ここ数年、耳にすることが増えてきたキーワードの1つが「多様性」だ。世の中にはさまざまな人がいて、人の数だけ生き方が存在する。お互いの生き方を認め合い、「こうあるべき」という考え方を押し付けないことで、この世界は格段に生きやすくなる。

しかし、頭ではわかっていても、実際のところはなかなか難しい。人には生きてきた年月分の思い込みがあり、自分自身も気づかないところで多様性を失っている瞬間がきっとあるからだ。

そうした多様性をテーマにインタビュー記事を発信するメディアが「LIFULL STORIES」である。キャッチフレーズは「しなきゃ、なんてない。」。同サイトが取材するのは、既成概念にとらわれることなく、この世界をしなやかに生きる人々だ。

LIFULL STORIES

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LIFULL STORIESの運営会社を知ったら、意外に思うかもしれない。不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」などを運営するLIFULLなのである。

マーケティングなどを目的にオウンドメディアを運営する企業は少なくないが、LIFULL STORIESは一見、LIFULLの事業とは無関係に見える。実際、LIFULL STORIESの記事を読んでいても、LIFULLのサービスの話はほとんど出てこない。記事の最後に同社が提供するサービスサイトのバナーが控えめに貼られているだけだ。

では、LIFULLがLIFULL STORIESを続けているのはなぜだろうか。同社にとってLIFULL STORIESはどんな意味を持ち、何を成そうとしているのか。

LIFULL STORIESの運営を手掛けるクリエイティブ本部ブランドユニットの畠山大樹氏と木内愛氏に話を聞いた。

企業としての存在意義を伝えるために

「LIFULLという企業は何をしている会社なのかわからない、という課題がありました」

LIFULL STORIESが生まれた理由を問うと、畠山氏はそう切り出した。LIFULLはかつて、「ネクスト」という社名で、不動産・住宅情報サイト「LIFULL HOME’S」や「LIFULL介護」、「LIFULL引越し」などさまざまな事業を展開していた。

2017年4月、同社は社名をLIFULLに変更。各サービスを統合し、「あらゆるLIFEを、FULLに。」というコーポレートメッセージを打ち出した。そして、TVCMや屋外広告などを大々的に展開し、新社名とサービス、コーポレートメッセージの浸透を図ったのである。

しかし、認知度は思うように上がらなかったという。LIFULLという社名は知られるようになっても、「LIFULLとはどんな会社なのか」が広まらなかったのだ。

「TVCMのような広告は、いわば一過性のコミュニケーションです。社名の認知度は上がっても、それ以上のメッセージはなかなか伝わりませんでした」(畠山氏)

マス広告の結果を受けて、LIFULLは改めて自社のブランドパーパスについて見直しを進めた。LIFULLが提供するのは、いずれも「ライフ(生活、人生)」に関係するサービスだ。世の中から自社のサービスを見たとき、そこにどんな存在意義があるのか――。

議論を重ねた結果、LIFULLのブランドパーパスは次のように確定した。

「まだ手付かずの問題でも、視点を変える発想で豊かさに変わっていくはず。そしてあらゆる人が、当たり前に無限の可能性の中から自分の生きたいLIFEを実現できる社会へ。」

発信すべきメッセージは固まった。次の課題は「どのように伝えていけばいいのか」だ。

「企業としての存在意義や、社会にどんな価値を提供しているのかなどを理解していただくためには15秒のTVCMでは不十分です。より深く企業のメッセージや世界観の理解浸透を図れる場が必要だと考えました」(畠山氏)

畠山氏

LIFULL クリエイティブ本部ブランドユニット 畠山大樹氏

そこで生まれたのが、ブランドパーパスを理解してもらう場としてのオウンドメディア「LIFULL STORIES」だった。

2018年10月に立ち上がったLIFULL STORIESのテーマは「しなきゃ、なんてない。」。これは、ブランドパーパスをさらに伝わりやすくするために凝縮したキャッチフレーズである。

LIFULL STORIESには、たくさんの「しなきゃ、なんてない。」があふれている。

しなきゃ、なんてない。

この世に生きる全ての人に唯一無二の「LIFE」があり、社会は多様性で構築されているという事実を、LIFULL STORIESはインタビュー記事を通して発信し続けている。

オウンドメディアとしてのミッション

もっとも、全てが順調だったわけではない。畠山氏がLIFULLに入社したのは2019年1月、木内氏が入社したのは2020年6月。LIFULL STORIESが立ち上がってすでにある程度の期間が経過していたが、課題は山積みだったという。

「『しなきゃ、なんてない。』というテーマもユニークだし、第一印象でとても良いメディアだなと思いました。ただ、メディアの知名度がまだ全然なかった。もっとLIFULL STORIESを知ってもらうにはどうすればいいのかを考える必要がありました」(畠山氏)

サイトへのアクセス数を手っ取り早く上げるには、思わずクリックしたくなる”引き”の強いタイトルを付けるといった手段が有効だ。しかし、LIFULL STORIESでそれはやりたくなかったと木内氏は話す。

「LIFULL STORIESの記事は、取材対象者に人生を語っていただくインタビューがメインです。そんな記事で、PVを稼ぐことを重視してタイトルであおるのは適切ではないと思いました」(木内氏)

木内愛氏

LIFULL クリエイティブ本部ブランドユニット 木内愛氏

そこで畠山氏と木内氏は、再びLIFULL STORIESの初心に立ち返ることにした。LIFULLにとってLIFULL STORIESは何を成すべき存在なのか。ヒントはそこに隠されていた。

「LIFULLは多様性やインクルージョンといった社会課題に向き合い、解決していくことをメッセージとして発信しています。LIFULL STORIESの役割は、そうしたメッセージとLIFULLという企業を結び付けることです」(畠山氏)

重要なのはLIFULL STORIESの認知度だけを上げることではない。LIFULL STORIESを通して、LIFULLという企業をより理解してもらうことこそ、オウンドメディアとしての重要なミッションなのだ。

LIFULL STORIESの取り組みは決して派手ではない。集客はオーガニック検索とSNS、そして取材対象者の告知による流入が柱だ。広告やSEO対策といった即効性のある集客施策には頼らないし、記事本数も平均して月に7本程度と決して多いわけではない。

「意地でも広告を打たないと決めているわけではない」と畠山氏は言う。ただ、継続的な流入の確保を考える上で、広告による一時的なPV増が有効なタイミングは限られる。また、「インタビュー記事でSEO対策をするのは難しい」と木内氏は説明する。

「SEO対策はキーワードを決めて、それを記事内に入れ込んでいくのですが、インタビューでそれをやろうとすると本来の趣旨と違ったものになってしまいかねません」(木内氏)

あくまでも記事のクオリティにこだわり、LIFULLとして発信すべきメッセージを届ける。メディア運営としては決して器用なやり方ではないが、畠山氏と木内氏はあくまでも誠実なコンテンツ作りにこだわっている。

PVで計算すると投資対効果は見合わない

LIFULL STORIESのようなオウンドメディアの課題は、成果が見えにくいことだ。ともすれば”金食い虫”と判断されて打ち切られる可能性もある。オウンドメディアの意義を経営層にどうすれば理解してもらえるのかわからず、苦しむ担当者は多い。

そこで畠山氏は、LIFULL STORIESの役割である”LIFULLのブランディング”をKPIに落とし込んでいった。メディアである以上、PVはもちろん大事だが、それよりも重要視するのはブランディング指標の伸び率だ。畠山氏はLIFULL STORIESのデータを独自のロジックで分析し、どれだけブランディングに貢献できているのかを算出している。

「オウンドメディアの価値を短期的にPVで計算すると、投資対効果が見合うことは難しい。だからこそ、企業ブランディングとして続けているんだという価値観のすり合わせが社内でできていることが大切です」(畠山氏)

LIFULLの場合は、経営層も含む会社全体で企業ブランディングの重要性に理解を示しているところが大きい。ただし、だからと言ってオウンドメディアにおいて成果を上げなくて良いわけではなく、投資対効果は常に議論しながら進めているという。

「CCOと一緒に課題設定をすることが大事だと思います。経営層と現場が一緒になって会議体をつくると、目的やそのための手段について目線を合わせることができ、問題意識を共有した状態で課題解決へ向かっていけるのです」(畠山氏)

畠山氏

スタートから2年以上が経過し、LIFULL STORIESには多くの記事が蓄積されてきた。著名人も多数登場し、メディアとしての存在感は着実に増している。

そんなLIFULL STORIESの次のフェーズとして、畠山氏は”双方向なメディア”を目指すという。

「記事を読んだことで読者のLIFEがどう変わったのか、それを知りたいと思っています。今後は読者とのコミュニティを作るなどして、新しいライフストーリーを紡いでいけたらと思います」(畠山氏)

「オウンドメディアという枠に制限される必要はないと考えています。いろいろな人の生き方を応援する存在として、よりコンテンツの幅も広げていきたいですね」(木内氏)

LIFULL STORIESには、LIFULL自体の宣伝はほとんどない。だが、LIFULL STORIESを読むことで、LIFULLという企業がどんな世界を目指して事業を行っているのかは明確に伝わってくる。

短期的な利益ではなく長期的なブランディング――それこそがLIFULL STORIESのようなオウンドメディアの本来の役割なのだろう。