作りっぱなしにはさせない - すべてのフェーズを一人でこなせる人材に育てる

三菱商事を親会社にもつアイ・ティ・フロンティアは、ITコンサルティングからシステム開発、さらには保守/運用までをワンストップで顧客に提供する、いわゆる"ユーザ系"のシステムインテグレータ(以下、SIer)だ。SAP ERPの導入支援をはじめ、さまざまなITソリューションの提供を手がけるが、どのビジネスも長年にわたる三菱商事への導入支援がベースになっている。

アイ・ティ・フロンティア システム構築本部 ERPユニット長 阿部智英子氏

「コンサル系のSIerと異なるのは、開発における作り込みと、システム導入後の運用サポートを徹底していること。極端に言えば、お客様の環境に"半歩"踏み込んで、保守しながら作り込んでいる感じです」と、同社 システム構築本部 ERPユニット長の阿部智英子氏は説明する。保守/運用を単なるメンテナンス業務ではなく、顧客満足度を高めるための非常に重要なフェーズとして捉えている点が特徴だ。

同社では、多くのSEが、親会社でありSAPユーザでもある三菱商事へ常駐し、ITの業務支援を行う。この経験により「システムインテグレータでありながら、顧客の立場に立って、納品したシステムをじっくりと体感・体得できる」と、事業統括本部 担当部長 関野則和氏は言う。「自分たちの設計/開発したシステムがお客様の現場でどのように"活かされて"いるのか。これを体感することが、当社のSAP人材には欠かせない資質です」(関野氏)

アイ・ティ・フロンティアは経営ビジョンに「人と技術が生きる価値創造企業」を掲げているが、SIerという限られた価値観の中だけに閉じこもっていては、"顧客の価値"を理解することも創造することも難しい。前述の顧客現場への常駐だけでなく、開発部隊も積極的に営業に同行させるなど、顧客と直接接点を持つ機会を多くもたせるそうだ。「そうやって培われた視点・視座の多さが、本当の意味での顧客価値の創造につながる。これが三菱商事のDNAを持つSIerである当社の特徴ともいえるものです」(関野氏)

アイ・ティ・フロンティアの経営ビジョンは「人と技術が生きる価値創造企業」

アイ・ティ・フロンティア 事業統括本部 担当部長 関野則和氏

同社のSAP人材はSAPビジネスを手がけるSIerの中でも多いほうに分類されるだろう。約1,700名の従業員(2010年4月)のうち、阿部氏が率いるシステム構築本部 ERPユニットには200名強が在籍し、ほぼ全員がSAPビジネスに関わっている。また、アプリケーションマネジメントサービスを提供するAMS本部では、約100名が三菱商事のSAP導入および保守/運用業務に就いている。さらに関野氏が在籍する事業統括本部は、三菱商事の基幹システムに関する企画/実装/保守/運用を担当するが、やはりSAP関連業務が多いという。

このように数多くのSAP人材を抱える同社だが、人材育成において最も重視していることは?という質問に、阿部氏は「あたりまえのようですが、技術ができること、これが一番重要です」と断言する。同社のSAP人材は、基本的に提案、開発、保守のいずれのフェーズにおいても力を発揮できる"万能性"が求められる。たとえば最近案件が増えている中堅・中小企業(SMB)のSAP導入では、プロジェクトの規模だけでなく求められる要件が大企業案件とは大きく異なる。1名の要員が、コンサルティングから開発、保守/運用まで引き受けるケースもままあるそうだ。難しい状況に置かれたとしても、基本となる技術力がしっかりしていれば、多くの難局は乗り切ることが可能になるという。「SAP認定試験の合格はマストと言ってもいいでしょう。マイスター取得も積極的に勧奨しています。必須言語のSAP ABAPは入社から2カ月ほどかけて学習します。そのほかにはJavaのスペシャリストも多いですね。あとはOJTで業務の知識を身につけていくという形でしょうか」(阿部氏)

だが、技術だけではやはり一流のSAPコンサルタントになることはできない。若手コンサルタントが一皮むけるために必要なことは何か、との質問に対し、関野氏は「お客様と一緒にレベルアップしていくこと。そのためには導入後も保守/運用という作業を通して、お客様と長く付き合いながら、ともに顧客価値を創造するというステップを経験する必要があります。SAPは顧客価値を実現する手段のひとつであり、価値そのものではないということを、言葉だけでなく、真の意味で理解してもらいたいですね」と答える。冒頭に挙げた三菱商事への常駐は、そういった教育の一環でもあるのだ。

ユーザ系SIerから見たSAPシステムの良さとは

三菱商事のプロジェクトを中心に、多くのSAPビジネスを手がけてきたアイ・ティ・フロンティアだが、数ある業務アプリケーションの中で、SAP ERPがここまで普及した理由はどこにあると考えているのだろうか。阿部氏は「まず、製品としての安定性が非常に高いことが挙げられます。また、これは開発者としての意見ですが、ABAPは非常に習得しやすく、また、開発しやすいというメリットもあります。さらに他社製品に比べて、サポートに要する技術が段違いに少なくてすむ点も大きい」とするが、つまりは"入れやすく、作りやすく、使いやすい"ということなのだろう。「フロントエンドアプリケーションなどは、正直、国産ベンダのERPのほうが豊富に揃っているかもしれません。ですが業務アプリケーションとしての根本的な使い勝手はSAP ERPが群を抜いていますね」(阿部氏)

一方で関野氏は、「長い間いろいろな企業に使われて、多くの技術やノウハウが蓄積し、他社製品との組み合わせもしやすい。そしてリリースから10年以上経っているにもかかわらず、ERPとしてのコアの部分がほとんど変わっていない。これは驚異的なこと」と言う。逆に、だからこそ「まだ進化の余地があるのではないか」とも思うそうだ。

SAPは手段のひとつ - バージョンアップはもっとラクであっていい

SAPを導入する、あるいはバージョンアップするというのはたしかに労力がいることではある。しかし、技術が大きく進化している現在にあって、10年前と同じコストをかける必要はないはずだ。インタビューの最後に、今後、SAP導入を考えているユーザ、あるいはライセンス期限などの問題からリプレースを考えているユーザに対してのアドバイスを、SIerという立場からいただいた。

「SAPは手段のひとつに過ぎないことを強く頭に置いてほしいですね。最近は『SAPを入れれば、グループ経営強化や国際会計基準(IFRS)対応ができますよね』というご相談を頂くことがあります。たしかにSAPはシステム統合しやすく、グローバル化を図りやすいソリューションです。SAPを入れること、ではなく、お客様が何をしたいか、をいま一度明確にしていただければ、より効果的な導入を図ることができるのではないでしょうか」(阿部氏)

「システムは、リリース後、即ち保守/運用フェーズに入ってからも"継続的な業務変化への対応"が求められます。バージョンアップもそのひとつです。この変化への対応を、いかに迅速かつ合理的なコストで実現できるかが重要であり、そのために必要なのは、ITアーキテクチャで志向されているSOA型開発方式だと考えています。ここで言うSOA型という意味は、システムの主要な構成要素である"画面" "プロセス" "ビジネスロジック" "データインタフェース"を疎結合的に開発することです。たとえばある部分を改修する必要に迫られたとしても、疎結合であれば局所的な変更ですみます。1カ所変更するだけなのに画面インタフェースからビジネスプロセスに至るまですべて変更し、そしてそのすべてに対してテストを行う - こういうモデルでは初期導入時とそれほど変わらない時間やお金が必要となりますが、現在のような経済状況ではそうした事態は避けなければなりません。もし、変わるところと変わらないところを事前に明確化できれば、保守/運用におけるシステム変更時のコストを大幅に減らすことが可能であり、そのためには、システムを"作った後"ではなく、"作り方"が重要だと考えます。当社では、こうした保守/運用まで視野に入れた知見に基づき、お客様に最適なSAPシステムをご提案していきます。また本年度からは新たに、当社独自のノウハウとPanayaを融合し、SAPシステムのバージョンアップコストを最小限に抑えるサービスもご提供しています」(関野氏)