高速道路インフラの「安全・安心」を確保し続ける――この命題を達するために、東日本高速道路株式会社 (以下、NEXCO東日本) では今、スマートメンテナンスハイウェイ (SMH) と呼ばれる試みが進められています。

高速道路のメンテナンスに関わるあらゆる情報を統合データベースに集積する。そしてこの基盤にある情報を、メンテナンスの現場で使用されるエッジ端末を介して業務利用する。SMH がビジョンに掲げるのは、ICT やロボティクス技術を駆使し、データを駆動させながら、“誰もが適切にインフラ管理作業を実施できる" 世界の実現です。

SMH は、インフラ管理に必要な様々なデータが集約された統合データベース "ワン プラットフォーム"、これをあらゆるサービスで利用する "マルチ サービス" という方針の下で構築が進められていています。統合データの可視化・分析にはマイクロソフトの Power BI が、またエッジ端末の活用においては Microsoft HoloLens (以下、HoloLens) による MR (Mixed Reality : 複合現実) 技術が活用され、ビジョンの実現に向けた歩みを加速させています。

迫りくるインフラの高齢化と労働力不足の時代にあっても道路インフラの「安全・安心」を守り続ける。そのために――

日本に初めて高速道路が開通したのは、昭和 41 年のことです。時代はそれから昭和から平成へ、平成から令和へと移り変わり、今や高速道路は 11,520km (令和元年現在) にまでその距離を広げています。

高速道路は、社会にとって欠かすことのできない道路インフラです。しかし、高速道路網の広がりや 50 年以上の歴史から生じる経年劣化、深刻な労働力不足を背景に、従来プロセスの業務では、道路インフラの安全・安心を保つことが困難になると考えられています。

東日本高速道路株式会社 管理事業本部 SMH推進チームリーダーの上田 功 氏は「道路の老朽化により業務量が肥大化する一方で、労働力の確保は困難になっていきます。我々高速道路会社は、今、業務のプロセスを抜本的に見直し将来に備えるべき時期を迎えています。」と語り、NEXCO東日本が主導となり進めている SMH に言及しながら、こう説明します。

「NEXCO東日本が管理する高速道路だけを見ても、その距離はおよそ 3,900km もあります。この内の約 4 割が供用後 30 年を経過しており、今から 20 年で 8 割にまで達する見通しです。生産性をただ高めるだけでは、労働力と業務量との間にあるギャップは埋まらないでしょう。道路インフラの『安全・安心』を確保し続ける、そのための具体策を私たちは生み出す必要があるのです。この考えの下、NEXCO東日本では 2013 年に SMH 構想を公表して以降、ICT や機械化を駆使した業務プロセスの抜本的な見直しを進めています」(上田 氏)。

現在、トンネルや橋などは 5 年 に 1 回の頻度で点検することが義務付けられています。NEXCO東日本が SMH で進めるのは、ここで集められる情報を含む、あらゆるデータを集約した統合データ基盤「RIMS (Road Maintenance Information Management System : 道路保全情報システム)」の再構築と、この RIMS 上の情報を活用した業務プロセスの変革です。点検・調査、分析・評価、補修計画の策定、補修・修繕という全てのメンテナンス フェーズで情報活用により効率化、自動化を進める。機械化や自動化により、これまで技術者が行っていた作業のうちシステムに任せられるものはシステムに任せ、技術者がより技術的な業務に従事できるよう、メンテナンス業務のやり方を抜本から変えようとしているのです。

  • SMHのロゴ
  • NEXCO東日本が進めている SMH の中核をなす次世代RIMS のイメージ画。高速道路に関わる情報を集約し、共通 API を介してあらゆるサービスでインフラ情報を活用する。これにより、業務と業務の間にある溝を埋めながらメンテナンス プロセスを変革していくことが目指されている

    NEXCO東日本が進めている SMH の中核をなす次世代RIMS のイメージ画。高速道路に関わる情報を集約し、共通 API を介してあらゆるサービスでインフラ情報を活用する。これにより、業務と業務の間にある溝を埋めながらメンテナンス プロセスを変革していくことが目指されている

  • 高速道路のメンテナンスは、目視による点検・検査だけで終わるものではない。その後も複雑なプロセスを通じて補修が必要かどうかの判断や実補修作業が進められる。各フェーズ、各作業の情報を集約し連携することは、同作業を効率化・自動化させていく上で有用となるデータを蓄積することにも繋がる

    高速道路のメンテナンスは、目視による点検・検査だけで終わるものではない。その後も複雑なプロセスを通じて補修が必要かどうかの判断や実補修作業が進められる。各フェーズ、各作業の情報を集約し連携することは、同作業を効率化・自動化させていく上で有用となるデータを蓄積することにも繋がる

SMH は "発展し続けるメンテナンス基盤"

NEXCO東日本グループでは、SMH の現場適用を本格化する時期を 2020 年に定めています。ただ、既に幾つかの仕組みについては 、実証実験や POC を経て実用のフェーズに向けた試行へと移されているといいます。

「RIMS 内の情報を活用した新たなサービスも、業務現場で稼働し始めています。」こう語るのは、高速道路の点検や診断を行う NEXCO東日本グループのエンジニアリング会社、株式会社ネクスコ東日本エンジニアリング 技術本部 技術開発推進部長 SMHプロジェクトリーダーの久保 竜志 氏です。

常に新しいインフラ情報を蓄積し活用する SMH には "完成" が無いと、久保 氏は言及します。同氏は続けて、常に発展させていく必要があるためにこの取り組みではある方針を掲げていると言い、東日本高速道路株式会社 管理事業本部 SMH推進チーム サブリーダーの板倉 義尚 氏とともにこう説明します。

「どんな用途でも利用できる形で情報を集積していれば、後から特定の業務でデータを活用したいとなった場合であっても、RIMS へアクセスするサービスを増やすだけで対応ができます。既に稼働を始めているものの中に Power BI を利用した点検結果の分析・評価用 BI ツールがありますが、実際にこの中では、点検だけでなく変状の分析や応急対策の実施の有無、補修計画など維持管理フェーズで生まれる情報も取り扱っています」(久保 氏)。

「データ基盤を統合し、共通 API を通じてサービスを展開する。ニーズに応じたサービス展開を可能とするこの情報基盤は、Power BI の活用において、新たな気づきも与えてくれました。これまで、技術者がその都度データを加工し、可視化・分析をエクセルやパワーポイントで作成していましたが、BI ツールによって、その作業は不要となり、ユーザーの利便性が劇的に向上しました。さらに、BI ツールで可視化できるようになったことは、"データは有用だ" というユーザー体験に繋がります。この体験は、ユーザーの中に "有用なデータにし続けよう" "情報をきれいに入力しよう" という意識を生み出します。EUC (End User Computing) とも呼ぶべきこうした動きが、BI ツールのリリース後、実際に生まれ始めています」(板倉 氏)。

  • 東日本高速道路株式会社 管理事業本部 上田 功氏、板倉義尚氏、株式会社ネクスコ東日本 エンジニアリング 久保 竜志氏
  • Power BI で構築した BI ツール。現在進められている補修作業や過去の点検履歴など、あらゆるフェーズ、あらゆる時系列からメンテナンス情報を可視化することによって、点検・調査業務における意思決定を支援する。

    Power BI で構築した BI ツール。現在進められている補修作業や過去の点検履歴など、あらゆるフェーズ、あらゆる時系列からメンテナンス情報を可視化することによって、点検・調査業務における意思決定を支援する。板倉 氏は、「データをきれいにしてからサービスを作るのではなく、現場がサービスを利用する内にデータがきれいになっていく。そんな動きがSMH の中で起こっています。」と語った

インフラ管理プロセスの変革に有用と判断し、マイクロソフト製品を選択

NEXCO東日本が BI ツールとして利用する Power BI は、マイクロソフトの製品です。同社は他にも数多くのマイクロソフト製品を SMH の中で採用しています。ここにはどのような理由があるのでしょうか。

「業務プロセスの変革にあたっては、メンテナンスの各フェーズをどうシームレスに繋ぐかが重要となります。たとえ業務上有用なツールを増やしたとしても、それらの中に連携性が確保されていなければ、業務の連続性も途絶えてしまいます。私たちは常にニュートラルな視点で様々な ICT サービスやデバイスを評価していますが、マイクロソフトは Power BI をはじめとする ICT サービスをベースに、HoloLens のような、実際の作業現場で利用できるエッジ端末も用意されています。データの出力先となる製品を豊富に揃えていること、これにより、業務シーンに合ったサービス間の連携性、業務の連続性が高められる点も、大きなアドバンテージだと思います」(久保 氏)。

NEXCO東日本では、HoloLens についても、実用化に向けた検証をスタートさせています。

AR (拡張現実) の上位にあたる MR 技術を搭載する HoloLens では、現実の空間にコンピューターの情報を重ね合わせることができます。本来見ることのできない情報を可視化する。この技術に着目し、同社グループでは現在、橋梁点検の実務研修において HoloLens を活用した研修システム「PRETES-e」を開発。現場の建造物に内部構造情報を加味することが理解度や習熟度に対しどれほどの好影響をもたらすのか、検証が進められています。

Microsoft HoloLens を利用すれば、暗黙知を形式化していくことができる

「PRETES-e」では株式会社インフォマティクスが提供する GyroEye Holo を利用することで、3D の図面データ、データベース内の情報を現実空間にオーバー レイする仕組みが用意されました。

PRETES シリーズの開発を指揮する株式会社ネクスコ・エンジニアリング北海道 道路事業部 保全計画部 保全企画課長 (兼) SMH推進チームリーダーの石黒 将希 氏は、「点検現場で利用するエッジ端末として既にタブレットを活用していますが、HoloLens は、ハンズ フリーである、直感的に建造物の構造を理解できるという点で既存端末とは決定的な違いがあります。この違いは研修に参加した多くの点検員から評価されており、HoloLensを用いた実習の中では『作業に支障をきたすことなく利用できそうだ』『点検作業を変える気がする』という声が挙がっています。」と語り、研修で得た手応えについて述べました。

さらに同氏は、この検証を通じて HoloLens の備える別の可能性にも気づくことができたと言及。株式会社インフォマティクスの金野 幸治 氏とともに、このように語ります。

「点検作業や補修作業はその多くが手作業であり、どうしても暗黙知が存在します。HoloLens を使えばこれを形式知に変えていくことができるのではないかと感じています。HoloLens が備えるカメラ、センサーを利用すれば、装着者の作業をデータ化することが可能です。作業員の持つノウハウをデータ化して分析する。分析結果を HoloLens や IT サービスに反映する。こうしたサイクルによって、将来は誰もが熟練者の支援を身近にうけながら作業できる、そんな世界が実現できると考えています」(石黒 氏)。

「GyroEye Holo はパッケージ ソフトウェアですが、マイクロソフトのバック アップを受けながら頻繁にサービスをアップデートしています。現在は出力端末としての要素が強いですが、石黒様がおっしゃるように、HoloLens は近年、データを収集するためのエッジとしての機能も期待されています。アップ デートで入力端末としての機能性を高めていくことによって、NEXCO東日本グループ様が取り組む SMH をサポートしていきたいですね」(金野 氏)。

  • 株式会社ネクスコ・エンジニアリング北海道 石黒 将希氏、株式会社インフォマティクス 事業開発部 マネージャー 金野 幸治氏
  • 2019 年に実施された HoloLens を活用した研修の様子。現場にいる作業員の理解や業務効率を高めるだけでなく、作業員が持つノウハウを形式化していくエッジ端末としても、HoloLens には多大な期待が寄せられている1
  • 2019 年に実施された HoloLens を活用した研修の様子。現場にいる作業員の理解や業務効率を高めるだけでなく、作業員が持つノウハウを形式化していくエッジ端末としても、HoloLens には多大な期待が寄せられている2
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  • 2019 年に実施された HoloLens を活用した研修の様子。現場にいる作業員の理解や業務効率を高めるだけでなく、作業員が持つノウハウを形式化していくエッジ端末としても、HoloLens には多大な期待が寄せられている

AI の実用化も見据え、SMH を発展させていく

NEXCO東日本は 2019 年に HoloLens の研修での実証検証を実施。理解度の向上や暗黙知の伝達などの有用性や可能性が認められ、将来は RIMS と接続する形で HoloLens を本格活用していくことが検討されています。

上田 氏と板倉 氏は、HoloLens 等を活用して 点検時の映像データを増やすことは、AI の実用化を加速させる上でも有用だとし、このように語ります。

「現在、北海道大学大学院情報科学研究院 メディアダイナミクス研究室の長谷山 美紀 教授の協力の下、AI による画像解析技術を利用した『変状判定支援システム』の開発と検証を進めています。暗黙知の共有によって個人のスキルに依存されないメンテナンス環境を実現することが狙いですが、画像解析にあたっては、どうしても "学習データの調達" が課題になります」(板倉 氏)。

「AI は、リスク マネジメントが特に求められる技術だと考えています。物事を適切に判定する学習モデルでなければ、"誤った作業" を誘発する装置になってしまうからです。データを十分に用意して学習を重ねることは、AI 開発の肝だと言えます。作業員が業務を進める度に学習データが溜まっていく。こうした仕組みを用意し再学習を重ねていけば、AI の判定精度を実用可能なレベルにまで高めていくことができると期待しています」(上田 氏)。

  • 北海道大学 メディアダイナミクス研究室の協力により開発した「変状判定支援システム」。実用化の水準にまで判定水準を高め、ICT サービスや機械を介してこれを作業員へ提供できれば、"誰もが熟練者のように作業できる" 世界が現実のものとなる

    北海道大学 メディアダイナミクス研究室の協力により開発した「変状判定支援システム」。実用化の水準にまで判定水準を高め、ICT サービスや機械を介してこれを作業員へ提供できれば、"誰もが熟練者のように作業できる" 世界が現実のものとなる

高速道路に関わる全ての情報を集約する。そして、ここにある情報を駆使して業務の在り方を変えていく。こうした SMH の試みが、2020 年からいよいよ本格化します。メンテナンス現場には情報が絶えず生まれます。この情報を武器に、SMH は "発展し続けるメンテナンス基盤" として、これからの道路インフラの「安全・安心」を支えていくに違いありません。

  • 集合写真

[PR]提供:日本マイクロソフト