東北大学 原子分子材料科学高等研究機構の平田秋彦 助教、陳明偉 教授らの研究グループは、球面収差補正装置を搭載した走査型透過電子顕微鏡を用いることで、酸化物分散強化型鋼(ODS鋼:Oxide dispersed strengthen)中に存在するナノ酸化物の構造的特徴を明らかにすることに成功したことを発表した。これはODS鋼が示す高温強度と耐中性子照射性などの諸物性を理解する上で重要な成果になるという。同成果の詳細は、英国科学雑誌「Nature Materials」(オンライン速報版)に掲載された。

ODS鋼は、機械的な混合によって鉄鋼材料中に酸化物を微細分散させた複合材料であり、原子炉内などで想定される高温・中性子線照射下の劣悪な環境下で、優れた機械的性質を示す材料として注目されている。

この物質中には直径2~4nmの微細な酸化物が高い数密度で埋め込まれていることが3次元アトムプローブなどの手法で明らかにされてきている。また、高温においても粗大化せず、極めて安定であることもわかっており、このことが優れた高温強度の一因であると考えられている。

アトムプローブの化学分析から、この微細な酸化物の化学組成が、通常の酸化物と大きく異なることも指摘されてきたが、詳細な構造は不明のままであった。酸化物が微細なため母相に埋もれており、母相との構造のマッチングがおそらく良いため、観察が困難であることがその理由である。

こうした背景から、研究グループは高分解能の走査型透過電子顕微鏡を用いて微細な酸化物の像の撮影を試みたほか、得られた像を解釈するため、数多くの考えられる構造モデルを作製し、像シミュレーションをすることで、妥当な構造モデルの決定を行った。

具体的には、球面収差補正装置を備えた走査型透過電子顕微鏡を用い、ビー ム径1Åの集束した電子線を試料上に走査させることで、 微細な酸化物の高散乱角環状暗視野像が得られた。

図1 (a)はODS鋼中のナノ酸化物の高散乱角環状暗視野像。(b)は(a)中の点線で囲った領域。(c)は岩塩型構造と体心立方構造(母相)を重ねたモデルからの計算像。(d)は体心立方構造(母相)のみモデルから計算像。これにより岩塩型構造の存在が示唆される

像中では、酸化物は基本的に暗いコントラスを呈しており、詳しく見ると2つの特徴的なコントラスが観察される。1つは周辺部分に見られる周期的な明暗のコントラスで、もう1つは、中心付近に見られる乱れた模様である。

前者は酸化物が岩塩型という構造を持っている可能性を示唆するもので、後者は構造が完全な結晶に比べて欠陥を多く含んでいることを示している。

さらに、これらの事実とまで報告さている結果を考慮に入れ、酸化物の構造モデル作製を試み、数多くの考えられる構造モデルを試した結果、母相である鉄の構造(体心立方構造)にマッチするように球形の岩塩型を埋め込み、分子動力学法で構造を緩和させたものが、最も実験結果をうまく再現することが明らかとなった。

図2 (a)は構造モデル概観。(b)は母相にマッチした完全結晶モデル。(c)は母相にマッチし た欠陥構造モデル。(d)は母相にマッチしていな欠陥構造モデル。下に像はそれぞれの計算像。モデル2が実験結果を最もよく再現している

この結果、酸化物構造モデルには大きいイットリウム原子や空孔を多く含んでいるため、完全結晶に比べ乱れた欠陥構造が形成されており、ODS鋼では非常に特異な酸化物が分散されている状態が実現されていることが分かった。

この結果は、これまで他の材料で見出されていた酸化物構造の特徴とは本質的に異なっており、ODS鋼の優れた高温強度や耐中性子照射性はこのような特異な酸化物構造に起因するものと考えられるという。なお、研究グループは今後、構造と物性の相関をさらに詳しく検討し、得られた知見をより高性能な材料の創製に向けてフィードバックしていく予定だとしている。