現在、先進企業が自社の企業競争力向上のために最も重視しているのが顧客体験(CX)である。このCXと表裏一体の関係にあるのが従業員体験(EX)であるが、その因果関係を理解して投資を行う企業は少ない。

ガートナー ジャパンが開催した「Gartner IT Symposium/Xpo 2019」の2日目、ガートナー ディスティングイッシュト バイス プレジデント, アナリスト ジーン・ファイファー氏は「『従業員エクスペリエンス』がカスタマー・エクスペリエンスを決める」と題した講演を行い、EXへの投資の重要性を訴えた。

財務的インパクトの大きいEXへの投資

ファイファー氏は顧客体験(CX)の重要性を説明するため、CXの定義を再確認するところから話を始めた。

CXは、「企業の従業員、チャネル、システムまたは商品とのインタラクションがもたらす1回あるいは累積的な効果によって、顧客が得る認識や関連する感情」のことを指すという。この定義が示すように、体験とは人間の感情であり、論理的なものではない。ロジックを重視したいIT部門にとっては苦手だと感じるかもしれないが、優れたCXの提供には顧客への共感が不可欠である。デザイン思考について多少の知識がある人であれば、プロセスの出発点が「共感」であることを知っているだろう。自分たちの都合を顧客に強制している場合、顧客は苦痛を感じていることが多い。共感とは、そこに苦痛があると知ることにほかならない。優れたCXの提供ではロジックではなく、人間の情緒的側面を理解し、本当の意味で顧客中心な組織に変わることが求められる。そのためには、チャネル、システムなどのあらゆるタッチポイントを通じて顧客に与える良い印象を積み重ねていくことだ。

ガートナー ディスティングイッシュト バイス プレジデント, アナリスト ジーン・ファイファー氏

では、CXは従業員体験(EX)にどのように影響を及ぼすのか。Watermark Consultingの調査によれば、理想的な職場の株価はS&P 500の株価よりも2倍の以上高いことがわかっている。さらにGallupによる従業員エンゲージメント調査では、EXが高い企業ではその顧客の満足度も高まることが明らかになった。

ガートナーの調査でも、8割を超える回答者が従業員エンゲージメントのCXへの影響を重視していると回答している。その反面、現在の職場での体験は入社前に期待していた水準を下回るとする回答者の従業員エンゲージメントは低く、生産性も低いという結果になった。

問題を複雑にしているのが先進国の労働市場の変化である。「War for Talent(人材獲得をめぐる競争)」が世界的に進行しており、データサイエンティストやAIエンジニアなどのデジタル変革で必要とされる人材不足が特に問題視されているのは多くの企業が実感しているであろう。

労働者人口の減少は日本だけの問題ではない。米国では毎日1万人以上のベビーブーマーが退職している計算になり、この現象は欧州でも同様だという。一方で、米国の失業率水準がかつてない水準にまで低下した結果、体感としての人材獲得の困難と乖離する現象が起きている。企業は人材獲得と定着に注力しなければ、生産性に悪影響が及ぶ。だから先進企業はEXへの投資を進めているのだ。

投資のなかには、テクノロジー調達も含まれる。EX向上のため、従業員中心のテクノロジーに投資をした企業は財務的なリターンも得ている。以下の図を見ると、EXに投資をしない企業と比べ、投資をしている企業は従業員1人当たりの売上高や同利益がそれぞれ2.8倍、4倍であるとわかる。

EXのROI/出典:ガートナー(2019年11月)

EXや従業員エンゲージメントの向上は、CIOにとって決して無関係なテーマではないのだ。