理化学研究所(理研)は、生体内に侵入した細菌やウイルスなどを排除する感染免疫応答が活性化するとき、免疫細胞の一種である形質細胞様樹状細胞が、最初の段階で深く関与していることを明らかにした。同成果は理研免疫・アレルギー科学総合研究センター樹状細胞機能研究チームの佐藤克明チームリーダーらによるもので、米国の科学雑誌「Immunity」(オンライン版)に掲載された。 感染症は、細菌やウイルスなどの病原体(抗原)が宿主の体内に侵入して増殖、または毒素を産生する反応(病気)の総称で、有史以前から近代まで、ヒトの病気の原因の大部分を占めてきた。特に発展途上国で大きな問題となりやすいが、先進国でも新しい感染症や再発する感染症に加えて、多剤耐性菌の蔓延やバイオテロの脅威、高度医療の発達に伴う手術後の患者や免疫抑制状態の患者での日和見感染増加など、まだまだ課題が多いのが現状である。

細菌やウイルスにより感染すると、生体は防御のために免疫反応(感染免疫応答)を引き起こす。感染免疫応答には、自然免疫応答と獲得免疫応答があり、自然免疫応答では、免疫細胞の1つである抗原提示細胞の樹状細胞やマクロファージが抗原を認識して活性化し、情報伝達物質(サイトカイン)を産生する。その結果、自身や他の免疫細胞による捕食、殺菌を促して適切な炎症反応を引き起こし、病原体の増殖を防止する。さらに獲得免疫応答では、抗原提示細胞により抗原情報とサイトカインを伝達されたヘルパーT細胞やキラーT細胞が活性化して、抗原やその感染細胞を攻撃する。

これまでも、最初に病原体に出会う樹状細胞についての研究は行われてきたが、どのように抗原を感知してサイトカインの産生による自然免疫応答を引き起こし、獲得免疫応答を誘導して抗原に対する生体防御反応を成立させるかについては不明であった。樹状細胞は通常型樹状細胞と形質細胞様樹状細胞に大別されるが、今回、研究チームは、免疫応答に関わるサイトカインの一種であるI型インターフェロンを多く産生する形質細胞様樹状細胞に着目し、感染免疫応答開始のメカニズム解明を行った。

具体的には、形質細胞様樹状細胞の役割を明らかにするために、形質細胞様樹状細胞に特異的に発現する「Siglec-H(シグレック‐エイチ)」というタンパク質を欠損したノックアウトマウス(Siglec-H欠損マウス)や、形質細胞様樹状細胞そのものを欠損した遺伝子改変マウス(形質細胞様樹状細胞欠損マウス)を作製した。

形質細胞様樹状細胞欠損マウスの脾臓の免疫組織染色。野生型マウスと形質細胞様樹状細胞欠損マウスの脾臓の免疫組織染色を行った結果。青はT細胞、緑はB細胞、赤は形質細胞様樹状細胞を示しえとり、形質細胞様樹状細胞欠損マウスの脾臓では形質細胞様樹状細胞は認められない

そして、まず、Siglec-Hと形質細胞様樹状細胞のサイトカイン産生の関係性を調べるために、野生型マウスとSiglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞を精製し、病原体成分を加えて試験管内で培養した。その結果、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではI型インターフェロンや他のサイトカインの産生が亢進していることが確認された。これは、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のサイトカイン産生を抑制することを示しているという。

また、Siglec-Hと形質細胞様樹状細胞のキラーT細胞活性化能(増殖反応誘導能)の関係性を明らかにするために、野生型マウスとSiglec-H欠損マウスのそれぞれの形質細胞様樹状細胞に抗原と抗原特異的キラーT細胞を加えて試験管内で培養した。その結果、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではT細胞活性化(増殖反応)が低下した。これは、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のT細胞活性化能(増殖誘導能)に必要であることを示しているという。

次に、野生型マウス、Siglec-H欠損マウス、形質細胞様樹状細胞欠損マウスに病原体成分を投与し、血液中のサイトカインの産生量を測定したところ、野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスではI型インターフェロンや他のサイトカインの産生量が亢進したが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは顕著に低下したことが確認された。また、同様に通常型樹状細胞についても観察した結果、野生型マウスでは活性化し、Siglec-H欠損マウスではそれ以上に活性化していることが確認されたが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは活性化の抑制が見られたという。これは、形質細胞様樹状細胞が最初に病原体を感知してI型インターフェロンや他のサイトカインを産生し、通常型樹状細胞を活性化させていることを示し、Siglec-Hが形質細胞様樹状細胞のサイトカインの産生を直接的に制御していることを示しているという。

形質細胞様樹状細胞による炎症反応の誘導。
左:野生型マウスとSiglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞に病原体成分(0~10μg/ml)を加えて試験管内で18時間培養し、培養上清中のI型インターフェロンの産生量を測定。野生型マウスと比較してSiglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではI型インターフェロンの産生能が亢進している。
中央:野生型マウスとSiglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞に、抗原と抗原特異的T細胞を加えて試験管内で3日間培養し、抗原特異的T細胞の増殖を測定。野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスの形質細胞様樹状細胞ではT細胞活性化能(増殖誘導能)が低下していることがうかがえる。
右:野生型マウス、Siglec-H欠損マウス、形質細胞様樹状細胞欠損マウスに病原体成分を投与後(0~6時間)、血液中のI型インターフェロンの産生量を測定。野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスではI型インターフェロンの血液中産生が亢進しているが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスではほとんど認められない

さらに実際のウイルスに対する反応を検証するために、それぞれのマウスに単純ヘルペスI型ウイルスを感染させ、血液中のサイトカインの産生量、ウイルスに対するキラーT細胞の生成、臓器(脾臓)でのこれら病原体量をそれぞれ測定したところ、野生型マウスと比較してSiglec-H欠損マウスでは感染によるI型インターフェロンや他のサイトカインの血液中の産生が亢進していたが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは著しく低下していることが確認された。その一方で、ウイルスに対するキラーT細胞の生成では、野生型マウスと比較してSiglec-H欠損マウスでは低下し、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは顕著に低下していたほか、脾臓での病原体は野生型マウスで検出されなかったものの、形質細胞様樹状細胞欠損マウスはSiglec-H欠損マウスと比較して高い病原体量が検出されたという。

形質細胞様樹状細胞による抗ウイルス感染応答の誘導。野生型マウス、 Siglec-H欠損マウス、形質細胞様樹状細胞欠損マウスに単純ヘルペスI型ウイルスを感染させた。
左:ウイルス感染6時間後、血液中のI型インターフェロンの産生量を測定。野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスでは感染によるI型インターフェロンの血液中産生が亢進しているが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは著しく低下している。
中央:ウイルス感染6日後、ウイルスに対するキラーT細胞の生成を測定。野生型マウスと比較して、Siglec-H欠損マウスではウイルスに対するキラーT細胞の生成が低下し、形質細胞様樹状細胞欠損マウスでは顕著に低下している。
右:ウイルス感染6日後、脾臓中のウイルス量を測定。野生型マウスではウイルスを検出しないが、形質細胞様樹状細胞欠損マウスはSiglec-H欠損マウスと比較して高いウイルス量を検出した

これらの結果から、病原体に感染した宿主は、最初に形質細胞様樹状細胞がSiglec-HによるI型インターフェロンなどのサイトカインの産生調節を介して、通常型樹状細胞や他の免疫細胞を活性化させ自然免疫応答を誘導し、またキラーT細胞を積極的に生成することで獲得免疫応答を誘導し、効率的に病原体やその感染細胞を排除することが示されたこととなった。

これにより、形質細胞様樹状細胞が、病原体に対する感染免疫応答を最初に誘導するという重要な役割を担っていることが分かり、宿主の生体防御反応を引き起こすシステムが明らかとなった。そのため研究チームでは今後、このシステムを応用して形質細胞様樹状細胞を効率的に活性化することで、感染症のワクチン開発を含む新たな治療法の開発が可能になるとの期待を示している。

形質細胞様樹状細胞による自然免疫応答と獲得免疫応答の誘導。
左:最初に形質細胞様樹状細胞が病原体を感知してI型インターフェロンなどのサイトカインを産生し、通常型樹状細胞を含む他の免疫細胞を活性化して自然免疫応答を引き起こす。
右:形質細胞様樹状細胞はキラーT細胞を積極的に生成し、獲得免疫応答を誘導して病原体や感染細胞を排除する