科学技術振興機構(JST)、浜松ホトニクス、東京大学(東大)の3者は5月31日、ニュートリノ観測など大型実験施設に用いられる、受光面が直径約20cm(8インチ)の「大口径ハイブリッド型光検出器(HPD)」の開発に成功したと発表した。

JST研究成果展開事業 先端計測分析技術・機器開発プログラムの一環として行われた研究によるもので、成果は浜松ホトニクス 電子管事業部 技術部 電子管設計第1グループの久嶋浩之グループ長と東大の相原博昭教授らの研究グループによる。6月3日から京都で開催される「第25回ニュートリノ・宇宙物理国際会議」にて実際に展示され、また2013年4月から浜松ホトニクスが販売を開始する予定だ。

ニュートリノなどの素粒子は、水と反応した時に発する極微弱な光である「チェレンコフ光」をとらえることで間接的に観測を行う。特にニュートリノは貫通力が高いことから、水と反応する確率を高めるためには巨大なタンクに大量の純水を用意し、観測はその壁面を多数の超高感度・高精度の光検出器で埋め尽くすことで、チェレンコフ光をとらえる必要がある。こうした条件を備えた大型水チェレンコフ観測装置の光検出器としては、従来、受光面の大きな「光電子増倍管(PMT:Photomultiplier Tube)」が用いられていた。

PMTは検出効率、増幅ゲイン、操作性などに優れた極微弱な光検出器のことで、天文学、物理学などの基礎科学だけでなく、医療、産業、分析、計測などにおいても紫外から近赤外域の広い波長光の測定に使われている。しかし、光子から変換された電子を増幅するための電極がいくつも組み込まれているため、結果として数10から数100点の部品で構成されており、量産が難しいという課題があった。

そこで近年、電子管の電子増倍部を光半導体素子に置き替えたハイブリッド型光検出器が開発された。ハイブリッド型光検出器は量産に向く上に高精度の測定が可能という長所があるが、今度は感度の高い大口径のものを製造するための設計上の課題がでてきていた(現行のものは、口径が約15mmが最大)。

日本は、2002年にノーベル物理学賞を受賞した東京大学の小柴昌俊理学博士が神岡地下観測所の観測装置「カミオカンデ」(直径15.6m×高さ16m、純水3000t、直径約50cmの光電子倍増管を1m2ごとにしきつめて約1000個)を用いて超新星からのニュートリノ観測を行うなどの取り組みを行ってきた。

こうした研究をさらに前進させるため、100万t級の規模を持つ次世代大型水チェレンコフ観測装置の開発について、日本やヨーロッパにおいて検討が進んでいる。日本では現在、カミオカンデを発展させた「スーパーカミオカンデ」(直径39.3m×高さ41.4m、純水5万t、直径50cmの光電子倍増管を1万1200本)が1996年から運用中だ。カミオカンデに対しては、体積で10倍、光電子倍増管の取り付け密度が2倍である。

そしてさらに、そのスーパーカミオカンデを超える「ハイパーカミオカンデ」も計画されており、これはスーパーカミオカンデの約20倍の大きさを持つ。PMTは、約10万2000本の大口径光検出器(20インチPMTが目標)が必要となる計算だ。そのため、既存のPMTと同様に、少ない信号を確実に測定する単一光子検出が可能な上に、PMTよりも量産に向いた光検出器の開発が望まれていた。

これらを実現するため、開発チームは、電子管技術と光半導体素子技術を融合させ、それぞれの特長を生かしたハイブリッド型光検出器(HPD)を、半球状の大口径にする開発に取り組んだのである。HPDは、PMTの電子増倍部を半導体素子に置き換え、電子管の光を電子に変換する光電面と「アバランシェダイオード(AD)」による電子増倍部を組み合わせたものだ。

なお、ADは高電圧を印加することにより電流が増倍される高速で高感度な電子素子のことで、通常は数10倍から数100倍の増倍率が得られる。信号を増倍できるため微弱な信号の検出に適しているが、高電圧が必要なことや高電圧に温度特性があるなど使いにくい面も持つ。光検出には同じ仕組みのアバランシェフォトダイオードがある。

HPDは光が電子に置き換わると、複数の電極を経由することなく、AD部分で一度に電子が増幅されることから、より優れたエネルギー分解能と時間分解能、速い読み出し時間を実現することが可能となる。また、製造過程が簡素化されることにより、製造技術、製造材料の観点から優れた量産性が期待でき、その結果、低価格で高性能な光検出器を実現できる可能性があるというわけだ。

今回開発されたHPDは、直径約20cmと大口径で、電子増倍部をADに置き換えただけでなく、バルブすべてをガラスで構成し、可能な限りネック部を短くした構造の真空容器としている(画像1)。

画像1は今回開発された約20cmサイズのHPDで、左は前面から、右は背面から見た同HPDの写真。高精度の測定が可能というHPDの長所はそのままに、大口径化によって1光子計測が可能な高感度を実現した。また構成部品数を6点に絞り込むことで、量産対応も可能とした。

画像1。左が前面から、右が背面から見た8インチHPDの写真

これにより、同じ口径のPMTに比べ、部品数を10分の1(6点)に絞り、作業時間を短縮し製造コストを下げられる構造にした。HPDは高電圧を印加するため、ガラスの微小放電や発光によって耐電圧不良を起こす危険がある。その対策として、印加電圧を8kVに設定するなど、設計そのものを見直して「耐電圧特性」を改善した。また、光電面の形状と電極構造の最適化を行い、光子が電子増倍部に到達する時間のバラつきを最小限にとどめることで、高い時間分解能を得ることに成功したという。

ADは第1段での電子増倍が高いために、同じ口径のPMTと比べ、1光子エネルギー分解能が約2倍(同口径のPMTのエネルギー分解能を100%とした場合、47%)良くなったという(画像2)。

画像2はHPDの電子増倍の仕組み。HPDの電子増倍部には、光半導体素子が用いられている。加速した光電子がADに入射した時に、1個あたり約1600個の電子・ホール対が生成され、さらに、ADのアバランシェゲインにより約130倍のゲインが得られるため、最終的に約20万倍の増幅が得られる。併せて、ADの採用により、同じ口径のPMTと比べ、1光子時間分解能が約10倍(同口径のPMTの時間分解能が2400ピコ秒、ADを採用した場合235ピコ秒)向上した(画像3)。

画像3は、PMTの電子増倍の仕組み。従来のPMTは、大口径化が可能で、検出効率、増幅ゲインなどに優れた光検出器として広く用いられている。しかし、光子から変換された電子を増幅するために電極をいくつも組み込むことから数10から数100点の部品で構成される複雑な構造を持っており、量産が難しかった。

画像2。HPDの電子増倍の仕組み

画像3。PMTの電子増倍の仕組み。

今回の開発品では、加速した光電子がADに入射した時に、1個あたり約1600個の電子・ホール対が生成され、さらに、ADのアバランシェゲインにより約130倍のゲインが得られるため、最終的に約20万倍の増幅が得られる。

また、今回の開発においては、浜松ホトニクスが中核機関となって試作し、東京大学が参画機関となって評価し、世界トップレベルの検出器回路技術及び評価技術を持つ高エネルギー加速器研究機構がモジュールの実用化評価が実施された形だ。

研究グループは、大口径HPDの開発により、巨大な次世代実験施設の建設の可能性が高まり、日本で始まったニュートリノ天文学をさらに発展させ、日本の新しい天文学・物理学などの基礎科学に貢献するものと考えられるとコメント。

さらにHPDはPMTと比較して、より簡素化された過程で製造可能なため、優れた量産性が期待できるという。その結果、PMTに代わり汎用性に優れた低価格で高性能な光検出器が実現できる可能性があり、産業分野での応用においても貢献が期待できると、研究グループは述べている。