従来の1/10~1/100のサンプル量でタンパク質の3次元結晶構造解析が可能となる試料供給の手法を、理化学研究所(理研)放射光科学総合研究センターの菅原道泰(すがはら みちひろ)研究員らが開発した。X線自由電子レーザー施設SACLA(兵庫県佐用町)のX線レーザーによる結晶構造解析の能力を飛躍的に高める画期的な手法として注目されている。ごく少ない微小結晶で構造決定ができるため、X線構造解析に大きな刺激を与えつつある。
理研SACLA利用技術開拓グループの南後恵理子(なんご えりこ)研究員、岩田想(いわた そう)ディレクター、京都大学の桝田哲哉(ますだ てつや)農学研究科助教、島村達郎(しまむら たつろう)医学研究科特定講師、潘東青・元薬学研究科研究員、大阪大学の溝端栄一(みぞはた えいいち)工学研究科助教、鈴木守(すずき まもる)蛋白質研究所准教授、高輝度光科学研究センターの登野健介(とうの けんすけ)副主幹研究員らとの共同研究で、11月10日付の米科学誌ネイチャーメソッズのオンライン版に発表した。
SACLAのX線レーザーを用いた連続フェムト秒(1フェムト秒は1000兆分の1秒)の構造解析は、ナノメートル(ナノは10億分の1)サイズのタンパク質の微小結晶でも結晶構造を決定でき、酵素反応に伴う一連の構造変化が起きるフェムト秒~ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)間の反応過程なども観察できるため、期待が高い。しかし、連続的にX線レーザーの照射ポイントにタンパク質結晶を供給するには、インジェクターから10~100ミリグラムほどの大量の結晶を含む液状試料を速い流速で噴射する必要があり、苦労して作った結晶の大半が無駄になっていた。
共同研究グループは、粘度が高い物質と微小な結晶を混ぜ合わせて、結晶をX線レーザーの照射ポイントに安定して供給できる手法を探り、タンパク質の結晶を流す媒体として潤滑油のグリースが利用できることを突き止めた。このグリースを結晶と一緒にインジェクターに詰めて測定できるようにし、グリースマトリックス法と名づけた。リゾチームなど4種類のタンパク質の結晶の構造を解析した。使った結晶の量は1ミリグラム以下で済み、従来の方法で必要だった結晶の量の1/10~1/100まで減らすことに成功した。
菅原道泰さんは「この手法で使うグリースは自転車のチェーンなど機械の潤滑油でよい。ホームセンターで買ってきたものが十分に役立つ。これまでは、サンプルの結晶は作るのが大変なのに、実験ではほとんどX線に照射されることなく捨てられていて、もったいなかった。この問題をほぼ解決できた。グリースの油はタンパク質結晶と相性が良いのもこの手法の強みだ。タンパク質だけでなく、有機、無機物質の構造解析にもこの手法は利用できる。構造解析で世界最高性能のSACLAのX線レーザーをより活用できるだろう」と話している。