新入社員が業務を覚えて、一人前になるには時間がかかる。特に専門知識が必要になる職種ともなると、独り立ちするには更に時間がかかるものだ。
証券会社の営業もその一つだ。特に日本アジア証券は、地域密着でお客様との繋がりを強く持つ対面営業を行う営業方針であるため、商品を売買するための専門知識はもちろん、顧客の資産形成のお手伝いができるような知識が尚更求められる。とはいえ、新入社員も研修が終われば一人の証券営業員として、顧客訪問をしなければならない。どうしてもベテランの営業と比べると、新人はお客様と話す話題に乏しくなる。「それをサポートするツールはないか」──。日本および海外の株式・債券・投信など、顧客のニーズに応じて資産運用を行う日本アジア証券でもそういったツールを探していた。
新人営業の情報武装ツールとしてiPadを活用
「特に今年は相続税が改正されたため、お客様からどこがどう変わったかなど質問も多くなります。新人でも相続税に関する情報を正しくお客様に伝えられるようにしたいと思いました」と、新人営業が最初に配属される営業開発部 部長の新開主税氏は語る。
そこで金融情報サービスベンダー会社のコンテンツを検討したところ、最もわかりやすい解説を提供していたのが、QUICKの投信販売支援サービス「QUICK FN(Financial Navigator)シリーズ」だったという。
FNシリーズは取り扱っているファンドの情報、国内外の株価指数や外貨為替、国内外の債権や短期・政策金利、市況概況をはじめとするグローバルなマーケット情報、ファンドを比較する機能などを提供するサービスで、タブレット版「QUICK FN タブレット」も用意されている。そこで同社では「QUICK FN タブレット」とその閲覧端末としてiPadを、2015年度および14年度の新人、支店長を対象に配付し、販売促進の支援ツールとして活用している。
販売促進支援ツールの端末にiPadを選んだのにはもちろん理由がある。
「iPadを配付する前、会社が用意している営業ツールは紙の資料のみ。営業担当者の中には個人のスマートフォンなどで、お客様にインターネットの情報を見せたりしていましたが、会社としてモバイルツールの提供はしていなかったのです。モバイルの文化を浸透させるためには、ユーザーがほしがるモノを提供することだと考えました。そこで最も魅力あるタブレット端末として選択したのが、iPadでした」
こう語るのは、日本アジア証券の情報システム企画・導入・運用などを手がけている日本アジアファイナンシャルサービス コンサルティング事業部 シニアコンサルタントの千葉雄大氏だ。
そしてもう一つ、魅力に感じる機能があったと新開氏は付け加える。それがiPadにプリインストールされているビデオ通話アプリFaceTimeだ。
「例えばお客様から聞かれてわからないことがあっても、FaceTimeで支店につなぎ、知識のある上司や先輩に説明してもらうということができます。そのほかにも支店長がお客様とFaceTime越しに挨拶をしたりということも。もちろん、お客様がiPhoneユーザーであれば、お客様とのやり取りも音声通話ではなく、FaceTimeによるビデオ通話で行うこともできます。他の通話アプリのように資料の添付などはできないところも気に入りました。我々が得意とする対面販売のノウハウを生かしつつ顧客獲得のための新しいツールとして、期待できると考えました」(新開氏)
元々はBCP対策用としてiPadの導入を検討
このように現在は営業支援ツールとして活用されているiPadだが、最初にiPadの導入を思いついたのは、BCP対策用だったと千葉氏は振り返る。
「当社には25の支店があるのですが、それらの支店のインターネット回線としては光回線と、その回線が断線した際のバックアップ用のADSL回線を敷設していました。しかしADSL回線は過去5年間、一度も使用されず、また光からADSLに切り替えができる社員もいなくなっていたのです。そこで日常的に誰もが容易に切り替えられる迂回経路として、iPad Cellularモデルのテザリング機能を使うのが良いのではと考えました。それが昨年の9月頃の話です。もちろんこのときも、iPad以外にもさまざまな選択肢がありました。しかしこのときも先と同じ理由で、ユーザーが使いたがるモノということからiPadを選定。11月28日にテスト機として2台購入して、営業支援ツールとしてはどうかと新開部長に見せました。FaceTimeでビデオ通話もできる。これは営業支援ツールとしても使えると思いましたね」(千葉氏)
同社ではBCP対策用としてまず30台を注文。翌15年1月に正式に営業用端末ツールとして導入が決まり、新人と一部のキーマン用に追加で90台発注。続く要望に対応するため更に100台を発注し、現時点では220台の端末を導入している。現在は「使いたい」という申し出のあった営業へも配付を検討しているという。
営業ツールとしてiPadを導入したことで「目に見えた効果としてはまだないが、営業の生産性は向上している」と新開氏は明かす。というのも、先に紹介したようにFaceTimeを活用することで、お客様からの質問にその場で答えられることが増えたからだ。
「一旦帰って、資料を用意して出直すということが減りました。その結果、営業機会の損失の削減にも向上していると思います」と新開氏。
またそのほかにも使い道が拡がっているという。例えば「お客様は高齢者の方も多い。iPadの小さな画面ではなく、iPadをデジタルテレビにつないで大画面でプレゼンテーションを行ったり、投信情報を映し出すことにより、より積極的なプレゼンテーションを行えます。またこの手法を応用すれば公民館などで株式に関する勉強会などもできるのではと思っています。つまりiPadを活用することで、お客様に来てもらうのではなく、お客様のところに飛び込む営業が今まで以上にできるようになるということです。現状は新人営業のサポートツールとしての位置づけですが、徐々にiPadの利便性の高さが浸透しており、社内での要望も増えています」(新開氏)
セキュアな仕組みを構築し、より活用範囲を広げたい
iPadの導入で最も慎重に対応しているのは、「使用の制限です」と千葉氏は語る。というのもiPadを活用しているのは、iPhoneユーザーが多く、タブレットの扱いにも慣れた新人営業である。「一人ずつ、制限事項を口頭で伝えて配付しました。ただ、アプリが入れられないように制限しても『このようなアプリを使いたい』というような申し出もたくさんあります。」と千葉氏は言う。
今はまだ営業全員にiPadを提供していくことは考えていないという新開氏。というのも、先述したとおり、iPadはQUICKの「QUICK FN タブレット」による投信情報の閲覧に限定されているからだ。Webメールの使用も許していないという。情報漏えいを考慮してのことだ。
「例えば顧客情報がiPadで閲覧できるようになると、営業員一人に1台は必須となるでしょう。しかし今はまだセキュリティ上の観点から、そのような仕組みにはしていません。ただ、近いうちにセキュアな仕組みを実現し、真の強力な販売促進用の支援ツールに育てていきたいと思います。そうすると効果も徐々に目に見えるようになると思います」と新開氏は意気込む。
日本アジア証券のiPad活用は始まったばかり。よりお客様への品質高いサービス提供に向け、同社のiPad活用へのチャレンジは続く。