NTTドコモは6月11日~13日に上海で開催中の「Mobile Asia Expo 2014」にブースを出展し、6月10日に日本でも発表した全く新しい形態のSIMカード「ポータブルSIM」を展示した。このポータブルSIMの詳細について、開発責任者であるNTTドコモ 理事 移動機開発部長の照沼 和明氏、移動機開発部 要素技術開発担当 担当部長の村田 充氏に、開発の意図や今後の展開について話を聞いた。

NTTドコモ 理事 移動機開発部長の照沼 和明氏

NTTドコモ 移動機開発部 要素技術開発担当 担当部長の村田 充氏

■SIMカードを外部化、Bluetooth接続でスマホに番号割り当て

──ポータブルSIMを開発するに至った経緯を教えてください。

照沼氏「現在、スマートフォンの入出力を多様な形にするという方向で、メガネ型や時計型など様々な周辺機器が出てきています。ドコモとしてはちょっと観点を変えて、認証に注目しました。SIMカードを周辺機器としてウェアラブルのように分離したらどうなるか検討したところ、便利な使い方ができることに気付きました。それが今回、トライアルの開発をすることになった経緯です」

──ポータブルSIMにはどのような機能があるのでしょうか?

村田氏「主に3つの機能があります。まず、ポータブルSIMとスマートフォンをNFCで接続することで、SIMカードの入っていないスマートフォンに電話番号を割り当てるという機能です。従来はSIMカードを抜き差しすることで行っていた作業を、ポータブルSIMで行えるようになりました。また、別のスマートフォンに電話番号を割り当てることもできます。それまで使っていた端末はロックされ、SIMカードが抜かれたのと同じ状態になります」

ポータブルSIMを使ってスマートフォンに電話番号を割り当てることが可能

スマートフォンを切り替えると以前の端末はロックされる

「2つ目は、1台のスマートフォンで複数のポータブルSIMを切り替えるという機能です。個人用、仕事用のように複数のポータブルSIMを持ち歩き、必要に応じてスマートフォンに割り当てる電話番号を切り替えることができます。このとき、ホーム画面を変更したり、仕事用スマートフォンではカメラの起動を禁止するといった設定の変更も、アプリケーションのレイヤーで可能となります」(村田氏)

「3つ目はID認証の機能です。SIMカード内にはセキュアにデータを保存できる領域があります。ここにGoogleアカウントやショッピングサイトのIDとパスワードを保存しておき、ポータブルSIMを用いて、スマートフォンやPCのWebブラウザーのフォームに、値を入力することができます」(村田氏)

ポータブルSIMに保存したアカウント情報をスマートフォンに入力

NFCリーダーと専用アプリにより、PCにも対応できる

──電話番号を割り当てる端末を切り替えた場合、以前の端末はロックされ、電話が使えなくなります。この仕組みはどのようなものでしょうか?

照沼氏「ポータブルSIMと2台のスマートフォンがいずれもBluetoothの範囲内にある場合は、ポータブルSIMが新しい端末に電話番号を割り当てるのと同時に、以前の端末をロックしています。もし端末がBluetoothの範囲外にある場合は、Bluetoothの接続が切断された時点で、スマートフォンはロックされます。つまり、ポータブルSIMとスマートフォンは常に一緒に持ち歩く必要があります」

■ID認証はポータブルSIM自体の認証に工夫が必要

──ID認証機能について、スマートフォンやPCはどのように対応しているのでしょうか?

村田氏「スマートフォン、PCともに専用のアプリを用いています。ポータブルSIMとNFCで通信を行い、SIMカードに入っているIDとパスワードを取得し、Webブラウザーに入力するという仕組みです」

──ID認証機能を利用すると、ポータブルSIM本体にはたくさんの認証情報が保存されることになります。ポータブルSIMを紛失した場合、どうなりますか?

照沼氏「SIMカード自体はセキュアエレメントを利用しているので、セキュリティは十分に高いといえます。しかしポータブルSIM本体を紛失した場合に備えて、何らかの対策が必要と認識しています。たとえば生体認証や、ID認証の利用時にいったんドコモのサーバーとの認証シーケンスを入れるなど、保護の方法はいくつか考えています。何らかの端末につながっていれば、ネットワーク側から停止することも可能です。この点は商品化に向けての課題です」

■ポータブルSIMの形状はリストバンド型もあり得る

──スマートフォンに加え、ポータブルSIM本体を常に持ち歩くというのは煩雑に感じます。もっと小型化することはできないのでしょうか?

照沼氏「主にバッテリーを搭載することによる制限があります。現在の約80×40×5.6mmというサイズから、さらに薄くするか、または小さくするかといった選択肢があるでしょう。開発陣は、4分の1まで小さくすると意気込んでいます。ただ、形状についても工夫はできます。たとえばリストバンド型にして腕に装着すれば、どこかに置き忘れるといった心配もないでしょう」

──ポータブルSIM本体のバッテリー駆動時間は?

村田氏「現在はプロトタイプのため省電力を考えていませんが、3.5日の動作が可能です。将来的にはNFCとBluetoothのチップを統合するなど、省電力化の可能性はあります」

──中国ではデュアルSIMの人気があり、トリプルSIMの端末も登場しています。ポータブルSIMは、複数のSIMカードに対応できるのでしょうか?

照沼氏「技術的には可能です。ポータブルSIM本体に、複数のSIMカードスロットを搭載すれば良いでしょう。実際、中国市場に向けてはそういった検討が必要になるかもしれません。しかしスマートフォンに割り当てた番号がどちらのSIMカードのものなのか、ポータブルSIM本体に表示が必要になる、といった課題があります」

■ポータブルSIM対応にはモデムのソフトウェアに変更が必要

──今回、ポータブルSIMのデモ用に使われているシャープ製のスマートフォンは、市販モデルとは異なるのでしょうか?

照沼氏「Qualcommのモデムのソフトウェアに手を加えています。通常であれば端末に装着したSIMカードから電話番号を取得するところを、外側から操作できるようにしています。ハードウェア的な違いはありません。(ドコモ広報部注:ポータブルSIM本体の試作機はシャープ製だが、これはNTTドコモの技術を用いたもので、最終的にどのメーカーと組むか決まっていない)」

──既存のスマートフォンにアップデートを提供するなどして、ポータブルSIMに対応させることはできますか?

照沼氏「技術的には可能です。ただ、既存端末を対応させるということは、まだあまり考えていません。たとえば紛失時のセキュリティなどを考えれば、単にモデムのソフトウェアを書き換えるだけで十分なのか、といった安全性の懸念があります」

──iPhoneに対応する予定はありますか?

照沼氏「iPhoneや、似たようなケースとしてWindows Phoneもありますが、内部の変更を必要とするため、我々の力だけで実現できるものではないと考えています。(ドコモ広報部注:アップルの協力を得られるよう、我々としても提案していきます)」

──これまでスマートフォンで利用できていたおサイフケータイやNFC決済は、ポータブルSIMによってどう変わるのでしょうか?

照沼氏「ポータブルSIMにはNFCを搭載しているので、FeliCaを搭載することも技術的には可能です。これまでおサイフケータイとはスマートフォン本体でしたが、ポータブルSIMにおサイフ機能を持たせることもできるという意味です。ポータブルSIMを用いたNFC決済も、技術的には可能です」

■従来のSIMカードとは棲み分け可能

──発表時には、スマートフォンやタブレットだけでなく、PC、音楽プレイヤー、自動車にも展開していきたいとのコメントがありました。

村田氏「スマートフォン以外の製品にモデムを入れてもらうには、SIMカードスロットを搭載して、さらに契約もデバイスごとに必要になるという点で敷居の高いものでした。しかしポータブルSIMなら、1つの端末でたくさんのデバイスを利用できます」

照沼氏「モバイルに限らず、自動車や金庫の鍵としてポータブルSIMを用いるなど、インフラとしての可能性があると考えています。また、カーナビのようにそれほど頻繁に使うわけではないデバイスでも、ポータブルSIMをかざして必要な場合だけ使えます」

──ドコモの新料金プランでは、デバイスを追加してパケットをシェアするなど、複数のSIMカードを使いやすくなっています。MVNOを活用すれば、デバイスごとにSIMカードを運用することも可能になりつつあります。ポータブルSIMはこれらのトレンドと逆行していませんか?

照沼氏「ポータブルSIMの開発を始めたのは、新料金プランが決まる前の話です。ただ、基本的には棲み分けが可能と考えています。たとえばスマートフォンを1台しか使っていないユーザーに、ポータブルSIMは不要です。しかし複数の端末を使い分けるユーザーにとっては便利でしょう。また、『ポータブルSIMにより契約数としては減るのではないか』という見方もあると思います。しかし多くのデバイスで使えるということは、トータルで見た場合のデータ使用量は増えることになります。そうなれば、収益の上げ方はいろいろと考えられます。オペレーターの観点からみても、ネガティブよりポジティブな要素が多いのです」

──ポータブルSIMの料金プランはどのようなものになるのでしょうか?

照沼氏「まだ試作の段階であり、料金などの詳細は商品化の際に改めて検討することになります」

──ドコモだけでなく、海外も含めた他キャリアと共通規格のようなものを立ち上げる予定はないのでしょうか?

照沼氏「上海でのMobile Asia Expoに出展したのも、それが理由のひとつです。すでにGSMAの会合でポータブルSIMをプレゼンテーションし、他キャリアからの意見をもらっています。今後の展開として、ポータブルSIMを使ったエコシステムを構築していきたいと考えています」