京都大学の研究グループは、RNAとたんぱく質の特性を生かしたナノサイズ構造体(正三角形)の分子設計の手法の確立と構築に成功したことを明らかにした。1月16日(英国時間)に英国の科学雑誌「Nature Nanotechnology」のオンライン速報版で公開された。
生体分子の中で、DNA、RNAおよびたんぱく質については、分子レベル、原子レベルでの研究が進んでおり、DNAの場合は、DNAのもつ単純な2重らせん構造を基本として分子デザインが行われており、DNAオリガミと呼ばれる高度に複雑な構造体などの大きなサイズの分子の構築が報告されている。
しかし、DNAは、あくまでも2重らせん構造を基本とする制約があり、構造体形成のための材料としての構造単位に限界があると考えられている。特に、生体内で作用する小さなサイズ(例えば通常の酵素以下の大きさ)で複雑な機能と構造を持つ分子の作成には適さないほか、生体内で酵素などの機能性分子として働くものはなく、機能的にも構造的にも自由度が少ないのが現状。
一方、RNAは2重らせん構造に加えて、さまざまな分子内および分子間相互作用が可能であるため、この性質を利用して生体内で多様な立体構造を形成し、酵素機能などの高度な機能を発揮することが知られている。
また、たんぱく質はRNAよりはるかに多彩かつ複雑な立体構造と機能を有しているが、その複雑さのため、分子設計は困難となっている。そのため、RNAを設計により作成し、たんぱく質は天然のものを利用するといった戦略で、設計の柔軟性が高くかつ複雑な立体構造や機能を持つ分子を設計するのが合理的と考えられてきたが、これまでの国内外の研究においてRNAとたんぱく質の複合体(RNP)を利用したナノ構造体の構築や、たんぱく質により構造を制御できる人工ナノ構造体の構築は達成されておらず、そのため複雑な構造や、微細な構造の作成技術の開発はほとんど進んでいなかった。
研究グループでは、RNA分子上に複数の機能性たんぱく質の結合を可能にする、RNP分子デザイン技術を開発。。特定のたんぱく質にだけ結合しやすいRNPモチーフが必須なため、リボソームたんぱく質L7Aeと、それに特異的に相互作用するキンクターンRNAを選択した。
このキンクターンRNAはL7Aeと結合すると約60度の角度に折れ曲がるという特徴があり、これはナノサイズの構造体を作成するための新しいパーツとして有用である可能性があり、研究ではこのRNPを利用して、人工のRNPから成るナノ正三角形(Triangle-RNP)を作成した。
使用したRNP。赤色で示したキンクターンRNAは単独では特定の構造を形成しない(左)。リボソームたんぱく質L7Ae(黄色)を加えると、このたんぱく質がキンクターンRNAに結合しRNAが60度に折り曲がる(右) |
具体的には、一辺が10-30nmの三角形を構築するため、キンクターンRNAのモチーフを3カ所に持つ環状の2本鎖RNAを設計し、これにL7Aeを結合させる実験を行なった。その構造体形成を原子間力顕微鏡(AFM)により観察すると、3つのL7Ae-キンクターンRNAがそれぞれの頂点部分を形成する一辺が約17nmの三角形構造体が完成していることが確認された。
RNPによるナノメートルサイズの三角形構造。黄色部分がL7Aeであり、このたんぱく質がRNAを60度に折り曲げている。二本鎖RNAは直線のため、全体としては正三角形の形状となる(左図)。作成したナノ三角形構造をAFMにより観察した写真(右図)。1つひとつの三角形がRNPによる形作られた構造体となっている |
たんぱく質の存在下でのみ、三角形様の構造体が観察されたことから、たんぱく質によりRNAの構造を人工的に制御する構造制御に成功したことが判明した。
また、辺にあたる部分のRNAの塩基数(長さ)を26bpから48bpに増やすことで1辺が23nmのよりサイズの大きな三角形をデザインし、同様にこのRNAとL7Aeを結合させたところ、予想通り大きな三角形が観察された。 この結果により、RNPモチーフを切り貼りすることで、ナノ構造を容易に設計できることが示されたという。
さらに、3つの頂点に目的の機能性たんぱく質を配置するため、L7Aeとの融合たんぱく質として、緑に光るEGFP蛍光たんぱく質を同様の方法で結合、AFMにより観察してみたところ、3つの機能性たんぱく質を頂点に持つ三角形が構築できていることが確認できたほか、細胞内の環境に類似した生理条件下でも、この構造体は安定に保持できることが明らかになった。
これらの成果より、三角形の頂点それぞれに例えばがん細胞を認識する2種類のたんぱく質と細胞を殺傷する1つのたんぱく質を結合すれば、特定のがん細胞を間違いなく認識し、これにより検出されたがん細胞のみを殺傷するといった複数の機能を持つ有用な高機能RNP分子の創製が期待できると研究グループでは説明している。
また、ナノバイオテクノロジー分野にRNA-たんぱく質複合体が活用できることを初めて示すものであり、細胞内で目的の機能をもつ構造体を自在に作り出せるため、必要なときに必要な「分子機械」を構築する基盤技術としても期待されるともしている。
細胞内のたんぱく質合成工場であるリボソームに代表される天然の超機能性分子は、複数のRNAとたんぱく質が自己集合することで複雑な構造体を形成し、高度な機能を発現している。近年、生体分子を活用してナノサイズの構造体を作成する研究が注目されているが、このような複数の分子から成る機能性ナノ構造体の作成は、これまで実現できておらず、今回の技術を発展させることで、そのような機能性構造体の創出が可能になることが期待できるようになる。加えて、機能や構造を環境に応答して変換できる、インテリジェントな人工分子を創出するには至っていなかったが、今回の研究の基盤技術である「RNP分子デザイン」は、より複雑な構成を持つナノサイズの構造体を作成できるとともに、その構造をも動的に制御できるインテリジェントな分子作成技術であることから、将来的には構造変換によりRNP分子機械の機能を制御できる可能性も十分にあると考えられ、リボソームに匹敵する、高度に複雑で洗練された機能性分子複合体やナノロボットを創出する可能性を秘めていると研究グループでは説明している。