昨今、盛り上がりを見せるAI活用だが、決して成功している現場ばかりではないのが実情だ。その原因は一体どこにあるのだろうか。

DataRobot社が7月14日~8月31日に開催している年次イベント「AI Experience 2020」では、野村総合研究所 流通・情報通信ソリューション事業本部 上級システムコンサルタントの山本聡氏が登壇。自身が手掛けた小売業におけるAI導入プロジェクトを例示しながら、AI導入を成功に導くための”勘所”について解説した。

山本聡氏

野村総合研究所 流通・情報通信ソリューション事業本部 上級システムコンサルタント 山本聡氏

環境が整っても活用が進まない理由

山本氏はまずAI活用の現状について次のように説明した。

「今、第3次AIブームが訪れています。日本における労働力不足をAIが補ってくれるのではないかと期待されているのもAIの普及を後押しする要因の1つです」

AIに対する期待の高さは、2016年にガートナーが実施した企業へのアンケート調査でもはっきりと見て取れる。「10年以内に人工知能は自分たちをサポートする」と予測する回答が全体の半数近くに上っていたのだ。

それから4年が経過した2020年、実際の状況はどうなっているだろうか。

「正直、まだそんなにうまく浸透していないのではないかというのが個人的な感想」と山本氏は話す。技術的な環境は整備が充実し、安価に利用できるようになってきたものの、企業における各種業務へのAI活用についてはまだ一般的になっていないというのだ。

技術や環境はあるのに活かせていない企業が多いのはなぜなのか。その主な理由として、山本氏は次の4つを挙げる。

  • どの業務にAIを適用すればいいのか不明
  • 投資対効果が不確実
  • 必要なデータが取得できない
  • 予測モデルの構築ノウハウがない

こうした「わからない」「できない」といった”つまずき”が、AIの活用を阻んでいるというわけだ。

現状を打破するためには、具体的な事例を知り、課題を乗り越える策について詳細なイメージを持つことが肝要だ。そこで山本氏が紹介するのが、自らがコンサルティングを務める小売業界のAI活用事例である。

「どうしてAIを使うのか」に対する答え

とある食品スーパーで「AIを活用した自動発注システム」プロジェクトが立ち上がった。需要予測を活用して自動発注を実施することで在庫を最適化し、品切れやロスの削減、発注時間の短縮を狙ったものだ。

最初の課題が発生したのはプロジェクトの構想立案時だった。「そもそもどうしてAIを使う必要があるのか?」「費用がかなりかかるのでは」といった疑問の声が社内から上がったのだという。

「どうしてAIを使うのかというのは難しい質問です。『流行っているから』では上長に説明できません(笑)」

山本聡氏

ヒントになったのは過去に作成した同様の需要予測モデルのシステムだ。AIを活用せず作成した需要予測モデルは、当時のデータサイエンティストが多大なコストをかけて自分たちで作成したものだった。その当時は高い精度を実現できたというが、時代/環境の変化に伴って需要予測モデルもまた変化を迫られた。

ところが、長い年月のなかで担当者が何人も入れ替わり、ノウハウが欠落し、いつのまにか需要予測モデルはブラックボックス化して誰もメンテナンスできないシステムになってしまっていたという。

こうした欠点を補えるのがAIだ。AIを用いて作成した需要予測モデルは精度が高く、なおかつデータを基に学習するため精度を維持したまま長く使うことができる。

また、AIを導入すると高いコストがかかりそうなイメージもあるが、山本氏は「決して高くない」と言う。

「AIの導入にはコストがかかるので、データサイエンティストが社内にいてAIも使うならコストは高くつきます。しかし、業務有識者がAIを使えるようになれば、トータルのコストはそれほど高くなりません。さらに人を必要とせず、AIだけで完結できればコストはかなり安くなります」

データサイエンティストがいなくても高い精度が出せ、長く使うことができ、コストも安い。それが「どうしてAIを使うのか」の回答となった。