「親が東大卒で、年収1000万円以上」――そう聞くと、子どもも将来、高学歴・高年収になりやすいと考える人もいるかもしれない。

たしかに、塾や習いごと、中学受験、留学などにお金をかけやすい家庭環境は、子どもにとって有利に働く面がある。親自身が受験や就職で成功していれば、進学情報やキャリア選択の知識も家庭内に蓄積されやすい。

ただし、「親が高所得なら、子どもも親以上に稼げる」とまでは言い切れない。では、子どもが親の年収を超える確率はどれくらいなのか。研究データと、遺伝子に詳しい医師の見解をもとに見ていきたい。

高所得の親ほど、子どもは超えにくい

米国の経済学者ラジ・チェティらは、『Science』に掲載された研究で、「子どもが親より多く稼ぐ割合」を調べている。この研究によると、1940年生まれでは約9割の人が親より多く稼いでいた。

ところが、1980年代生まれでは、その割合が約5割まで低下している。かつては多くの人にとって「親を超えること」は珍しくなかったが、いまはそう簡単ではなくなっているのだ(※1)。

さらに同研究では、親の所得が高いほど、子どもが親を超える割合は下がる傾向も示されている。例えば、親が所得上位10%前後の場合、子どもが親の所得を超える割合は約31%。上位5%前後では約26%、上位1%前後では約14%まで下がる(※1)。

これは米国の所得データをもとにした研究であり、日本の「東大卒・年収1000万円家庭」を直接調べたものではない。だが、高所得の親を持つ子どもが、必ずしも親以上に稼げるわけではないという傾向は見えてくる。

親の所得や学歴は、子どもにとって有利に働く面がある。ただし、年収はそれだけで決まるものではなく、学歴、職業選択、景気、親の資産、地域、家庭環境、本人の選択など、さまざまな要素が重なって決まるのだ。

親の年収が高くても、将来は別問題

ここからは、親の年収や学歴は、子どもの将来年収にどこまで影響するのかを見ていきたい。日本の研究では、親の所得と子どもの所得には一定の関係があるとされている。

日本の世代間所得移動を研究するユエダ氏の研究では、親の所得が子どもの所得にどれくらい影響するかが分析されている。その結果、親の所得と子どもの所得には、ある程度のつながりがあることが示された(※2)。

また、ルフラン氏、オジマ氏、ヨシダ氏の研究でも、日本では親子の所得に一定の関係があるとされる。親の所得の高さが、子どもの所得にもある程度反映されるということだ(※3)。

ただし、ここで大切なのは、親の年収がそのまま子どもに引き継がれるわけではないという点である。親の所得が高い家庭の子どもは、将来も高所得になりやすい傾向があるが、親の年収がそのまま子どもの年収を決めるわけではない。

では、親の学歴や知能は、子どもにどこまで受け継がれるのか。遺伝子医学に詳しい岡博史医師はこう語る。

「知能には遺伝の影響があります。ただ、親が東大卒だから子どもも東大に行く、親が高年収だから子どもも同じように稼ぐ、というほど単純ではありません。子どもは親のコピーではありませんし、年収となると知能以外の要素もかなり大きくなります」(岡医師、以下同)

生涯所得と遺伝には一定の関連がある?

ただ、学歴や収入に遺伝がまったく関係しないわけではない。

2018年に『Nature Genetics』で発表されたジェームズ・リー氏らの研究では、約110万人分のデータをもとに、学歴と遺伝の関係が調べられた。その結果、学校に通った年数と関係しやすい遺伝子上の特徴が、1,271か所見つかっている。

ただし、ここで大切なのは、遺伝だけで学歴が決まるわけではないという点だ。こうした遺伝的な特徴を組み合わせても、教育年数の違いを説明できる範囲は11〜13%程度にとどまる(※4)。つまり、遺伝は学歴に影響する可能性があるが、それだけで進学先や学歴まで決まるわけではない。

所得についても、同じことがいえる。

所得格差や労働経済を研究するアリ・ヒーティネン氏らは、フィンランドの双子データをもとに、生涯所得と遺伝の関係を分析している。その研究では、生涯労働所得の差のうち、女性で約40%、男性で半分強が遺伝的要因と関連すると報告されている(※5)。

この数字だけを見ると、「やはり年収も遺伝で決まるのか」と感じる人もいるかもしれない。だが、この研究が示しているのは、所得に遺伝が一定程度関係する可能性であって、「親より稼げるかどうか」を直接示したものではない。

年収は、知能や能力の傾向だけで決まるものではない。どんな仕事を選ぶのか、どれくらい行動できるのか、リスクを取れるのか、どんな時代に働くのか。そうした要素も大きくかかわってくる。岡医師も、この点を強調する。

「遺伝子は、たしかに能力や傾向に関係します。ただ、年収は知能だけで決まりません。性格、行動力、職業選択、リスクを取れるかどうか、時代環境などが絡みます。だから、遺伝だけで“親の年収を超える確率”を出すのは難しいです」

親が高学歴で高年収であっても、子どもの将来年収を遺伝だけで読むことはできない。高学歴であることが、そのまま「大きく稼ぐ力」につながるとも限らないのだ。

正解を選ぶ力と、稼ぐ力は違う

岡医師は、高学歴の人が必ずしも大きく稼ぐとは限らない理由として、「勉強で成果を出す力」と「お金を稼ぐ力」は少し違うと説明する。

「勉強は、努力を重ねれば比較的リスクを取らずに成果を出せます。一方で、経営や商売で大きく稼ぐには、失敗するかもしれないリスクを引き受ける必要があります。そこは学力とは別の力だと思います」

例えば、東大、早稲田、慶應などの高学歴層は、大企業、官僚、専門職、研究職といった安定した進路に進みやすい。これはもちろん、十分に成功したキャリアである。

ただ、年収1000万円をさらに超えて大きく稼ぐには、安定した組織で働くだけではなく、起業、経営、転職、副業、専門性の掛け合わせなど、別の選択が必要になる場合もある。そこでは、正解を選ぶ力だけでなく、先が読めない状況でも動ける力が問われる。

「高学歴の人ほど、安定した道を選びやすい面はあると思います。リスクを取らなくても生活が成り立つなら、あえて不安定な選択をしない人も多いでしょう。勉強ができることと、商売がうまいことは、似ているようで少し違います」

当然ながら、勉強ができることは大きな強みだ。情報を整理し、努力を積み重ね、正解にたどり着く力は、仕事でも役に立つ。

ただし、稼ぎ方は一つではない。組織の中で専門性を高める人もいれば、自分で事業をつくる人、発信で仕事を広げる人、複数のスキルを組み合わせて収入を伸ばす人もいるわけだ。

親の成功体験が、子の年収を低くする?

とはいえ、親が東大卒、医師、大企業勤務、年収1000万円以上といった経歴を持つ場合、子どもにも似た進路を期待したくなることはあるだろう。

「最低でもMARCH以上には進んでほしい」「大企業に入れば安心」「医師や士業のような安定した職業についてほしい」「自分ができたのだから、子どももできるはず」――。そう考えるのは、親として自然な感情でもある。

自分が歩んできた道で一定の成果を得てきたからこそ、子どもにも同じような選択肢を勧めたくなる。受験、就職、資格取得、大企業勤務。親にとって成功体験がある道ほど、「このルートなら安心だ」と感じやすい。

ただ、その期待が強くなりすぎると、子どもが自分に合った進路や稼ぎ方を見つけにくくなることもある。

「親が自分の成功体験を子どもに重ねすぎると、子どもは別の道を選びにくくなります。勉強で伸びる子もいれば、人との関係性で力を発揮する子、商売や発信に向いている子もいます。親と同じルートに乗せることだけが、その子の可能性を伸ばす方法ではありません」

子どもに影響するのは、親の学歴や年収だけではない。親がどのように働いているか、仕事やお金について家庭内でどんな話をしているかも、子どもの将来に関わる可能性がある。

事実、ハーバード・ビジネス・スクールの発表では、働く母親のもとで育った米国の娘の平均年収は3万5,474ドル、専業主婦家庭の娘は2万8,894ドルで、働く母親の娘の方が23%高かった。また、管理職・監督職に就く割合も、働く母親の娘は33%超、専業主婦家庭の娘は約25%だった。(※6)

もちろん、これは「母親が働けば、子どもの年収が必ず上がる」という意味ではない。親が働く姿や、家庭の中で語られる仕事観が、子どもの働き方に影響する可能性を示している。

子どもの“稼ぐ力”を伸ばすには、親が歩んできた道を伝えるだけでなく、その子が自分に合った道を選べる余白を残すことも必要なのかもしれない。

※1 ラジ・チェティら「The Fading American Dream」『Science』2017年
※2 ユエダ・アツコ「Intergenerational Mobility of Earnings and Income in Japan」『The B.E. Journal of Economic Analysis & Policy』2009年
※3 アルノー・ルフラン、小島史明、吉田崇「Intergenerational Earnings Mobility in Japan Among Sons and Daughters」2014年
※4 ジェームズ・リーら「Gene discovery and polygenic prediction from a genome-wide association study of educational attainment」『Nature Genetics』2018年
※5 アリ・ヒーティネンら「Heritability of lifetime earnings」『The Journal of Economic Inequality』2019年
※6 ハーバード・ビジネス・スクール「Having a Working Mother Is Good For You」2015年