筑波大学は2月4日、「ミトコンドリア病」を発症している母親の未受精卵の中から、突然変異を持つ「ミトコンドリアDNA(mtDNA)」の割合が低いものを選択するだけで、生まれてくる子どもの病態発症が予防できることを、突然変異を持つmtDNAを導入したマウスにおいて明らかにしたと発表した。

成果は、筑波大 生命環境系の林純一教授らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、2月3日付けで米科学雑誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」に掲載された。

ミトコンドリアは、細胞内のエネルギー工場として知られる細胞小器官で、通常1個の細胞中に多数のミトコンドリアが存在している。ミトコンドリアには細胞の核にある遺伝情報(核DNA)とは別に、mtDNAと呼ばれる独自の遺伝情報が存在しており、酸素呼吸を低下させる「病原性突然変異」がmtDNAに生じると、エネルギー欠乏により生命活動は重篤な影響を受け、ミトコンドリア病を発症してしまう。ミトコンドリア病とは、ミトコンドリアのエネルギー産生能低下により、エネルギー需要の多い脳や筋肉を中心に脳卒中、知能障害、筋力低下、高乳酸血症などを発症する疾患の総称だ。

ミトコンドリアは卵だけから子どもに受け渡されるため、ミトコンドリア病の多くは母親から子どもに遺伝する。それを予防するための第一の方法は未受精卵か受精卵の核移植だ。林教授らは2005年にそのことが有効であることをマウスを使って証明し、最近ではヒトでも応用が可能になり、第3者の女性から提供された未受精卵をあらかじめ除核し、そこに母親の未受精卵の核だけを移植する研究が精力的に行われている。ただし、まだ実用化にはさまざまな障壁が存在している状況だ。

問題点の1つは核移植にともなう新たな異常が核DNAに発生する可能性が高まるという点である。ミトコンドリア病を発症しなくても核DNAの異常に起因する予測不能の疾患を発症するリスクが出てくるのだ。もう1つは、第3者のmtDNAを持つ(3人の生物学的な親を持つ)個体が誕生してしまう点である。

そこで林教授らは今回、私たちは突然変異を持つmtDNAを導入したマウスを用いた研究から、ミトコンドリア病を発症している母親の未受精卵の中には突然変異を持つmtDNAの割合が低いものもあり、それを選択するだけで生まれてくる子どもの発症は十分に予防できることを明らかにした(画像)。

具体的にはまず、ミトコンドリア病患者に多く見つかる「tRNA(トランスファーRNA)Lys遺伝子」に突然変異を持つmtDNAを導入したマウスである「ミトマウス」を樹立。この突然変異型mtDNAを75%以上持つミトマウスは呼吸活性低下と筋力低下などを引き起こすことから、ミトコンドリア病の病態モデルマウスとして活用できることがわかった。また、この突然変異型mtDNAと病態は雌マウスを通して子孫に伝わる(母性遺伝する)ことも確認されたのである。

そして、同じ母マウスから生まれた個体や同じ雌マウスから採取した未受精卵の間でも突然変異型mtDNAの割合が大きく異なり、少なくとも65%以下の個体はまったく病態を発症ないことが判明。未受精卵または初期胚の選択により病態が子孫へ遺伝してしまうのを阻止することが可能であることが示されたというわけだ。

ミトコンドリア病の遺伝の予防

今後は、突然変異を持つmtDNAの割合が低いものを選択するための遺伝子診断法の開発が必要となるという。その候補として未受精卵の極体か8細胞期の割球を考えているとした。