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10 夢を刻む、芸人の時計

【東京ホテイソン たける】「芸人は格好良くありたい」全国ツアーを続ける理由とブシップウォッチ

MAR. 11, 2026 17:00
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愛用する腕時計を手がかりに"人生の時"を語ってもらうインタビュー連載『夢を刻む、芸人の時計』。テレビでおなじみのあの芸人は、どんな若手時代を過ごし、ブレイクの瞬間を迎え、どのように未来を刻んでいくのだろうか?そのストーリーに迫る。

本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ 東京ホテイソンのたけるさん。1995年3月24日生まれ、岡山県高梁市出身で、芸能プロダクション グレープカンパニーに所属している。相方のショーゴさんと2014年に東京ホテイソンを結成した。

祖父の影響と最初の時計 芸人人生の原点

――初めて自分で買った時計は、どんな時計でしたか?

うわ、憶えてないなぁ…。大学のときですかね?BEAMSだったかな、たしか服屋さんで売っていた、ミリタリーをモチーフにした時計を買ったような気がします。バイト代で買えるような、2~3万円くらいのものだったんだろうと思います。

――もともと時計はお好きでしたか?

うちの父親は時計をつけない人だったんですが、爺ちゃんがオシャレな時計を持っていたんですよね。だから「大人になったら良い時計が欲しいな」とは思ってました。

――お笑いは、学生の頃から目指していたんでしょうか?

ボクは大学在学中に芸人を始めているんですよ。「東京に来たからには、表舞台に立つようなことをやりたいな」という思いがあって、有名人になりたくて芸人の道を選びました(笑)。

ほかにも、ギターを弾けるようになってライブに出たり、いろんなことをやっていました。バラエティ番組はよく見ていたし、エンタの神様、爆笑レッドカーペットに出てくる芸人さんも好きだったので、選択肢の1つとして芸人を始めた、という感じです。

とにかく人前に出て明るいことをするのが好きだったんですね。当時は、小島よしおさん、『ピラメキーノ』に出ていたフルーツポンチさん、はんにゃさん、といった芸人さんたちをよく見ていました。

――初めてお笑いの舞台に上がったときのことは、憶えていますか?

ショーゴと出会う前のことで、当時は別の相方とコンビを組んでいたんですが、「お笑いって厳しいな」と思った記憶は残っています。だから、初舞台ではすべっていたんでしょうね(笑)。

あれは下北沢の劇場でした。漫才師=スーツのイメージがあったので、新調したかったけど金もなく、大学の入学式にあわせて爺ちゃんが仕立ててくれたスーツを着て舞台に立ちました。

ボクは幼少期から岡山県の伝統芸能である備中神楽をずっとやっていたので、人前に出て何かをやることには慣れていた部分もあるんです。でも相方がめちゃくちゃ緊張していて、すっごいネタを飛ばしちゃって(笑)。お客さんは10人くらいしかいなかったと思います。

――相方のショーゴさんとは、どこで知り合われたんですか?

相方募集掲示板というもので出会いました。ボクの書き込みをショーゴが見てくれて、連絡をくれて。だから、よく『出会い系コンビ』と言われています(笑)。普通なら同級生で組んだり、養成所で知り合ったりするんでしょうけど……。それでコンビを組んだ、という話はボクの周りでも聞かないですね。当時は大学生でNSCに入るお金もなかったので、ネットで「相方 募集」みたいな感じで検索したら、それが出てきて。

――すぐに意気投合されて?

いえ、気が合う感じではなかったです(笑)。でも前のコンビではボクがネタを書いていて「もう無理だ」となったので、ネタを書ける相方が欲しかったんですね。それでショーゴに会ってみたら、ネタを書ける奴=ちょっと暗そう、という自分が抱いていたイメージにピッタリで、組んでみようかとなりました。

その後、2年くらい一緒に住んでいました。はじめに沼袋で契約したとこが家賃8万円で、4万円+4万円で折半していたんですが、ちょっと高いなということで笹塚のワンルームで月5万円くらいのところに引っ越して、下がショーゴ、上のロフトがボクの居住スペース、みたいな感じで住んでいました。


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※ 本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。

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