───「入院したらネットは我慢……?」

コロナ禍によってますますDX(デジタルトランスフォーメーション)が進み、いまやライフラインともいえるWi-Fi(無線LAN)ですが、実は日本の多くの病院で、入院患者が利用できる「病室Wi-Fi」の整備が進んでいません。2021年7月8日に開催されたシスコシステムズ合同会社主催の医療機関向けオンラインイベント「Cisco Healthcare Day 2021」では、自らの入院経験をもとに病室Wi-Fiの普及活動を進めるフリーアナウンサー・笠井信輔さんに、日本の現状と導入に向けた課題を語ってもらいました。

  • フリーアナウンサーの笠井信輔さん

    フリーアナウンサーの笠井信輔さん

DXに取り残される入院患者の実情

入院当時の笠井さん

入院当時の笠井さん

まずお伝えしたいのは、日本の多くの病室で入院患者が利用できるWi-Fiは用意されていないという現実です。私自身、そのことで大変苦しい経験をしました。

私は新型コロナウイルス感染症が日本で拡大する直前に悪性リンパ腫で入院し、4カ月半にわたる抗がん剤治療を受けていました。入院当初の1カ月こそ仕事仲間や後輩たちがお見舞いに駆けつけ、励まされ、力づけられていました。ところがご存じのようにそのあと、コロナの影響でお見舞いがパッタリ止まってしまったのです。誰一人、やってこない。このときの孤独は、本当につらかったですね。私はそれから3カ月半で退院できましたが、全国ではいまも多くの方々がこの状況に苦しみ続けています。

私の孤独を救ってくれたのは、インターネットでした。自分のSNSで応援コメントを読んだり、ニュースや動画を見たり、原稿を書く仕事もしました。また、友人がオンライン見舞い会を開催してくれて、元気づけられたこともありました。病室ではWi-Fiが使えなかったので、私は自分のスマートフォンで月1万円の追加通信料金を払い、インターネットに接続していました。このときは病室でWi-Fiが使えないことについて、医師や看護師に文句を言うことはありませんでした。なぜなら、病院とはそういうところだと思い込んでいたからです。

私のようながん入院患者だけでなく、小児疾患の子どもたち、筋ジストロフィーやALS(筋萎縮性側索硬化症)で長期入院を余儀なくされている方、また障がいをお持ちの方などの多くの方が、病室に誰もお見舞いに来られないことやWi-Fiがないことで孤独を感じています。退院後に自分の経験を生かせないかと考え、私と同じように病室にWi-Fiがない状況をなんとか変えたいと志す8人が集まり、2021年1月に「#病室WiFi協議会」を設立しました。

笠井信輔アナ取材風景

協議会では仲間たちがそれぞれの分野・立場で知見と発信力、行動力、ネットワークを活用し、病室Wi-Fi設置に向けた活動を始めました。結論から先に話しますと、国会議員への陳情やメディアを通じた発信が早くも実を結び、設立から3カ月後の4月には、厚生労働省のコロナ感染拡大防止のための医療機関向け補助金に病室Wi-Fi設置費用が加えられました。これは国が患者の孤独感を深刻に捉え、病室Wi-Fiがない状況を早く解消しなければと考えた証です。

補助金の適用は協議会としても本当に喜ばしいことでしたが、現状を見ればまだ端緒が開かれたばかり。陳情の際の国会議員からの「病室にWi-Fiがないとは知らなかった」といった反応からも、実情があまりに周知されていないことを再確認しました。また患者側としても、病室Wi-Fiの有無を基準に入院する病院を選ぶことはなく、入院して初めて気づくのが現状です。こうした背景から、これから病室Wi-Fiを広げていく活動により力を入れていかなければと、思いを新たにしているところです。

日本の病室Wi-Fiの現状とは?

実は日本の病室Wi-Fiの状況は惨憺たるものといえます。電波環境協議会などが実施した調査(2021年5月発表)を見ると、全国の病院の約9割がWi-Fiを導入しているのにもかかわらず、その中で患者や外部訪問者が利用できるWi-Fiを整備しているのはわずか30.8%にとどまっています。

  • 病院Wi-Fiの導入状況のグラフ
  • 病院Wi-Fiの使用用途のグラフ

    電波環境協議会資料より

そもそも、病室へのWi-Fi整備はなぜこれほどまでに進んでいないのでしょうか。前提として「病室にWi-Fiを整備しても病院の収益は上がらない」といった古い常識にとらわれている病院経営者や幹部が多いことが考えられます。さらに#病室WiFi協議会でヒアリングを進めた結果、2つの要因が浮き彫りになりました。1つは安全面、そしてもう1つは金銭面です。

前者については、病室Wi-Fiを整備することで電子カルテのシステムに悪い影響が及ぶのではと考える経営層がとても多いのですが、周波数帯を変えたり、回線を物理的に分けたりすることで、干渉・混線によるセキュリティ上のリスクを排除できます。国立がん研究センターでは全病室にWi-Fiが完備されています。また、前述のとおり、今回補助金適用の対象となりました。これは国が病室Wi-Fiの安全性にお墨付きを与えたことを意味していると言ってもいいでしょう。

  • 病院Wi-Fiシステム概念図
  • 病院Wi-Fiシステム概念図

    提供:笠井信輔

一方のコスト面についても、設備によっては現在使っているアクセスポイント(AP)の設定を変えるだけでいいケースもあり、その場合の導入費用はほぼゼロで済みます。機器の追加やネットワーク改修など大きな予算がかかるケースなら、それこそ補助金を利用するといいでしょう。とはいうもののWi-Fi整備の補助金は、2021年9月末までに工事を終えなければならない制度になっているため、これから動き出すのでは実質的に厳しい状況を迎えています。そのため協議会では、まずは国の補助金の期間延長、そしてコロナ対策ではなく入院患者の孤立解消やメンタルケアとしての本予算化に向けて活動を続けていきます。

このほか、病院側は入院患者が動画閲覧など娯楽目的で利用すると考えられているフシがあります。たしかに以前はそうした傾向もあったでしょうが、これもコロナ禍を経て大きく変わっています。実際に調査した結果、インターネット利用の目的の1位は「家族や親しい人たちとのコミュニケーション」。いまはとにかく家族や友達が病院にこられないので、入院患者の孤独はさらに高まっています。病院にはぜひその点を認識してほしいですね。

がん入院患者と家族約600人を対象に行った調査では、病室でWi-Fiを使えなかった人の約4割が、自分のスマホやモバイルWi-Fiを利用することなくただただ「我慢した」と答えています。治療費・入院費で多額のお金がかかっている状況で、お金をかけてインターネットを使いたいとは言い出せず、コロナ禍での孤独を黙って耐え忍んでいる人が多い実情が見えてきます。小児病棟にいたっては、親が思うように来院できないうえに、子ども同士のコミュニケーションも制限されている環境は、子どもたちにとって非常に耐え難いでしょう。一日も早いWi-Fi整備が必要です。そんな中、大手Wi-Fi機器メーカーであるシスコシステムズ様と共に、医療機関の皆さまへこの現状と我々の想いをお届けできる機会をいただけたことは、非常に有意義だと考えています。

Wi-Fi設置は病院経営にとってもプラスに

コロナ禍をきっかけに、新しい時代は確実にやってきています。私自身、病室にWi-Fiがなくても文句は言えないと当時は考えていましたが、いまは患者も堂々とWi-Fi設置を要求していいと考えています。

たとえば、一昔前はホテルにWi-Fiを整備したところで収益が上がらないといわれていましたが、インバウンド需要の急増を背景にその常識が変わり、いまとなってはWi-Fi設備の有無がホテルを選ぶ際の一つの基準となっています。病室Wi-Fiも同じようにWi-Fiが整備されていることを基準に病院を選ぶ傾向が強まるのではないでしょうか。病室Wi-Fiを導入すれば病院の経営は確実によくなっていくということを経営層が認識し、トップダウンで進めていくのが最も効果的でしょう。

たとえば、あなたがスマホを家に忘れて出かけたら、その日一日どんな気持ちになりますか?
きっと不安な気持ちを抱えたまま一日を過ごすことになるでしょう。入院患者はその不安な気持ちを抱えたまま数カ月や半年、あるいはもっと長い時間、我慢しているのです。病室にWi-Fiがあれば、入院患者のメンタル面にも好ましい影響を与えるはずです。病院には患者の幸せを第一に考えてもらうことを心から望みますし、Wi-Fiに関わる事業者のみなさんにも協力をいただいて、「病室にWi-Fiを」の機運をさらに高めていくことが大切だと思っています。

  • 笠井信輔アナの写真

愛知県春日井市の春日井市民病院では、患者サービス向上と災害時への備えを目的に、病院情報システムから独立したゲスト用Wi-Fiを構築しました。その際利用したのがCisco Merakiの約100台の無線APと約10台のスイッチです。Wi-Fi整備後は入院患者の病室と自宅等をつなぐオンライン面会に加えて、コロナ禍でオンラインになったスタッフ向けの勉強会などにも役立てています。クラウド管理で初期コストを削減できる点、APを接続するだけでスピーディーに展開でき拡張も容易に行える点、ダッシュボード画面がわかりやすく機能も充実している点などが導入の決め手になったそうです。

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[PR]提供:シスコシステムズ