東北大学は4月12日、神経新生を低下させる薬剤の「メチルアゾキシメタノール酢酸(MAM)」で処理することにより、統合失調症などに特徴的な感覚運動ゲート機構低下のモデルマウスを作製し、発達期のある限られた期間における発達異常が統合失調症様の症状を引き起こすことを証明し、さらに、このモデルマウスにおいて臨界期に飼育環境を改良(環境強化)することにより、統合失調症様の症状が改善されることも明らかにしたと発表した(画像1)。

画像1。臨界期を迎える前に発達異常が統合失調症を引き起こす。また、飼育環境の改良で症状が改善されることも確認された

成果は、東北大大学院 医学系研究科の大隅典子教授、同・郭楠楠 研究員(現所属:マサチューセッツ総合病院)らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、現地時間4月10日付けで米国神経科学学会誌「The Journal of Neuroscience」に掲載された。

精神疾患、糖尿病、がん、脳卒中、心臓病が5大疾患とされる。その中で最も患者数の多い疾患はがんか脳卒中といったイメージだが、実は精神疾患だ。その精神疾患は、ひとくくりに精神疾患といっても統合失調症を初めさまざまなものがあるが、共通して知られている要素もある。その1つが、「感覚のフィルター機構」に障害があるという点だ。

これは、「音驚愕プレパルス抑制(PPI)」試験より確認(モデル化)することすることが可能だ。健常な場合、事前にある大きさの音を聞かせておくと、次により大きな音を聞かせた時の驚愕反応が減少するが、そのことをプレパルス抑制と呼ぶ。しかし、統合失調症の患者ではこのPPIに異常が観察されることが多いのである。

一方、マウスを用いた実験を通して、海馬における神経細胞の産生(神経新生)が、記憶や学習、多動や不安などに影響を与えることや、ストレスならびに低栄養などの環境要因によって神経新生が低下することが知られていた。そこで今回の研究では、MAMを投与することにより、PPI低下を示す統合失調症モデルマウスを用いて、発症の発達時期特異性や環境からの影響についての解析が行われた次第だ。

3週齢あるいは4週齢、5週齢、6週齢と生後の異なる発達途中の若いマウスに対し、MAM(1mg/kg)を2週間だけ投与し、性的成熟に達した10週齢でPPI試験を実施し、その反応が調べられた。画像2がMAM投与により誘導されるPPI低下の臨界期を表したグラフで、Bが3~5週齢にMAMを投与したもので、同じくCは4~6週齢、Dは5~7週齢、Eは6~8週齢。また、6~8週齢(F)または4~6週齢(G)に投与し、12週齢または18週齢でPPI試験を実施された。なおAは、B~Gをまとめた一覧表。

画像2のグラフについて解説すると、3週齢ないし4週齢からMAMを投与したマウスにおいてはPPIの異常が認められたが、5週齢ないし6週齢のマウスでは影響を受けないことが判明した。また、4週齢のマウスにおいては、18週齢になった段階でのPPIでも低下が認められた。これらの結果より、MAMのPPIに対する効果は時期特異的(3~6週齢の間)な感受性があり、このPPIの異常は持続的であることが示唆されたというわけだ。

画像2。MMAM投与により誘導されるPPI低下の臨界期

MAM投与によりPPIの異常が認められたマウスでは、PPIに関わることが知られる短期記憶を司る脳の一部位「海馬歯状回」において、ほかの神経細胞の働きを抑えて伝達物質の「GABA」や「グリシン」を放出する「抑制性神経細胞」の数が減少していることが観察された(画像3・A、B)。パルアルブミン陽性抑制性神経細胞の減少も認められている(画像3・C)。

そこで、抑制性神経細胞の減少によって抑制性の神経回路の神経伝達低下が、PPIの異常を引き起こしているかどうか検討するために、4週齢から2週間MAM投与してPPIの異常を引き起こしたマウスを用いて、PPI測定の20分前に両側の海馬歯状回に抑制性神経(GABA受容体)を活性化させる薬剤「ムシモル」が投与された。

その結果、MAM投与によるPPIの異常が、ムシモルを10ナノグラム(ng)投与するにより改善することが判明(画像3・E)。しかし、100ngというより多量のムシモルを投与しても、PPIの改善は認められなかったという。これらの結果より、MAM投与によって海馬歯状回での抑制性神経細胞の数が減少し、抑制性の神経回路の機能が低下したことによりPPIの異常が引き起こされることが示唆されたのである。

画像3。MAM投与による海馬歯状回における抑制性神経細胞の減少と「GABA受容体アゴニスト」(アゴニストは作動役)の投与によるPPI低下の改善効果

さらに、MAM投与で引き起こされるPPI異常について、環境的な介入効果も検討された。4週齢から2週間にわたってMAMが投与されたマウスを、異なる発達時期(4週齢ないし6週齢)から10週齢まで、回転車や遊具などを与えて変化に富んだ環境(強化環境)においての飼育が行われた。

その結果、4週齢から環境強化下で飼育されたマウスは、MAM投与によるPPIの異常が改善されることがわかったのである(画像4・A、B)。一方、6週齢から環境強化下で飼育されたマウスでは、MAM投与によるPPIの異常は改善されないことが確認された(画像4・E、F)。これらの結果より、限られた時期の環境介入が統合失調症様の異常行動発症における予防効果があることが示唆されたのである。

画像4。MAM投与によるPPI低下に対する環境強化の時期依存的効果

今回の研究成果により、マウスにおいてMAM投与によって誘導される統合失調症様症状の発症には発達時期特異性(臨界期)があり、このメカニズムには抑制性の神経細胞が関与することが見出されたという。また、飼育環境を改良(環境強化)することにより、統合失調症様の症状が改善されることも明らかとなった。

これらのことから、幼若期でも脳は発達過程にあり、この時期の神経回路発達の不全が成人期になってからの精神疾患発症脆弱性に関わることが示唆されるとする。中でも、神経新生はストレスや低栄養などの環境要因に強く影響されるという。従って、幼若期に脳の発達の障害が生じた場合には、なるべく早期に介入する必要性があることが示唆されたと、研究チームはコメントしている。