160カ国・40万人以上のエンジニアや技術専門家、研究者などの会員を擁する世界最大の技術専門家の組織であるIEEEは4月5日、クラウド・コンピューティング導入を推奨する立場として、同技術の導入に対する声明を発表した。

期待されるクラウド・ベースのシステムの利点は広く検討されており、無視しがたいものだ。例えば、ITインフラの運用とメンテナンスの大幅なコストの削減、優れた拡張性とアクセス性、サーバへの過剰な負荷やストレージ容量不足の懸念軽減、また迅速な導入が可能な点などである。

また一方で、クラウドのセキュリティとプライバシーおよびパフォーマンスの不安、投資利益を考えた時に生じる、どの企業にとってもクラウドの導入は必要なのかといった懸念が残存するのも事実であり、課題や不安が残っているという。

2012年に大企業がクラウドを積極的に採用し先駆的役割を果たせば、今年がクラウドの転機になると考える人もいる。IEEEのCIOおよびシニア・メンバーであるアレクサンダー・パシック(Alexander Pasik)氏によれば、大手企業が競合他社や同時代の企業の成功を目の当たりにするようになれば、クラウドへ移行する企業が増えるという。

またパシック氏は、「クラウド採用は脅威と受け取られる場合があり、変化を語れば時として抵抗に遭います。クラウド・コンピューティングがビジネスにもたらし得る重大な影響を、知識のあるITチームを通じて伝えなければならない理由はそこにあるのです」とする。

さらに、「かなりの企業規模でありながら、その企業がクラウド内で業務を行っていないとすれば、それは間違いです。問題はクラウドに移行すべきかどうかではなく『いつ』移行するかであることに、企業はもうすぐ気付くことでしょう」とした。

実際、パシック氏の予想によると、8~10年後には世界の最大手企業の大半がクラウド内で運営されるようになるという。

しかし、グローバル化したビジネス環境にあっては、厳格化するコンプライアンスや規制の順守、さまざまなリスクの軽減など、CIOの不安が増大し、責任がより重くなっていくことも示されている。

IEEEのシニア・メンバーであり、ヒューレット・パッカード研究所クラウドおよびセキュリティ研究室の上級研究員であるシアニ・ピアソン(Siani Pearson)氏によれば、標準化が進めば、コンプライアンスはさらに複雑化するという。

「クラウド・コンピューティング・サービスを提供するには、ローカルおよびグローバルの法規制を順守する必要があります。ほかのエリアからデータにアクセスする場合、アクセスへの許可が必要になり、アクセス権を取得しなければなりません。コンプライアンス要件を満たすことは、現実的には非常に難しいといえます」と語る。

さらに、「世界的な法規制は複雑であり、例えば、輸出制限、セクター特有の規制、州や国レベルの法律などさまざまなものが存在します。法律上のアドバイスが必要であり、国境を越えたデータ・フローの規制も考慮する必要があります」とした。

そして、「これらの複雑な問題に解決策を見出すには、今後、いくつかの領域にまたがるコラボレーションがカギになると考えます。社内の顧問弁護士や顧客対応担当役員、また外部の学識経験者や業界提携先と協力することにより、企業はコンプライアンス問題に対する広範な学際的解決策を見つけられるはずです」としている。

セキュリティ問題は依然として、クラウドを採用する上での重要な懸案事項になる点も見落とせない。なぜなら、多くのサービス・プロバイダは、クラウド・セキュリティの負荷を顧客に負わせており、そのために第三者保険といった費用のかかる策を講じる企業もあるほどだ。

IEEEメンバーで英国のセキュリティ技術企業Preventia Ltd.会長のスティーブ・オドーネル(Steve O'Donnell)氏は、その点に対して、次のように述べている。

「数十億ドル相当の企業データに保険をかけることは、大きなリスクであり、また非現実的でもあります。企業が業界における市場リーダーであるならばなおさらです。取引用または物流用の主要なアプリケーションを失うことによる潜在的損失は甚大です。サービス・プロバイダは、より確かな保証を提供することで『保険はやはり必要』という意識を緩和する必要があります」とした。

この点に対処しようと、現在、法律およびプライバシーの専門家と提携しようとしている企業もあるという。

前述のピアソン氏は、クラウド加入者がデータ移行に先立ち、リスク評価を受けられるようにする規制の枠組みやそのほかの技術的ソリューションを検討中であり、これによりサービス・プロバイダに説明責任を負わせ、透明性と保証を提供しようとしている。

またオドーネル氏は、「ビジネスのタイプが異なれば、必要条件も異なりますが、クラウド・コンピューティングは、従来のインフラストラクチャよりも、こうした必要条件に柔軟に対応できます。クラウドによって、企業は自らのビジネスの筋書きを柔軟に描けるようなり、その可能性は無限に拡がります」とも述べた。

IEEE会長兼CEOのゴードン・デイ(Gordon Day)氏は、「世界中のIEEEメンバーは、クラウドの世界的採用への道を開こうとしています。彼らの活動は、現場においても、またIEEE活動の一環としても、クラウド・コンピューティングを大企業から中小企業まで、より利用しやすいものにしており、顧客とプロバイダ双方に有益な成果をもたらしています」とする。

さらに、「クラウドの活用は産業の形成を逆転し得る可能性を秘めており、IEEEによるクラウド・コンピューティング・イニシアティブは、IEEE独自の技術と専門知識がフル活用されています。このイニシアティブは、世界標準の開発機関が提案する、初めての広範な先見的クラウド・コンピューティング・イニシアティブなのです」とも述べた。

一方、日本には異なるクラウド事業者のクラウドサービスも含めてさまざまなクラウドをユーザーが必要に応じて活用できるようにする「インタークラウド」の実現を目標とし、そのユースケースや必要な技術課題、そして異なるクラウド間のインタフェースの国際標準化を促進する産学連携フォーラムである「グローバルインタークラウド基盤連携技術フォーラム(GICTF、会長:青山友紀慶應義塾大学教授)」が活動しており、IEEE Cloud Computing Initiativeにも参加して議論を進めている。

米国やEUにおいてもインタークラウドの必要性が認識され、研究開発や実証実験が進められつつある状況だ。今後、これらの国際連携が推進されていくだろうと見られている。