理化学研究所(理研)は、「対称性の自発的破れ」に関する南部陽一郎博士の理論(南部理論)の適用限界をなくし、「連続対称性」の自発的破れに伴う自然界の「波」全体を単一の方程式で理解できる理論の構築に成功したと発表した。

同成果は、理研 仁科加速器研究センター 初田量子ハドロン物理学研究室の日高義将 研究員によるもの。研究の詳細な内容は、米科学雑誌「Physical Review Letters」に掲載された。

水面に立つ波、空気中を伝わる音波、固体中を伝わる振動の波(フォノン)など、世の中にはさまざまな波があり、こうした波と「対称性」には密接な関係にある。光は電磁気学における「ゲージ対称性」によって理解され、音波は「ガリレイ対称性」の破れと関係し、結晶中を伝わる振動波は「並進対称性」の自発的破れと関係しており、ヘリウム超流動中のフォノンや湯川中間子も「対称性の自発的破れ」に伴う量子的な波として理解されているが、この対称性の自発的破れという概念は、南部陽一郎博士が現代素粒子物理学に導入したもので、同概念を、絶対温度0Kで真空状態における素粒子論へ適用した南部理論は、物質の質量の起源や湯川中間子の存在を説明し、その後の素粒子論や原子核理論へとつながり、その成果から南部博士は2008年にノーベル物理学賞を受賞している。

この南部理論では、円や球のように好きな角度だけ連続的に回転させても対称性を保つ場合(連続対称性)が自発的に破れると、破れた対称性の数に等しい数だけ光の速度で伝わる波「南部-ゴールドストンモード」が現れることが予言されているが、磁石の中を伝わる電子のスピン波のように、自然界に現れる波の中には南部理論で現れる波とは異なる波も存在することが知られている。そうした波が、どのような仕組みで現れ、どのように伝搬するのか、という南部理論の一般化を目指して、さまざまな研究がなされているが、現在まで、多様な波をミクロな視点から、現象を単純化することなく統一的にマクロな現象まで、単一の計算式で理解することができる理論は報告されていなかった。

そこで日高研究員は今回、連続対称性の自発的破れに伴って発生する波の性質を、ミクロな視点からすべて説明できる理論の構築に挑んだという。研究の手法としては、例えば、磁力の起源となる個々の電子スピンが一斉に同じ方向を向いた状態である磁石を考えた場合、その際、電子スピンの軸(Z軸)を中心に回転させても対称性は残るが、軸と直交する2つの軸(X軸とY軸)の周りの回転対称性は破れており、独立な運動が、破れた対称性の数と同じ2つだけ現れることとなる。

画像1。電子スピンを棒の先にコマが付いた振り子に例えたイメージ。Z軸周りには回転対称だが、X軸とY軸周りには回転対称でない

一方、Z軸を中心に回転している時(電子スピン)は、X軸方向に押してもY軸方向に押しても同じ円運動(歳差運動)を始める。

電子スピン(コマ)が回転していない時の振り子の運動のイメージ。画像2(左)は、X軸方向に押した時、紙面の前後に振動するところを表したもの。画像3(右)はY軸方向に押した時、左右に振動する場合

この場合の円運動の向きは、軸の回転方向には依存するがX軸を押してもY軸を押してもその方向には依存しない。つまり回転していると、そもそも独立だったX軸方向とY軸方向の振動が互いに影響を及ぼし、1つの運動に帰着することを意味するという。このような現象は、連続対称性の自発的破れに伴って現れる波にも一般的に起きるが、従来の南部理論を無理やり適用すると、2種類の波の存在が予言されるほか、スピン波が伝わる速度も、従来の南部理論では一定となるが、実際は電子スピンを押す力の大きさに依存することとなっていたという。

画像4。電子スピン(コマ)が回転している時の振り子の運動イメージ。どちらの方向から押しても、コマの回転と逆周りの円運動に帰着する

こうしたことを受けて、森肇博士が1965年に提唱した個々の粒子を表現するミクロな方程式から、近似により現象を単純化することなく、マクロな現象を表現する方程式を導き出すことが可能な「森理論」に着目したほか、どのような自由度(変数)を選ぶかも重要であるとなることから、今回の南部理論への融合に当たって、南部-ゴールドストンモードの候補である「場」と、連続対称性に起因した「保存電荷」密度を選択した結果、スピン波では電子の回転に起因して1種類の波だけが生まれること、その伝搬速度は電子スピンに加える力の大きさに依存することを、単一の方程式で説明することに成功。これにより、南部理論で現れる波とは異なる波でも、どのようなメカニズムでいくつ現れるのかを予言することを可能にしたとする。

日高研究員は、今回構築された理論を用いることで、素粒子物理や原子核物理に現れる量子的な波から、個体中を伝わる振動の波に至るまで、自然界に存在する連続対称性の自発的破れに起因した波がどのように現れ、どのように伝わっていくかを以下の式で説明、評価できるようになると説明する。

画像4。Qa、Qbは保存電荷、[,]は量子力学の交換関係、< >は量子統計力学における平均、rankは行列の階数

なお、波の種類や速度は、物質の比熱や状態方程式、熱の輸送に影響を及ぼすため、例えば、半径が10km程度で質量が太陽ほどもある重たい中性子星の内部構造やその冷却過程、ビッグバン宇宙のごく初期のような超高温、超高密度で存在するクォークやグルーオンがバラバラになったプラズマ状態の解明などに寄与することが考えられるほか、新しいスピントロニクス素子の材料として注目されている、内部は絶縁体だが表面が金属状態である「トポロジカル絶縁体」表面に現れる波などの物性物理の理解にもつながることが期待できると日高研究員はコメントしている。