昨年10月に発売された、Honda Racingとカシオのモータースポーツブランド「EDIFICE」のコラボモデル「Honda Racing Limited Edition」。両社ともに日本企業ながら、世界を舞台に高度な技術を追い求める精神をすることから実現したこのプロジェクトは、時計業界のみならず、モータースポーツ界でも大きな話題となった。その第一弾「EQS-800HR」に続き、その思想と協調をさらに一歩も二歩も進めたモデルが登場する。今回ベースとして選ばれたのは、ケース厚わずか8.9mmを実現した最新作「EQB-1000」だ。
即完売の超人気シリーズに最新作2本が登場!
昨年発売された「EQS-800HR」は、HondaのF1参戦50周年を記念するアイテムでもあった。ベースモデルを生かしつつ、カーボン素材を使用した文字板や白を基調としながら赤のラインを多用し、1968年のHonda F1マシン「RA301」をイメージしたデザインに仕上げられていた。これが大変な人気となり、10月に鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリのHondaブースや、その後にはHondaの通販サイトでも限定販売されたが、即完売。通販サイトでは用意した50本ほどが、わずか45秒で売り切れたという伝説的モデルとなった。
そのHonda F1とのコラボモデルが「EQB-1000」をベースに、この秋登場予定。発売されるのは2モデルで、深紅のテキスタイルバンドが印象的な「EQB-1000HRS」と、ケースとメタルバンドにブラックIPを施した「EQB-1000HR」だ。
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今回のHonda Racing Limited EditionのベースモデルとなったEQB-1000
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6時位置のインダイヤルは曜日表示のほか、ラストラップインジケーターとしても機能する
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ケース厚はわずか8.9mm。風防はサファイアガラスを採用
しかも、今年のモデルは外見の変更だけでなく、Honda F1のテクノロジーを搭載したというではないか。F1のテクノロジーを搭載? 時計に? そこで今回はなんと、青山の本田技研工業本社へ。Honda F1のマネージング・ディレクター(以下「MD」)の山本雅史氏に詳しくお話を伺うことができた。
F1パワーユニットのキーデバイスと同じ素材を時計に!?
――Honda F1とEDIFICEのコラボのきっかけについて教えてください。
山本氏:「2017年、Hondaはマクラーレンを離れ、次のシーズン(2018年)からはスクーデリア・トロ・ロッソ(※)とチームを組むことが決まっていました。そのトロ・ロッソの代表であるフランツ・トスト氏から、Hondaもカシオさんと何か面白いことをやってみたらどうだ、と話があったんです。当時、カシオさんはすでにトロ・ロッソとのコラボモデルを手掛けていて、実績もあった。タイム計測が重要なモータースポーツと時計は昔から相性が良いですし、我々も一度会ってお話したいと思っていました」
※レッドブルがチームオーナーを務めるF1レーシングチーム。カシオも2016年からスポンサーとなっている。
実はカシオとしても、Hondaがスクーデリア・トロ・ロッソのマシンにパワーユニットを供給すると聞き、アプローチの方法を探っていたらしい。そこに、フランツ氏がカシオサイドにも声をかけ、お互いを繋いだというわけだ。
山本氏:「フランツ氏から連絡があってすぐ、カシオさんから連絡をいただきました。で、あぁ、僕も会いたいと思っていたんです、と。初顔合わせは2017年の10月、鈴鹿グランプリですね。気持ちが良いくらいテンポ良く話が進み、ぜひコラボモデルを作りましょう、という話になりました」
それが冒頭でも触れたEQS-800HRだ。ところで、Hondaとのコラボが決定した直後から、カシオの開発スタッフはHondaモータースポーツの技術開発拠点である「HRD Sakura」(栃木県さくら市)を何度か訪問している。ここでF1パワーユニットの製造を見学したり、お互いの開発陣がざっくばらんなミーティングを行ったりしながら、今回のEQB-1000HRS、EQB-1000HRへと繋がるヒントを見出していったという。
山本氏:「今回は、ベースモデルにはないオリジナル要素を増やしたいという要望がカシオさんからあった。何がいいだろうと検討を重ねた結果、行き着いたのが、F1のエンジンのバルブで使用されている素材『チタンアルミナイド』です。チタンとアルミの合金で、とにかく硬くて頑丈。バルブで使用する際は、これに耐摩耗対策として、DLC(Diamond Like Carbon)という表面硬化処理を施しています。何しろ1分間に1万5,000回以上という超高速で動作するパーツですから、万全の強度と硬度が必要。バルブが折れたりしたら、それだけで車が走れなくなってしまうという、非常に重要なパーツなんです。
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2018年のレッドブル トロ・ロッソ Hondaのマシン「トロ・ロッソ STR13」に搭載されたパワーユニット「Honda RA618H」
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実際のバルブ。チタンアルミナイド製で表面をDLC処理、耐摩耗性を向上させている
このチタンアルミナイドに実際のバルブと同様のDLC処理をして、時計のベゼルに使おうということになりました。ちなみに、使用されているチタンアルミナイドはHRD Sakuraがインゴットでお譲りしたもの。つまり、実際のF1のバルブに使われている素材そのものなんです」
カシオ広報によれば、チタンアルミナイドは、G-SHOCKの一部機種などで使用されている「64チタン」より、さらに硬い。そのため加工が困難な切削工程においては、HRDから紹介頂いた工場にてベゼルの切削加工をおこなったという。まさに、HondaのF1テクノロジーと、カシオのタフネスへの情熱が結実した、両社の「魂」ともいえるパーツなのだ。
その時計は「レーシー」か?
――山本MDから、第2弾のコラボでこんな時計を作ってほしい、というリクエストはあったのですか?
山本氏:「僕は個人的に赤い色が好きなんです。それに、何といってもHondaのモータースポーツのイメージカラーが赤なんですからね。そこで、やはり赤を基調に作ってほしいとお願いしました。そうしたら、真っ赤なバンドでデザインが上がってきた。いや、もういうことなしですよ(笑)。
ダイヤルも赤のグラデーションで、レーシーですよね。これ、カーボン調の地板に赤のグラデーションを被せてるんですよね。だから、カーボンの目の凸凹は残っている。秒針やインダイヤルの針も赤の差し色で、これも印象的。タコメーターみたいでいいじゃない。もっとも、現在のF1はステアリングのデジタルモニターで、こういうメーターじゃないんだけど。でも、レーシーなイメージだよね」
余談だが、山本氏のこの「レーシー」という言葉は、カシオ社内でもひとつのキーワードとして機能していたという。当初、開発陣は「レーシングコンセプト」という言葉を使っていたが、デザイン案の提示時に山本氏の「このデザイン、レーシーでいいね」とのコメントを聞いて以来、「これはレーシーだろうか」「もっとレーシーに」などと使われるようになった。すると、いつの間にか開発陣の意識とイメージがみるみる統一されていったという。イメージの共有に言葉がいかに大きな役割を果たすかを語るエピソードである。
EQB-1000HRSのバンドは、エンジニアリングプラスチックの一種「ケブラー」を織り込んで耐久性を強化した「ケブラー(R)繊維インサートバンド」だ。
――バンドのHondaレーシングロゴも相まって、レーシングスーツを想い起こさせる雰囲気ですね。
山本氏:「そうですね。実際のレーシングスーツはノーメックスという燃えない繊維を使っていて、厳密には違います。とはいえ、開発段階ではノーメックスを使う案もあったんですよ。ただ、ノーメックスは耐久性より不燃性を重視した繊維なので、時計のバンド用途としては、ケブラーインサートの方が向いていると思います」
――今回のモデルは、Bluetoothによるモバイルリンク機能付きですね。
山本氏:「それは私からもお願いしました。カシオさんも、どうやら同じように考えていたみたいですが。
今、EQB-800を使っているんですが、このモバイルリンク機能が本当に便利なんですよ。
僕はF1の仕事で世界中の色々な国に行くことが多いんですが、飛行機が着陸してスマホの使用許可が出ると同時にアプリで現地時間に切り替えるんです。キャビンアテンダントに、ちょっとこれ見て、って(笑)。すると、これは何ですか、ってみんな聞いてくる。いや、これはね、時計がBluetoothでスマホと繋がっていて、自動的に現地時間に変わるんだよ、って説明すると、えッ! って驚くんですよ。もう007のよう(笑)。針がぐるぐるっと回って、現地時刻でピタッと止まる。
それまで、僕は時計といえば自動巻き派で、いろんな国に行くたびに自分でりゅうずをぐるぐる回して、あっ、針がちょっと行き過ぎちゃった、って戻して……ってやっていたのが、何だかとてもかっこ悪く思えて来てしまった。
今はもう、移動するときはいつもこれ。しかも、メインダイヤルとインダイヤルで2カ国の時間が同時にわかるし、これがボタンひとつで入れ変えられる。だから、メインを日本時間に、インダイヤルを今ウチのレーシングチームがいるミルトンキーンズ(タイムゾーンはロンドン時間)にセットしておけば、彼らとの時差が常にわかるんですよ。これがまたすごく便利。サマータイムも気にしなくていいし、何しろ正確。もう自動巻きには戻れません」
Hondaのレーシングスピリッツをあなたの腕に
――今、こうして形になったEQB-1000HRを見て、感想はいかがですか?
山本氏:「薄いなぁ! ここまで薄いとさ、ケースも小さく見えるよね。これなら女性も着けられるね。いいよこれ、カッコイイなぁ。
ケースとバンドがブラックIPのメタルバンドのモデルは、デザイン段階ではHondaレーシングのロゴが赤だったのを白にしてもらったんだよね。文字板の色とかも少し意見を言わせてもらって。でも、それだけ。ほとんど修正なしでOKでした。
このメタルバンドのモデルもすごくいいですよ。今回のチョイスはいいなぁ。前回も良かったけど、今回は特にデザインがいい、これを見ちゃうと、ベースモデルが地味に見えるね。そのくらいオリジナル要素が多いんだね」
――ぜひ、実際に着けてみてください。
山本氏:「あぁ、これはフィット感がメチャクチャいいですね。ケースのサイズも薄さもいいし、何より、ラグの部分が手首にピッタリと沿うんだね。これ、写真で見るより、実際に腕に付けた方が絶対いいよ。これは欲しくなるね」
EQB-1000HRのカラーリングは、山本氏が着ているHonda F1のユニフォームにベストマッチ。取材に同席した誰も(Hondaスタッフも含めて)が「すごく合いますね」「同じ人がデザインしたみたい」と驚嘆した。それは、カシオのデザイナーがHondaのレーシングスピリッツを深く理解して仕事をした証拠といえるだろう。
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モータースポーツとともに走り続けてきたEDIFICE。Honda F1とコラボすることで、よりレーシーに、より本物志向に進化したといえるだろう。そして、EQB-1000HRはHondaやトロ・ロッソの熱烈なファンにとって何物にも代えがたい「所有する喜び」を与えてくれるに違いない。
なお現在のところ、販売は昨年同様、10月の鈴鹿グランプリ、Hondaブースで行われる予定だ。通販も検討されてはいるが、ケブラー(R)繊維インサートバンドモデルの限定数はわずか900個(ブラックIPのメタルバンドモデルは販売数未定)。鈴鹿で完売してしまう可能性もあるのでご注意を。