いまの場所にたどり着くまでに、どんな選択があったのか――。この連載では、道を切り開き始めた次代の担い手たちに、歩んできた決断の背景と、その先に見据える未来を聞いていく。それぞれの選択がどのように現在をつくり、次の挑戦へつながっていくのかを、記録していく試みだ。

本稿で話を聞いたのは、お笑いコンビ カベポスター。ともにNSC大阪校36期生で、永見大吾さんは1989年12月19日生まれ(三重県名張市出身)、浜田順平さんは1987年4月28日生まれ(大阪府大阪市出身)。2014年にコンビを結成し、2022年の第43回ABCお笑いグランプリで優勝。M-1グランプリ2022・2023ではファイナリストとなっている。神保町よしもと漫才劇場にて話を聞いた。

学生時代に一度は憧れた「芸人」。挫折から夢の実現に至るまで

――お笑い芸人を目指したきっかけについて教えて下さい。

浜田順平さん(以下、敬称略):大阪出身なので吉本新喜劇が身近にありましたね。その頃はbaseよしもと(お笑いの劇場)が人気で、中1になるとM-1も始まりました。なので子ども時代は、朧気ながら「芸人って格好良いな」なんて思いながら過ごしていました。憧れていた芸人さんは、baseよしもとに出ていたFUJIWARAさん、チュートリアルさん。あとはM-1に出ていた笑い飯さんでめっちゃ笑って、いつかこんな漫才がやれたら良いな、と思っていました。一方で、もともと勉強も好きで、お笑いと勉強の二刀流を目指していたんです。

永見大吾さん(以下、敬称略):おっ! 二刀流を目指してたんや。

浜田:でも高校受験に失敗しちゃって。おまけに高校生のときに見た「ダイナマイト関西」というお笑いイベントで、プロの芸人さんが一瞬で面白いことを思いつく様子を見て「オレにはお笑いも無理や」って挫折しました。千原ジュニアさん、竹若元博さん(バッファロー吾郎)、ケンコバさんらがバンバンおもろいこと言う姿を見て、これは敵わないなとその道を諦めちゃったんです。

その後、大学に進学して就職もしました。でも仕事が合わなくて辞めて、「もっと自分に合った職業ってなんやろ」って思ったときに、学校の先生か、起業するか、せっかくだしお笑い芸人をもう1回目指してみるか、という選択肢が出てきました。

永見:僕はテレビっ子で、小さい頃からバラエティ番組を見て育ちました。そのうち深夜番組の「内村プロデュース」を見始めて、芸人に憧れの気持ちを持つようになりました。高校生のときにはNHKの「着信御礼! ケータイ大喜利」という番組で自分の投稿が読まれるようになって。ただ高校を卒業してお笑い芸人になったとして、果たしてテレビで面白いことが言えるだろうか、って考えたときにやっぱり自信がなくて「ボクじゃ無理か...」と諦めて大学に進みました。

高校は情報科でパソコンを使い、大学でも工学科でパソコンを使っていて。でも、この先の人生もパソコンを仕事にしていくのかな、と考えたときに「正直しんどいな」という思いもあり、もう1度芸人を目指してみよう、と決心しました。「どうやったらテレビでも面白いことが言えるか考えながらやっていったら、案外うまくいくんじゃないか」と思って。ボクは、ひたむきな性格やし。

浜田:あ、ひたむきな性格なんや。そうやったんや。イメージないなぁ。

――お笑い芸人を目指すと打ち明けたとき、周囲の反応はいかがでしたか?

浜田:僕は誰にも言いませんでした。親にも言わなかった。

でも内緒でNSCに入って、熊元プロレスさん(紅しょうが)、真輝志とルームシェアをして5年半ほど経ったときに、熊元さんが住んでいる部屋がテレビに取り上げられちゃったんです。それが、芸人のバイトの収入も赤裸々に出ちゃう番組内容で。おかんの友だちの桑原のおばちゃんがそれを見て「あれ、たぶん順平くんじゃない?」って。「真輝志さんはお笑いだけで12万円稼いでて、熊元さんはお笑いで7万円+バイトで4万円、でも順平くんはお笑いで1万円+バイトで12万円って書いてあったけど大丈夫?」みたいな話がおかんに伝わってしまって。

それまで、おかん、おとんには「パソコンの学校に行ってる」って嘘をついてたんですけど、もう4年くらい経っていたので「4年制の学校に行ったんかな? それにしても長いな」とは思ってたのかな。でも息子が何をしていたのか、テレビで本当のことが知れたので、たぶん安心もしてくれたんだと思います。もともと薄々は感じてたのかな。そのあと、おかんからはLINEで「こんなこと桑のおばちゃんが言ってたよ。お笑いしてんの?」みたいな連絡がありました。

ちょっと時系列が戻っちゃうんですが、そのルームシェアに引っ越しするとき、親父が荷物を運ぶのを手伝ってくれたんです。でも玄関で熊元さんと鉢合わせになっちゃって、自分が急いで「一緒に住む人です」って伝えたら、親父は一瞬記憶喪失になったみたいで(笑)。そのあと親父と部屋に行って、7階のベランダから外を見たんですが、何も言わないんですよ。「何も言わへんな」と思って。次に、押し入れの中を見たんです。そうしたら「いや、景色良いなぁ」って言って(笑)。熊元さんに会ってから、なぜか親父の感想が1個ずつ遅れ始めました。たぶん頭の中が、熊元さんについての疑問でいっぱいになっちゃったのかな(笑)。

永見:それは心配やな(笑)。いまでも寝るときに「ごはん美味しいな」言うてるかも。

うちの場合は、実家に帰ったときに「お笑いやりたくてNSCに入ろうと思ってる」って伝えたら、母親は「大吾のやりたいことなら、やらしてあげたい」って言ってくれました。父親は「やりたいことやったらええけど、辞めるんなら早めにしとけよ」と。第2の人生でも仕事が見つかるように、と心配してくれていましたね。

お笑いがしんどくなった瞬間に決意した“東京進出”

――これまで、芸人を辞めたいと思ったことは?

浜田:辞めよう、まではないですね。下積み時代は「売れたい」という気持ちでやっていたので「辞めよう」は思ったこともなくて。ただ数年前に、ほんま仕事がパンパンに入って連勤で睡眠時間もない、ってなったときにしんどくなっちゃって。100%の気持ちでお笑いをやれへん、ってなったとき「これちゃうんちゃうか」とは思いました。さんまさんと平場やれた、ほかの憧れの人にも会えた、でっかいライブが終わって感動した、でも余韻を楽しむ暇もない、忙しくて飲みにも行けないってなったときに「芸人やってるにしても、違う働き方があるんじゃないか」ってなって。

その頃から、大阪から上京しよう、と思いはじめました。コンビで、最初のうちは「M-1で優勝したら東京に行こう」なんて言ってたんですが、そのうち「M-1で印象に残るネタができたら行こう」になり、最後は「M-1に行けなくても行こう」になっていましたね。

永見:自分も「辞めたい」は思ったことないですね。辞めたところで、ほかに何もできないというか、まぁバイトもうまくできた試しがなくて。人生で一番やりやすいことを考えたら、芸人の一択なので。いわば一刀流ですよね。

浜田:二刀流は言うけど、一刀流は言わんのよ(笑)。それが普通の状態だから。でもすごいな、オレは勉強もお笑いも自信を失ってたからな。

永見:え、ゼロ刀流?

浜田:いまゼロ刀流。無刀流。

永見:無刀流、かっこええな(笑)。素手やん。

浜田:もちろん。カバンだけ背負って上京してきた。小銭じゃらじゃら鳴らして、おじいちゃんの写真を持って、あとリンゴの皮が剥けるくらいの小さなナイフだけ片手にして。

永見:ちょっとずつ格好良くしてるやん。あと最後手に何か持ってるし。

ネタ作りは「まだ見たことのないお笑い」を目指して

――どんな経緯でコンビを結成しましたか?

浜田:NSCの同期なんですけど、お互い名前を知ってるくらいで喋ったことはありませんでした。

永見:それぞれNSC在学中は、別のコンビを組んでて。でも卒業前にどちらも解散して、相方を探すことになって。浜田のツッコミを見ていたら正論というか、まとめてる印象があったので相性が良いかもな、と思って。

浜田:僕は過去に大喜利が元で夢を諦めかけたので、大喜利のできる相方が良いなと思ってて。卒業してから永見がLINEをくれて、周りに聞いても「面白いし大喜利もできる」ってことだったので、しめしめと思いました。

永見:同期の8.6秒バズーカーのタナカシングルに「浜田くんってどんな感じかな?」ってLINEしたら連絡先だけ送られてきたので、これ連絡しろってことか、と思って。

――ネタづくり、ネタ選びで迷ったときに大事にしていることは?

永見:コンビで決めたルールは特にないんですが、たとえばネタづくりでは設定とか、ツッコミの方向性とか、これまで見たことのないものをやれるよう心がけています。こんなボケは見たことがある、だから違うボケを考えよう、って感じですかね。

浜田:おおまかなネタを永見がつくっているので、最終的に永見に決定してもらっています。意見が割れることは結構あって、話し合うことはありますね。

賞レースは「期限付きの切符」

――2人にとって、賞レースはどんな存在ですか?

浜田:M-1に憧れて芸人を始めて、M-1の決勝に進出することを目標に活動してきました。出場すれば、たくさんの人に「面白い」って思ってもらえるし、色々興味も持ってもらえる。賞レースは、そのための”切符”だと思います。ただ切符には使用期限があって、関西の賞レースであれば2~3年、M-1であれば4~5年でしょうか。そろそろ期限が切れてしまうので、もう1回、切符をとりに行きたいです。

永見:ボクらは結成して6年目くらいでABCお笑いグランプリで準優勝したんですが、そのとき周りの人の見る目が変わったんですよね。ボクは、それまでダメ出しをしてきた作家さんたちに「な?」っていう気持ちになりました(笑)。

浜田:「な?」って自己顕示欲が強いねん。「ね?」くらいにしてくれ。

永見:「な?」って書いた切符を渡された、と言いますか…。

浜田:なんで切符に寄せんねん。人の切符使うなや。

――今後は、どんな活動をしていきたいですか?

浜田:この先も楽しく仕事ができるよう、東京に来たばかりのこの1年、特に気張っていけたらと思っています。

永見:僕は「テレビに出ている人たちって楽しそう」からお笑いを始めているので、楽しそうなところに近づいているイメージはあります。でも、まだ何が楽しいのか探している最中です。コンビで、はまれるところを見つけられたら。楽しい方向に行けたら良いですね。

――お笑いの世界に憧れ、挫折しても夢を諦め切れなかった2人。新たに始まった”東京篇”に、心弾む様子もうかがえました。お忙しいところ、ありがとうございました。

取材:岩木華子
構成/撮影:近藤謙太郎

M-1グランプリ2025 スペシャルツアーファイナル
<兵庫>KOBE公演
【日時】6月3日(水)
(1)開場12:00 開演13:00/(2)開場17:00 開演18:00
【会場】GLION ARENA KOBE
(1)出演者:イチゴ、エバース、カナメストーン、カベポスター、黒帯、豪快キャプテン、生姜猫、センチネル、滝音、たくろう、例えば炎、ドーナツ・ピーナツ、ドンデコルテ、ネコニスズ、ひつじねいり、豆鉄砲 、ママタルト、ミキ、めぞん、ヨネダ2000
(2)出演者:エバース、おおぞらモード、カナメストーン、カベポスター、豪快キャプテン、今夜も星が綺麗、スタミナパン、ゼロカラン、大王、たくろう、例えば炎、TCクラクション、ドンデコルテ、ネコニスズ、フランツ、ママタルト、ミカボ、ミキ、めぞん、ヨネダ2000
<東京>ARIAKE公演 【日時】6月12日(金)
(1)開場13:00 開演14:00/(2)開場17:30 開演18:30
【会場】東京ガーデンシアター
(1)出演者:エバース、おおぞらモード、カナメストーン、カベポスター、黒帯、豪快キャプテン、生姜猫、真空ジェシカ、スタミナパン、大王、たくろう、例えば炎、TCクラクション、ドーナツ・ピーナツ、ドンデコルテ、豆鉄砲、ママタルト、ミキ、めぞん、ヨネダ2000
(2)出演者:イチゴ、エバース、カナメストーン、カベポスター、豪快キャプテン、今夜も星が綺麗、真空ジェシカ、センチネル、ゼロカラン、滝音、たくろう、例えば炎、ドンデコルテ、ひつじねいり、フランツ、ママタルト、ミカボ、ミキ、めぞん、ヨネダ2000