岡山大学は7月29日、農業・食品産業技術総合研究機構果樹研究所との共同研究により、これまで感染性がないと信じられてきた「キラーウイルス」の仲間の感染性に関して、「植物病原糸状(子のう菌)」である白紋羽病菌「Rosellinia necatrix」から分離したキラーウイルスの仲間の「Rosellinia necatrix victorivirus1(RnVV1)」の粒子接種法を確立し、白紋羽病菌に加えて「クリ胴枯病菌」(菌類ウイルス研究のモデル糸状菌)にRnVV1を持続感染させることに成功すると同時に、RnVV1が宿主の自然免疫である「RNAサイレンシング」の標的になることを明らかにした発表した。

成果は、岡山大 資源植物科学研究所植物・微生物相互作用グループの鈴木信弘教授らの共同研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、「Journal of Virology 」2013年6月号電子版に掲載された。

一般的なイメージとは異なり、感染させることが困難なウイルスというものが数多く存在し、10年前までは菌類ウイルスではそれが当たり前と考えられていた。2本鎖RNAウイルスの複製機構、粒子構造、粒子構築の解明に大きな役割を果たして来た「Saccharomyces cerevisiae virus L-A」(酵母のキラーサテライトウイルスのヘルパー)についても、未だに再現性よい感染系がない。

このキラーウイルスが属するトティウイルス(Totiviridae)科は、酵母、糸状菌、原生動物に感染するウイルスをメンバーに持つ。構成員に共通の特徴として、直径が最大40ナノメートルという球状粒子に単一2本鎖RNAゲノムを包含し、通常外被タンパク質と複製酵素を並列にコードすることが上げられる。

その内、糸状菌を宿主とする構成員はヴィクトリウイルス(victorivirus)属に分類され、数多くの種が報告されている。しかし、キラーウイルスの例のようにトティウイルス科では再現性の高いウイルス接種法が未確立で(一部の原生動物感染性のジアルディアウイルス例外を除く)、宿主域やウイルス間、ウイルス-宿主間の相互作用に関する知見は乏しいのが現状だ。

今回の研究では、白紋羽病菌W1029株から分離・同定された新規ヴィクトリウイルスであるRnVV1の粒子トランスフェクション法が確立され、生物学的および分子生物学的性状が解析された。RnVV1は、約5kbpからなる非分節型の2本鎖RNAゲノムを持ち、複製酵素は「UAAUG」を介在配列とする翻訳停止・再開始機構により翻訳され、ほかのヴィクトリウイルスの複製酵素と34~58%の配列相同性を有していた(普遍的なヴィクトリウイルスと判明)。

そして粒子を用いたトランスフェクションの結果、白紋羽病菌に加えてクリ胴枯病菌(マイコウイルス研究のモデル糸状菌)にRnVV1を持続感染させることに成功したのである。すなわち、トティウイルス科ウイルスの宿主域を検定する実験系を初めて確立したというわけだ。

その結果、RnVV1は白紋羽病菌では無病徴感染することが示された。一方、クリ胴枯病菌ではRnVV1感染による表現型の変化は、RNAサイレンシング欠損株のみで認められ、野生型株では確認されなかった。さらに、野生型株では、RnVV1の複製がRNAサイレンシングで顕著に抑制されること、ハイポウイルスとの共感染またはそのRNAサイレンシングによる抗ウイルス機構するサプレッサーp29の供給でRnVV1複製が上昇することが明らかとなった。なお白紋羽病菌は、非常に広い宿主範囲(400種以上)を持つ土壌に生息する糸状菌だ。日本では特に多年生の果樹(日本ナシ、リンゴ、ブドウなど)で大きな被害が出ている。

以上のように、今回の研究は、トティウイルス科構成員の粒子としての感染性を明らかにし、宿主域を実験的に拡大した最初の報告例となる。また、トティウイルスがRNAサイレンシングの標的となることも初めて明らかにした。

今回の研究で、従来感染性がないと思われていたキラーウイルスの感染性が証明され、宿主域を拡大すること成功し、またウイルスと宿主の間の攻防もモデル宿主糸状菌を使って解析が可能となった。

カビを含む真核生物に広く保存されているRNAサイレンシング(短いRNAが関与する配列特異的遺伝子発現抑制機構)は、ウイルスに対する自然免疫機構として作用する。通常、植物ウイルスはRNAサイレンシングを抑制するタンパク質を武器にして反撃する形だ。しかし、菌類ウイルスではどういう反撃手段を有するかなど、不明な点が多かった。今回の研究で開発された系は、植物/ウイルス、動物/ウイルスに次ぐ第3極として宿主/ウイルス相互作用の解析に大きく貢献すると期待されるとしている。

今回の実験の模式図