デジタルハリウッド大学は、秋葉原メインキャンパスにて気鋭の映像クリエイター 吉浦康裕氏を講師として招き、公開講座「監督が語る オリジナル原作のアニメーションができるまで」を開催した。
吉浦氏の人気を確固たるものにしたのは、2008年よりスタートしたオリジナル・アニメーション『イヴの時間』。公式配信サイトによる総視聴回数は、全6話で300万回を超え、今もなおネット上で大きな話題を呼んでいる。本作品で演出、原作、脚本、監督を手がけている吉浦氏の作品作りに対する想いや姿勢、そして未来のクリエイターに向けたメッセージとは、どのようなものだったのか。
吉浦作品に見え隠れする、独特なエッセンスの秘密
穏やかな表情でありながらも、自信に満ちあふれた立ち姿の吉浦氏。大学在学中に個人制作した作品『キクマナ』が「ジャパンデジタルアニメーションフェスティバル2001」にてトムシート賞を受賞するなど、若くして才能を開花させた。その背景には幼少期の生活や体験が息づいている。
「北海道で生まれ、面白い教育方針の私立幼稚園に通っていたんです。教室を作らない、壁を作らない、遊びが勉強。そこでの経験が『イヴの時間』にも活かされています」
そして、もっとも多感な思春期にSFに出会う。「アイザック・アシモフやジュール・ヴェルヌの翻訳本に囲まれる生活を過ごしていました」と聞くと、『イヴの時間』でのロボットに対する"三原則"などは偉大な先人に対する吉浦流のオマージュなのでは? と思えてくる。また、兄の影響で演劇に興味を持ち、野田秀樹氏や三谷幸喜氏らに影響を受けるも、舞台作家や役者の道へは進まなかった。なぜならそこで出会ったゲームが、吉浦氏の人生を突き動かしたからだ。
「中高生の頃に『MYST』というアドベンチャーゲームと出会い、"この映像はどうやって作られたのか"ということに興味が湧き、コンピュータ・グラフィックの道へ進みました。九州芸術工科大学(現在は九州大学芸術工学部)では芸術工学を学びました」
吉浦氏は大学在学中に"制作期間は2週間"と自らに課しアニメーション作品『我ハ機ナリ』を制作。次に、その経験を活かし『キクマナ』を制作したそうだ。この作品のコンセプトは『スーザン・ピット』のようなアメリカン・アートアニメで、テンポの良いアートアニメにすること。そしてこの作品で実写を3DCG化し、さらに手書きアニメを付加するというスタイルが出来上がった。『キクマナ』は評価されるも、次回作への課題も見えてきた。その課題が「台詞で埋め尽くされたアニメを作ろう」、「シチュエーションアニメを作ろう」といったものだった。それらを踏まえ誕生したのが『イヴの時間』の原型とも呼べる作品『水のコトバ』。台詞回しで作品に引き込む実験的な要素を含んだこの作品は、『キクマナ』とは対極的な位置に属する作品に見える。それこそがこの作品に吉浦氏が込めた思惑で、吉浦氏はこの作品によって、クリエイターとしての自分の映像表現の幅を表現したかったのだという。
『水のコトバ』の成功により、NHKの番組「デジタルスタジアム」のプロデューサーから「DVD化を前提としたアニメを作らないか?」というオファーをもらう。吉浦氏は、当時を振り返り「こんなうまい話は滅多にないのだから乗らないのは損だ」と思ったと明かした。大学卒業後、約1年半の歳月を掛け『ペイル・コクーン』を制作。この作品では、アニメーション映画『ほしのこえ -The voices of a distant star-』のような壮大なストーリで、しっかりとした起承転結のある、一本筋の通った作品とすることを目標とした。さらに作画強化のために演劇の友人を撮影して参考にするなど、様々な工夫を凝らしながら自らのスキルを向上させていった。本作品で3D空間を創り込み、手書きアニメと組み合わせ、カメラワークで見せ方を工夫するという吉浦メソッドが確立されたのかもしれない。そして、大注目を浴びた『イヴの時間』へと話は進む。
『ペイル・コクーン』を見たファンからの感想や指摘を汲み取り、『イヴの時間』ではキャラクターを魅力的にし、心情や心の揺れ動きを表現した、物語のあるアニメを作ろうと考えた。当初、本作の企画は、「ふたりの主人公が一風変わった喫茶店で不思議な体験をする」というものだった。しかし、それではストーリーとしてのインパクトが弱い。そこで吉浦氏は、幼少期に古典SFに親しんだ経験を活かし、作品に"ロボット"という要素を盛り込んでいった。そして、「ロボットやアンドロイドとの『距離の取り方の葛藤』を全力で描けば、テーマとしても面白く愉しんでもらえるのではないか?」と構想を練り上げていったという。
また、本作品で吉浦氏は、今までの自主制作スタイルから多人数での制作スタイルへ変えている。その変化について「作画や声優など、様々な人の才能を纏め上げるのは良い経験となりました。また、この作品そのものが輪を作り、第1話の時点ではまったくアニメ業界にツテがなかったにも関わらず、終盤には非常に豪華なメンバーで制作することができました」と語った。制作スタイルに関しては、絵コンテの時点で構図・背景を前もって決めておき、3Dイメージ上でレイアウトを決定。そして、カットごとに「Photoshop」を用い、質感を高めるためにレタッチを加えていった。さらに、吉浦氏が培ってきた3DCGの制作ノウハウはチーム制作の現場でも役立ち、寸法を正しく設計したローポリゴンモデルを作成し、正式なモデリングを外注すると同時にローポリゴンモデルをベースにアニメーターが同時に作画を進めるといった独自の制作スタイルをとった。
今後の活動について
現在、躍動感や動きの面白さ、アクションを盛り込んだ作品を制作中だという吉浦氏。『イヴの時間』についても「セカンドシーズンは必ず制作する」と続編への意欲を語った。また、本講座に参加した同校の生徒に対し「制作時に心が折れそうになった時は、敢えて発表の場を設定し、期限を区切る」、「実写合成では構図の取り方やカメラワークについて絵コンテの段階で固めておく」といった実践的なアドバイスを贈った。そのなかでもっとも印象深かったのが、素晴らしいとされている作品を因数分解して何が"素晴らしい要素"なのかを分析するという視点を持つ重要性についてだ。「自分の表現したいものから遠い分野、異なる分野からそれらの要素を上手に取り込む」という吉浦氏独自の理論。吉浦氏の類い稀なる才能は冷静な分析能力と、要素と要素を結び合わせる妙にあるのだと合点がいった。