日本原子力研究開発機構(JAEA)、若狭湾エネルギー研究センター、神戸大学の3者は、小型化が可能な高出力レーザーを利用した方法では世界最高クラスとなる40MeV以上の「陽子線」の加速に成功したと共同で発表した。

成果は、JAEA 量子ビーム応用研究部門の小倉浩一研究員、ピロジコフ・アレキサンダー研究副主幹、西内満美子サブグループリーダーらの研究グループによるもの。研究の詳細な内容は、近日中に米光学学会誌「Optics Letters」に掲載される予定だ。

高強度レーザー技術の進歩によって、現在、実験室規模では瞬間的ではあるが、パワーがペタワットに達する高強度のレーザー光を発生させられるようになってきた。

このようなレーザー光をミクロンサイズまで集光して薄膜に照射すると、薄膜表面は瞬時にプラズマ状態になり、それと同時に薄膜の中の電子の集団は光の速度に近い運動エネルギーを持って、レーザー光の進行方向に放出される(薄膜を貫通した裏面方向へ抜け出そうとする)。

その結果、薄膜裏面外側に形成される電子雲と薄膜裏面表面に残されたプラスの電荷を帯びたイオンの間に極めて強い電荷の分離が発生。これが強力な「加速電場」として作用することで、正電荷を持つ物質としては最も軽い陽子(薄膜裏面に存在する水分などに含まれる)を瞬時に高エネルギーにまで加速する。

この方法でより高い超高エネルギーの陽子線を発生するには、レーザーを強く集光して電子集団のエネルギーを高くすることが必要だ。このような「レーザー駆動陽子線」は従来の加速器に比べ、陽子発生部の小型化により装置そのものや放射線管理が必要となる部分を小型化することが可能であり、産業利用や医療への応用が期待されている。

これまで、小型化が可能な「チタンサファイアレーザー」(レーザー媒質としてサファイアにチタンをドープした結晶をレーザー発振媒質として使用)を使った実験において、加速エネルギーの最大値は25MeVに留まっており、1つの壁となっていた。

この壁は、電子の集団のエネルギーをより高くするためにレーザーを強くしたとしても解決できるわけではない。レーザーを強くすると、それに伴ってレーザーパルスに先行する光ノイズの「プレパルス」のレベルが強くなってしまうことが問題とされている。

レーザーパルスが薄膜に到達する前に、プレパルスによる薄膜裏面のプラズマ化が起こるために、理想的な条件での電荷分離による強い加速電場形成が阻害されてしまうことが原因と考えられていた。

そこで今回、理想的な条件でレーザーパルスの薄膜への照射を実現するために、2つの技術的な要素を高度化することに成功。その結果、小型化が可能な高出力レーザーを利用した方法では世界最高となるレーザー駆動陽子線の発生を達成したのである(画像1)。

画像1。高いレーザー光強度を達成し、かつプレパルスを抑制することによって、世界最高エネルギーの陽子を発せした

高度化することに成功した2つの技術要素の内の1つが、「レーザーパルスの成形」技術の高度化だ。レーザー駆動陽子線を効率よく発生させるには、レーザーパルス(以後、「主パルス」と呼ぶ)に先立つプレパルスの強度比が重要であることが判っている。

このプレパルスが大きすぎると主パルスによって薄膜が照射される前にプレパルスが薄膜自体をプラズマ化し、薄膜裏面に電荷分離による強い加速電場の形成を促せなくなってしまうことは、前述した通りだ。

今回、研究グループは「可飽和吸収体」と呼ばれる光ノイズ成分のみを除去するフィルターと、主パルスに先立つ部分を切り取る高速光シャッターをレーザー装置に組み込むことで、画像2に示すように、主パルスの約500ピコ秒前から20ピコ秒前までについてプレパルスの強度をピーク強度の100億分の1まで減少させることを可能にした。

画像2。主パルスのピークの500ピコ秒前からのレーザー光パルスの時間波形。主パルスのピーク強度が1となるように規格化されている。500ピコ秒前から20ピコ秒前にかけて主パルスとプレパルスの比は1010:1程度だ

もう1つが、「レーザー集光」技術の高度化である。高いレーザー集光強度を得るためには、(1)発生するレーザー光のパルスエネルギーを大きくすること、(2)パルス幅を短くすること、(3)できるだけ小さな領域にエネルギーを集中させることの3点が必要だ。

そのためには、レーザーの光の波としての性質が持つ「位相」をそろえる必要がある。今回の実験に用いたチタンサファイアレーザーには周波数の幅があるため、各々の周波数に対する相対位相を、レーザービーム断面の全体にわたって、できるだけそろうようにする必要があった。

そこで今回、大エネルギーのレーザーパルスの発生点から実際の薄膜ターゲットに照射するに至るレーザー光の伝送を大幅に改善し、さらに相対位相の最適化を施した結果、前述の3点を改良することに成功したのである。

画像3には、パルス圧縮により得られたレーザーパルスの時間波形を示す。8Jという大エネルギーでありながら、パルス圧縮の際の位相制御を行うことで40フェムト秒の時間幅でターゲット照射を可能にした。

また、レーザービーム断面の全体にわたって位相をそろえたことにより、直径2ミクロンの範囲にレーザー光を集光することが可能になり、その結果、薄膜ターゲット上で1021W/cm2を上回るレーザー集光強度を達成したのである。

画像3。-200~200フェムト秒の主パルス近傍のレーザーパルス波形。パルス幅は40フェムト秒

これまで集光強度に関しては、今回達成した数値を上回る2×1022W/cm2を実現したという報告はあるが、光ノイズ成分を充分に除去できていないために、実際にその強さでターゲットを照射しても、理論的に予想される陽子線加速を実現した例はない。前述したように、これまでに陽子線の加速エネルギーが到達した最高記録は25MeVだったのである。

今回は、実質的なターゲット照射における集光強度の向上に成功することで、加速エネルギー記録を大きく更新し、小型化が可能なチタンサファイアレーザーを用いた中では世界最高となる40MeV(40MeVの陽子の速度は9万km毎秒)の陽子線発生に成功した。

画像4。小型化が可能なレーザーを用いた場合についての、これまでの実験結果と今回の結果の比較。繰り返し可能で利用に適したレーザー装置を用いた中では世界最高となる40MeVの陽子線を発生した

今回の発生陽子線のエネルギー分布には幅があり(つまりエネルギー的に白色で)、15MeV以上の陽子線は1ショットあたり約7mJ発生している。

この線量は、例えばネズミを用いた生体内で(in vivo)の陽子線がん治療実験にも十分利用できる線量になるという。今回の陽子線発生技術の開発は、既存の粒子線がん治療装置を一気に小さくできる可能性を秘めると共に、さまざまな産業用加速器等への応用も期待されると、研究グループはコメントしている。