基礎生物学研究所(NIBB)は3月29日、ヒトを含む動物の体液中のナトリウム(Na+)の濃度上昇を検出するセンサの「Naxチャンネル」が、体液のNa+の濃度が通常は135~145mMに厳密に維持されているにも関わらず、体外で実験したところ濃度が約150mMを超えてはじめて活性化するということを示したそのギャップの謎を解決することに成功したと発表した。

成果は、NIBBの野田昌晴教授、同・檜山武史助教らの研究チームによるもの。研究の詳細な内容は、4月2日付けで米国科学専門誌「Cell Metabolism」に掲載された。

動物にとって、体液(細胞外液)の塩分濃度を一定に保つことは生存のために必須であり、それを「体液恒常性」という。そのために、動物は体液のナトリウム(Na+)濃度と浸透圧を常時モニターする仕組みを獲得したと考えられている。体液のNa+と水のバランスが崩れた時、例えば、長時間の脱水は体液中のNa+濃度を上昇させるわけだが、この時、ヒトはのどの渇きを覚え、ただちに水分の補給を行うと共に、塩分摂取の抑制も行う。また、尿中への排泄と再吸収の制御も行っている。

これまでの研究からNaxチャンネルは、脳において「感覚性脳室周囲器官」(「脳弓下器官(SFO)」や「終板脈管器官(OVLT)」)のグリア細胞に分布していることが確認されていた。さらに、これらの神経核は「第三脳室」の前壁に位置しており、そこは血液-脳関門が欠損している部位であることから、以前より体液状態のモニタリングへの関与が予想されていたのである。

SFOのNaxを発現している細胞を電気生理学的に解析した結果、Naxは細胞外のNa+濃度上昇を感知して開口するチャンネルであることが判明。研究チームが作成したNax遺伝子ノックアウトマウス(Nax-KO)は、脱水条件下において体液中のNa+濃度が上昇していてもこれを感知できず、塩分の摂取を抑制しないことが確認された。ちなみにこのNax-KO行動異常は、SFOに局所的に正常遺伝子を戻すことによって、野生型に回復させることに成功している。

このように、研究チームのこれまでの研究からNaxが中枢のNa+濃度センサであると推定されたが、実は大きな謎が残されていた。それは、Naxが体外ではNa+濃度が約150mMを超えてはじめて活性化するという性質を示したことだった。体液のNa+濃度は通常、冒頭でも述べたように135~145mMに厳密に維持されている。もしNaxが真に脳のNa+濃度センサであるなら、生理的範囲のNa+濃度変化を感知できるはずである。そこで研究チームは今回、この残されていた課題の解決に挑むことにした。

研究チームは、生体内のNaxの活性化しきい値が何らかの因子によって調節を受けていると考察。SFOには、血圧調節ホルモンの「アンジオテンシンII」や「エンドセリン」の受容体が多く発現していることから、これらのホルモンの中でNaxの細胞外Na+濃度感受性に影響を与えるものが探索された。すると、「エンドセリン-3(ET-3)」が用量依存的にこれを高めることが明らかになったのである。

Naxは、ET-3が存在しない場合には、細胞外Na+濃度が約150mMを超えると開口し始める。ところが、ET-3が1nMでもあると135~145mMでも開口し始めることが判明。通常状態でもSFOにはET-3が一定量発現しており、Naxの体内での活性化しきい値はこの範囲にあると考えられた。またエンドセリン受容体「ETBR」が、Naxと同じくSFOのグリア細胞において共発現していることも明らかになったのである。

さらに薬理学的解析から、ET-3によるNaxの活性化はETBRを介しており、その下流のタンパク質「キナーゼC(PKC)」および「extracellular signal-regulated kinase1/2(ERK1/2)」の活性化が必要であることも明らかにされた。研究チームの以前の研究から、SFOにおいてNaxが活性化すると、Naxを発現するグリア細胞から乳酸が放出され、隣接するニューロンに伝達されて、その発火頻度が上昇することが確認されている。今回、SFOの急性スライスにET-3やETBRの活性化剤を投与するとニューロンの発火頻度が上昇することが確認された。

さらに、SFOにおけるET-3の発現は、脱水に伴って上昇することも判明。脱水状態の動物に水と食塩水を自由に摂取させると、水を大量に摂取すると同時に食塩水を回避する行動を示すが、Nax-KOマウスはこれを回避しないことが確かめられた。あらかじめETBRの阻害剤を脳室内に投与したマウスについても同様の行動を解析したところ、野生型マウスに比べて有意に塩分摂取を回避せず、Nax-KOに近い行動を示すことも確認された。このように、脱水時にはヒトの脳のSFOではET-3の発現が誘導され、Naxの細胞外Na+濃度に対する感受性を高め、鋭敏に塩分摂取を回避するように行動を制御していることが明らかとなったのである(画像1・2)。

画像1。Naxの活性化を、ET-3ありとなしで比較したグラフ

画像2。Naxチャンネル

動物個体が乾燥(水欠乏)という体外環境の変動に曝された時に、体液中のNa+濃度の恒常性という体内環境を維持するために、水分摂取を促進し、塩分摂取を抑制すると共に、尿量を減少させる。これは環境に適応する巧妙な仕組みの1つだ。また今回の研究によって、Na+濃度センサNaxの活性化しきい値が血圧調節ホルモンであるエンドセリンによって調節されていることがはじめて明らかになった。これは、体液Na+恒常性の調節機構の理解を1歩前進させる成果といえるだろう。また、血中Na+濃度と血圧との間には従来から強い繋がりがあるとされてきたが、今回の発見は今後その仕組みを明らかにする端緒になると考えられるとする。研究チームは今後、Nax-KOマウスに血圧異常がないか調べる予定だ。

一方、脱水時のSFOにおけるET-3の発現誘導はNax-KOマウスでも起こることから、Nax以外のセンサがこれを感知していると考えられるが、今回の成果により、どのようなセンサが脱水状態を感知してET-3の発現を誘導しているのかという新しい「謎」が出現することとなった。

また、感覚性脳室周囲器官以外の場所に発現するNaxについて、これまでは生理機能が不明だったが、今回の研究成果により、それらの活性化が生理的Na+濃度でエンドセリンによって行われている可能性が出てきた形だ。Naxは脳室周囲器官以外にも、肺、子宮筋、脊髄後根神経節等にも発現しており、今後、エンドセリン遺伝子の発現と分泌調節機構が明らかになれば、体内のさまざまな部位におけるNaxの生理機能の解明が一気に進むものと期待されると、研究チームはコメントしている。