東京大学などで構成される研究グループは、脳梗塞などで生じる神経細胞死メカニズムとして、血流低下時に神経細胞から産生される一酸化窒素(NO)が、カルシウムイオン(Ca2+)を神経細胞内で動員することで、神経細胞死を引き起こすことに関与していることを明らかにした。

脳の血流が低下すると神経細胞からNOが産生され、神経細胞死を起こすことが、脳梗塞などにおける神経細胞死の主要な原因とされている。今回研究グループは、NOがCa2+を神経細胞内で動員することを発見し、このメカニズムが神経細胞死に関わることを明らかにした。

NOがCa2+を神経細胞内で放出することで、神経細胞死が引き起こされる

また、NOによるCa2+放出を抑制する薬物は、脳虚血モデルマウスで脳梗塞を軽減することも示されたという。NOは、様々な細胞機能の制御に関与しているが、これにより脳では、NOが細胞内に貯蔵されているCa2+を細胞質へ放出させるという、これまで想定されていなかった意外な機能を持つことが明らかになった。

さらに研究を進めたところ、このCa2+放出は、NOがCa2+放出チャネル(リアノジン受容体)の特定のシステイン残基をS-ニトロソ化することによって生じることが確認された。

加えて今回新たに判明したNOの機能が、病態に関係することも明らかにされた。培養神経細胞を用いた実験で、NOによるCa2+放出を抑制する薬物(ダントロレン)は、NOによる神経細胞死に対して神経細胞保護作用が見られたが、NOの標的となるリアノジン受容体を欠失する細胞では、神経細胞死が起こりにくくなっており、ダントロレンの保護作用は見られなくなったという。これらの結果は、NOによるCa2+放出が神経細胞死を起こすことを示しているほか、脳虚血モデルマウスを用いた実験でも、ダントロレンの神経細胞保護作用が見られ、脳梗塞が軽減されたという。

このほか、生理的な役割について記憶・学習の基本過程としてのシナプス可塑性にNOが関与することは知られていたが、どのように働くかはよく分かっていなかった。今回の研究により、シナプスで産生されるNOが、神経細胞内に貯蔵されているCa2+の放出を起こして、小脳皮質のシナプスを強めること(長期増強)が明らかにされた。

これらの成果について研究グループでは、脳の生理的な機能(記憶・学習)と病態に関する新しい知見を与えるもので、ダントロレンなどNOによるCa2+放出を抑制する薬物をベースとして、脳梗塞などの治療薬開発にも発展するものと期待できるとしている。

なお、同成果は飯野正光 東京大学大学院医学系研究科細胞分子薬理学専攻分野 教授、山澤徳志子 同助教、陳毅力 同大大学院医学系研究科脳神経外科学専攻分野 大学院生、伊藤明博 同助教、斉藤延人 同教授、柿澤昌 京都大学大学院薬学研究科生体分子認識学分野 准教授、竹島浩 同教授、村山尚 順天堂大学医学部薬理学講座 准教授、呉林なごみ 同先任准教授、佐藤治 同助教、櫻井隆 同教授、小山田英人 昭和大学医学部薬理学医科薬理学部門 助教、小口勝司、同教授、渡辺雅彦 北海道大学医学系研究科解剖発生学分野 教授、森望 長崎大学大学院医歯薬総合研究科形態制御解析学 教授らによるもので、欧州分子生物学機構(EMBO)の学会誌「EMBO Journal」(オンライン版)に掲載された。