新型コロナウイルス感染症の拡大をきっかけに、ニューノーマル(新しい生活様式)なビジネスの在り方が求められるようになり、あらゆる領域でデジタル変革が一気に加速した。

これまでDXを牽引してきた通信業界にも変革の波が押し寄せており、これまでの通信サービスだけでなく、多様化する顧客のニーズに対応した新たなビジネスモデルを構築するための取り組みが進められている。

こうした状況のなか、2021年3月2日に通信業界を対象としたWebセミナー「5G/IoT時代、「通信」の提供だけでは生き残れない『今求められる通信業界の新たなサービス提供のあり方とは?』」が開催された。

本セミナーの基調講演では、「DX推進の本質と『2025年の崖』問題に向けた政策展開」と題し、経済産業省の和泉 憲明氏が登壇。政府の推進するDX推進政策について、国内外の動向と合わせて解説した。

企業のDX推進を加速させるためには、デジタル市場の基盤整備が必要となる

経済産業省は2018年に「DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」の克服とDXの本格的な展開~」を公表し、デジタルガバナンスコードやDX推進指標の策定など、国内企業のDXを推進するための施策を展開してきた。本セミナーの基調講演に登壇した経済産業省 商務情報政策局 情報経済課 アーキテクチャ戦略企画室長の和泉 憲明氏は、DX推進政策はSociety 5.0の実現をデジタル市場の基盤整備として政策を展開する「第二幕」に移行していると語る。

  • 経済産業省
    商務情報政策局情報経済課
    アーキテクチャ戦略企画室長
    和泉 憲明氏

  • 「DXレポートを公表し、企業の経営環境の外側と企業内面の両方にアプローチする形でDX推進政策を進めてきましたが、DX銘柄に応募するなどしてDXへ本格的に取り組んでいる企業はトップ5%程度。ごく一部にしか政策が届いていないのが現状です。銘柄認定を目指す企業の良い取り組みが共有されず、一部企業とその他大勢の企業の格差は拡大。多くの企業はDXにまったく取り組んでいないか、取り組み始めたばかりの状況です。そこで、Society 5.0という目指すべきゴールを定め、DXに誘導するような政策として打てる施策はどんどん展開していこうと『DXレポート2(中間取りまとめ)』として中間報告書を公表しました」

    DXやデジタルの定義が観念的で多岐に渡り、具体的なイメージを共有しづらいことがDX推進の妨げになっていると和泉氏。象徴的なデジタル技術として「AI」を挙げ、AIのキラーアプリである「自動運転」を活用した「パリの地下鉄」をDX推進の具体例として紹介する。

    「パリの地下鉄で自動運転が開始されたのは1998年、今から20年以上も前になります。現在では運転席のスペースはほとんどなく、先頭車両もほぼ客席スペースになっています。テクノロジー在りきではなく、観光都市の移動インフラ(モビリティ)として整備・運用が続けられており、たとえば大規模なイベントが開催され、終了時間近くに最寄りの駅が混雑した場合でも、オペレーター権限で臨時便を増発して即時に混雑解消が図れます。運転手の手配が不要な自動運転だからこそ実現できた、DX推進の具体例といえます」

    また和泉氏は「あらゆる企業がデジタルエンタープライズに変革する」ことを意図してDXレポートを作成したと語り、イメージをしやすい先行事例として大病院におけるDX推進事例をあげた。

    「ナース端末のシステムをスマホ中心に作り直す際に、紙カルテの業務を電子化するのではなく、電子カルテとスマホ端末に最適な業務を設計・実装したことで、ナースステーションに戻るという業務が減少。その結果、病院のサービスレベルが向上しただけでなく、超過勤務時間が減ってナースの離職率も低下するなど、働き方改革も達成しています。その後は医師にもスマホを配付してナースとの連携も改革し、新たな医療体制を実現しています」

    この事例では、紙カルテ業務の電子化ではなく、個別業務のデジタル化を進め、医療サービスの高度化を実現している。この組織横断・全体の変革こそがデジタルトランスメーションの本質だという。「スマホを導入して使い勝手どうなるのかではなく、病院経営・医療そのものがどう変わっていくのかが、DXの本質であることを理解していただきたい」と和泉氏は力を込める。

    • そして、コロナ禍を受けた急激な環境変化に企業が対応しきれていない状況を受け、経済産業省は2020年12月に「DXレポート2(中間取りまとめ)」を公表。企業が競争力の優位性を確立するには、変化する市場や社会の課題を捉え、変化し続け、即応できる能力を身に付けることが重要と位置付け、ITシステムのみならず、企業文化(固定観念)の変革という観点からDX推進政策の第二幕を開始したという。

      デジタルの入口を正門として社会インフラの再構成を図る

      基調講演中盤では、デジタル社会を見据えたDX推進政策第二幕のポイントとして「アーキテクチャ(デジタル時代の社会インフラ設計)」について解説された。

      「これまでの行政や産業は“モノ中心の産業構造”、すなわちフィジカル中心の縦割りの世界でしたが、他方でデジタル空間におけるユーザーの行動が取引されているケースが野放しにされているなど、サイバー空間のインフラは未整備状態にあります。このため、デジタルの入口を正門として社会のインフラを再構成する必要が出てきました」

      和泉氏は、都市内の道路網や都市間の高速道、鉄道輸送網などの交通インフラの善し悪しで交通サービスや輸送機器産業の国際競争力が左右されることを例に、アーキテクチャ視点に基づいたインフラ整備の重要性を解説。これからの政策設計として、デジタル領域を法律・規制や市場原理だけでなく、アーキテクチャの観点で整備していくことが論点になると語る。

      「人々の行動に対して技術的なインフラだけでなく、規制やインセンティブも含めた設計が必要です。通信インフラに関しても、仮想化・クラウド化による産業構造のディスラプションが起こる可能性が高く、こうしたデジタル社会のインフラが重要になってきます」

      こういった状況のなか、政府はデジタル社会基盤の整備に向けた「デジタルアーキテクチャ・デザインセンター」を設置し、官民連携・政策展開・グローバルなアライアンスを進めているという。業種・業態を超えて意見を交換する場として機能させ、デジタル庁からの依頼にも応じていく予定という。多くの企業に参画していただきたいとメッセージを送った。

      • 経営トップのビジョンを反映したアーキテクチャの共有がDX実現の鍵を握る

        基調講演の終盤は、アーキテクチャ視点に基づいたDX推進の本質について、データとデジタル技術の重要性とアジャイルの観点から語られた。和泉氏は、コロナ禍で表出したDXの本質を「変化に即応できる企業の要件」と位置付ける。

        「これまでのITはユーザー企業の業務を効率化するためのものでした。日本企業の多くは業務の標準化と効率化を混同していますが、業務標準化の本質は“経営判断の高度化”です。このため、経営層がIT(データ分析)を使いこなすという観点で捉えることが、DXを実現するうえで非常に重要となります」

        データ分析と経営改善が相互に連動するのは、アジャイル開発と同じスキームであると話す。迅速にリリースして市場からフィードバックを集めて即応することで、ビジネスの競争力を高められると語る。さらに和泉氏は、データとデジタル技術の活用による産業構造のディスラプションは、企業内の文化・慣習を刷新させてしまう可能性があると話す。

        • 「たとえばゲーム業界では、これまでクリエイターやディレクターが中心の組織構造が、オンラインゲームの普及によってデータによる実績評価が意思決定の中心へと変化しました。データとデジタル技術が業界のビジネス構造を変革した一例といえます」

          和泉氏は「ニューノーマル時代のDXでは、経営トップのビジョンを反映したアーキテクチャの共有が鍵を握ります」と語り、ビジネス構造を変革するための政策を打ち出していきたいとして講演を締めくくる。通信業界の取り組むべき方向性が示された基調講演として、多くの企業に“気づき”を与える内容となっていた。

          ●同セミナーでの「ServiceNow Japan合同会社」の講演レポート
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          ●同セミナーでの「KDDIエボルバ」の講演レポート                   >>詳細はこちら

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