今回ご紹介するのは、弁護士ドットコムにおいてクラウド型の電子契約サービスを提供するクラウドサインチームだ。事業部での紹介は本連載としては初となる。弁護士ドットコム自体は「専門家をもっと身近に」という企業理念を掲げているが、クラウドサインチームは、さらにあるべき姿を具現化し、サービスとともにチームの急成長を目指して独自のビジョン・ミッション・バリューを設けている。

なぜ、企業理念とは別にビジョン・ミッションを策定したのか。そして、そこにはどのような思いが込められているのか。弁護士ドットコム 取締役/クラウドサイン事業部 部長 橘大地氏と同事業部 マネージャー 佐伯幸徳氏に聞いた。

弁護士ドットコム クラウドサイン事業部 マネージャー 佐伯幸徳氏(写真左)と取締役/クラウドサイン事業部 部長 橘大地氏(写真右)

「30人の壁」に当たるまえにミッション・ビジョンを策定

クラウドサインは2015年10月にリリースされた、クラウド上で契約締結ができるサービス。法律ポータルサイトを運営する弁護士ドットコムの新規事業としてスタートした。

リリース後から約1年間は、プロダクトマーケットフィットを達成できるかが主眼であったが、2016年頃よりプロダクトが日本市場で受け入れられると感触を得たため事業拡大へと舵を切っていった。そのため人材採用に積極的に取り組むタイミングで、ミッション・ビジョンの策定を行うこととした。佐伯氏によると、スタートアップ組織が直面するといわれる「30人の壁」や「50人の壁」に当たる前に手を打っておきたいという狙いがあったという。

「クラウドサイン事業部は上場企業の一事業部ではあるものの、短期間で急激に人が増える急成長期を迎えることが予測でき、組織的な課題が生じやすいと読んでいました。組織の課題を乗り越えるための一手段として、ミッション・ビジョンの策定が重要であると考えました」(佐伯氏)

<MISSION>
Rule Re:Maker
社会の「ふつう」を再定義して、世の中をもっとシンプルに

<VISION>
W/ Law & Technology
法律とテクノロジーを駆使して、ユーザーを成功に導く

クラウドサインというサービスは、弁護士として働いていた創業者の元榮氏や橘氏の経験がもとになっている。橘氏は「弁護士の時代から契約業務に対してストレスや課題を感じていました。サービスのきっかけとなったのは『契約は必ず紙に判子を押さなければいけないものなのだろうか?』という素朴な法的疑問です。業界の”ふつう”を見直し、やり方をもっとシンプルにできる方法があるのではないだろうか、という思いがクラウドサインの原点にあります」と同サービス立ち上げ時の思いについて語る。

そうした思いがミッションの「Rule Re:Maker」という言葉につながっている。さらにビジョンでは、法律に強い会社であることを強調している。「専門家をもっと身近に」という弁護士ドットコムの企業理念とも合致したものだ。

当事者意識を持てるよう、バリューはチームで年に1回議論

<Value>

  • Professional With Respect
    プロフェッショナルであり、リスペクトを持とう
  • Customer Centered DESIGN(CCD)
    利用者のために、利用者が成功するサービスを「デザイン」し、利用者に愛されるサービスを作ろう
  • DAY 0
    いま、あしたを作ろう!(文化祭前日のような忙しさとワクワクを)

ミッション・ビジョン・バリューのベースとなるものは橘氏の思いが強く反映されているが、カルチャーは浸透しなければ意味がないという考えから、当事者意識を持てるよう当時のチームメンバー全員でディスカッションを行った上で決定した。

実は、クラウドサインのバリューは、毎年1回、クラウドサインの誕生日である10月19日に見直しの機会が設けられている。これまでに消えていったバリューもいくつかあるという。

「現在もクラウドサイン事業の人数は急拡大しており、今後もさらに人員拡充していく予定であるため、バリューはよりシンプルなものにして浸透させることを優先したほうが良いのではと考えました。以前はもう少し数が多かったのですが、結果的に現在の3つが残った形です」(佐伯氏)

浸透のための施策として、各メンバーのデスクの上には、ミッション・ビジョン・バリューが記載されたスタンドが飾られている。新型コロナウイルス感染症の影響で在宅勤務の社員もいるが、自主的にこのスタンドを持ち帰っている社員もいるという。社員の当事者意識の高さが伺える。

さらに浸透に向けては、新メンバーと既存メンバーとの1on1を設け、新メンバーにクラウドサインの好きなバリューを発表してもらうという取り組みも行っている。そこには、スタッフ1人1人が納得感を持ち、自分の言葉でバリューを語れるようになってほしいという意図がある。

「デザインスプリント」でバリューをつくる

バリューを決める際には、「デザインスプリント」という手法を用いてメンバー全員によるワークショップを実施した。デザインスプリントは、新製品やサービス、機能を開発する際などに用いられる米Googleが開発したフレームワークで、「準備」「理解」「発散」「決定」「試作」「検証」というプロセスから構成されている。ワークショップでは、このうち「理解」「発散」「決定」までを行った。

「事前に各メンバーに自分のプロフィールを作成してもらい、ワークショップには、全員のプロフィールとクラウドサインの歴史を綴った資料に目を通してから参加してもらいました。これらをもとに、私たちは何をするために集まったメンバーなのか、何を成し遂げられるかといったことをブレストしていきました」(佐伯氏)

ブレスト後には、チームがどう変われば成し遂げたいことを早く実現できるか、自分がどう変われば成し遂げたいことを早く実現できるか、といったテーマについて個人ワークで考えることで、各メンバーそれぞれの強みやマインドセットを明らかにし、メンバー全体で集めてグルーピングしていったという。これらの内容をマネージャーがまとめ、言葉に落とし込むことで、バリューを定めていった。

持続的に成長していける組織に

現在、6.5万社以上が導入するクラウドサイン。契約をより速く、簡単なものにしていくため、今後もさらなる規模拡大を狙っていく。橘氏がクラウドサインのミッション・ビジョンを策定するにあたって意識したのは、「スケールする組織」や「成長し続ける組織」という視点だという。最後に、理想の組織像について橘氏に聞くと、次のように語ってくれた。

「『ビジョナリー・カンパニー』という書籍のなかで、伸び続ける組織であるためには、カリスマ的なリーダーの存在ではなく、はずみ車のように事業を伸ばしていくことが重要であると紹介されていました。今後クラウドサインのメンバーが、1000人、1万人、10万人……と拡大していくにつれて、持続可能な組織であるかどうかということが問われてくると考えています。規模に合わせてその都度成長し続けるための適切な方法を選び、理想に近づいていきたいですね」(橘氏)