東京大学は3月13日、天敵1種の寄生蜂「ゾウムシコガネコバチ」と、その宿主(エサ種)の「マメゾウムシ」2種(「アズキゾウムシ」と「ヨツモンマメゾウムシ」)からなる昆虫3種の「食う-食われる」の実験により、学習する天敵がエサ種の共存を長く持続させることを実証したと発表した。

成果は、東大大学院総合文化研究科広域科学専攻の嶋田正和教授と同石井弓美子特任研究員(現:国立環境学研究所特別研究員)らの研究グループによるもの。詳細な研究内容は、米科学誌「Proceedings of National Academy of Science in USA」のオンライン版に、米国東部時間3月12日付けで掲載された。

ここで用いたゾウムシコガネコバチ(画像1)などの寄生蜂とは、宿主の昆虫に産卵管で麻酔をかけ、動けなくなった宿主に卵を産みつけるという生態を持つ蜂の総称である。生物種の半分が昆虫(少なくとも約80万種)といわれるが、実はその3分の2が寄生蜂・寄生ハエ(約50万種)だという。寄生蜂ごとに、どの昆虫種のどの発育段階(卵・幼虫・蛹)に寄生するかについては種によって特異性がある。

画像1。産卵管を刺して豆内のマメゾウムシ幼虫に産卵するゾウムシコガネコバチ。豆表面に白く見えるのはマメゾウムシの孵化卵

また、ゾウムシコガネコバチの宿主であるマメゾウムシ類は、ハムシ科マメゾウムシ亜科に分類される昆虫だ。主にマメ科の種子に卵を産みつけ、幼虫が豆内に潜り込んで子葉を食べ、やがて成虫となって外に出てくるという生態を持つ。作物を荒らされるため、いわゆるヒトにとっては害虫である。

自然界では、多くの生物種が競争しながらも共存しているが、この多種の共存に重要な役割を果たすと考えられる要因の1つが、エサ種の個体数に応じて学習により行動を適応的に変化できる「賢い」天敵の存在だ。

数の多いエサ種を学習し、そのエサ種を集中的に効率よく採餌する天敵種の「スイッチング捕食」は、個体数の多いエサ種の中の優占種を減少させ、個体数の少ない種が見逃されてその増加を助けるので、多種が共存できることになる。要は、エサ種にとっては天敵ではあるわけだが、同時に数の上で弱い少数派の味方でもあるわけだ。

1970年代以来、理論研究ではエサ種の多種共存を高めることが指摘されてきたが、これを明確に支持する実験的結果はこれまでのところ発表されていなかった。そこで、複雑な自然生態系を模倣する際に、最もコンパクトな手法である3者による実験によって、今回確かめることにしたというわけだ。

ゾウムシコガネコバチは、豆表面の匂いを頼りに豆の中に潜り込んでいる宿主幼虫を探し当てると、産卵管でまず麻酔をし、それから幼虫の体表に卵を1つ産みつける。

1度産卵を経験してその宿主種の匂いを学習すると、その後の宿主の探索では、記憶したその匂いを頼りにして豆から豆へ渡り歩いて探し出していく。これにより、ゾウムシコガネコバチは数の多い宿主種の匂いを学習する機会が多くなり、多い宿主種に集中して寄生するので、その宿主種は数が減り始めるというわけだ。なお、寄生蜂が学習し記憶するのは、宿主種が潜っている植物の組織や宿主種の分泌する匂い、その食べかすや糞などの匂いだ。

一方、数の少ない宿主種は見逃されて徐々に増え始める。このように、匂い学習により好みが切り替わるので、スイッチング捕食を引き起こすことになるのである(画像2)。

画像2。ゾウムシコガネコバチは個体数の多い寄主を集中的に捕食するスイッチング捕食者

今回の実験では、スイッチング捕食者であるゾウムシコガネコバチが2種のマメゾウムシ類の個体数動態と共存にどのような影響を与えるかが調べられた。マメゾウムシ2種のみで飼育を行うと、豆を巡る競争において不利なアズキゾウムシが20週程度で消滅する。

ところが、これにゾウムシコガネコバチを入れると、2種のマメゾウムシの個体数はちょうど増減が真逆になる交互の変動を示しながら、長いものでは118週もの間、共存が持続した(画像3)。

画像3。マメゾウムシ2種と寄生蜂の個体数のグラフ。上が寄生蜂がいない場合で、下がいる場合。寄生蜂がいないと20週程度でアズキゾウムシが種間競争で消滅。寄生蜂がいると、2種のマメゾウムシの数がコントロールされ、個体数が交互に変動しながら長い期間共存する

この時、寄生蜂の宿主種への好みは宿主種の個体数に対応して変化していることが判明。結果として、2種のマメゾウムシの共存に役立っていることがわかったというわけだ。

今回の実験における従来にはなかった「売り」の部分は、宿主種の個体数が毎週変動している最中に寄生蜂の好みを測定することが可能な点だと、研究グループは述べている。

さらに、数理モデルによるシミュレーション解析も行われ、2種のマメゾウムシ類を区別せずに産卵する仮想の寄生蜂ではマメゾウムシ2種の共存を持続させることはなく、学習する「賢い」寄生蜂だけがマメゾウムシ2種の共存を長く持続させることが解明できたとした。

研究グループは、今回の実験結果は、最近、重視されている生物多様性の保全を考える上での多種共存のメカニズムの理解に大きくつながるとし、また天敵を利用した害虫防除にも役立つとコメントしている。