間にわたる観察を繰り返した結果、細胞増殖シグナルは少数の細胞から周囲の細胞に、花火のような同心円状に伝搬して、やがて30分ほどで消えていく様子を初めて捉えた。このスプレッドと命名した現象は正常な皮膚ではごくまれにしかなかった。しかし、表皮が異常に増殖する過形成を誘導するような薬剤を塗った皮膚や、傷の修復過程にある皮膚では、高頻度に観察できた。

詳しく解析したところ、細胞内のリン酸化酵素が働いて細胞膜の表面にある増殖因子が切り離され、隣の細胞に作用して、その細胞の中でリン酸化が起きるという連鎖反応が起きて、細胞の増殖が次々に誘導されていた。生きた表皮の細胞増殖シグナル伝搬のライブ観察は、増殖因子が遠く離れた細胞の増殖を促すという、培養細胞実験で得られていた描像を覆し、細胞増殖因子が隣の細胞を刺激する程度の短い距離しか動かないことを示した。

松田道行教授は「細胞増殖シグナルが花火のように広がっていくのを見た時は感激した。この発見は、表皮過形成の病変の理解を深め、新しい治療法の開発に道を開くだろう。今後、皮膚以外の組織でも細胞増殖シグナルが伝わる様子を解析していく。われわれが開発したリン酸化酵素活性の可視化マウスを世界中に頒布して『生きた組織で分子活性を観察するという日本発の研究の新潮流』を生み出したい」と話している。