ビジネス、特にBtoC領域における主戦場はすでにモバイルに移っている。一般的な生活者は、1日に平均して3時間以上もの可処分時間をモバイル利用に割く。今やモバイルは企業にとって最も重視すべき顧客接点の1つなのだ。

しかし、言うのは簡単だが実践するのは難しい。”モバイル活用”と言っても、そこにはさまざまな課題がある。まず何から始めるべきなのか。どの企業と組むべきなのか。自社のリソースをどう活用していけばいいのか……。特に伝統的な大企業ほど手探りでは先に進みにくい。

そうしたモバイル活用の成功事例が、10月11日に開催された「Mobile Leaders Summit」(主催:App Annie Japan)で語られた。そのなかから本稿では、対照的な2つの企業、ニチレイとみんなのタクシーの事例を紹介しよう。

「ユーザーが見えない」- 食品会社が抱く危機感

ニチレイと言うと冷凍食品のイメージを持つ人が多いが、実は冷凍食品事業は同社の事業全体で見ると約1割を占めるに過ぎない。ニチレイは世界第5位の低温物流会社であり、例えばコンビニのアイスコーヒーの氷や寿司チェーン店の寿司ネタといったBtoB領域も手掛けている。そのほか、水産や畜産業、不動産事業など幅広く事業を展開しており、売上規模は6,000億円近く。企業としての将来性は誰が見ても盤石に思える。

しかし、そんなニチレイの将来に「危機感を持っている」と話すのは経営企画部事業開発グループの関屋英理子氏だ。関屋氏がさまざまな統計データを分析した結果、見えてきたのは「国内食品会社は2040年までに赤字体質に陥る」という衝撃的な仮説だった。

ニチレイ 経営企画部事業開発グループ 関屋英理子氏

さらに追い打ちをかけるのが、食品会社を取り巻く環境と時代の変化だ。

「小売や外食企業は30年ほど前からPOSシステムを導入して顧客のデータを獲得し、ビッグデータの活用に移行し始めています。競合ではない他業種も食品データを集めることができる今、私たちは本当に大丈夫なのか、と考えました」(関屋氏)

データの活用という観点で見たとき、食品会社にはもう1つ不利な点がある。それは、小売や外食と比べて圧倒的に顧客接点が不足しているという点だ。エンドユーザーの顔が見えず、卸会社や小売業者の顔しか見えない状況に関屋氏は危機感を抱いたという。

こうした状況ゆえに、経営層もなかなか思い切った決断はできない。これも食品会社がモバイルやデータ活用に乗り遅れがちな理由だと関屋氏は指摘する。

そこで関屋氏が取り組んだのが、顧客接点を確保するためのプログラム「conomeal(このみる)」の開発だ。

同プログラムは、個人の好みと心理的要素をかけ合わせて「おいしさ」を見える化し、ユーザー一人一人に合ったメニュー提案などを行うというもの。そのアプリ開発事業を始めるにあたり、関屋氏は上層部を説得するための材料集めに走った。指標としたのは「客観的なデータ」だ。ライバル企業の状況や他社のアプリの使われ方、ターゲット層の動きなどのデータを根拠とすることで、経営層を説得することに成功したという。

conomealに関してはネガティブな声も挙がった。「なぜニチレイが(conomealのようなことを)やらないといけないのかという声もあり、納得してもらうのが大変でした」と関屋氏は振り返る。

前例のないプロジェクトには逆風も吹いたが、関屋氏は粘り強く社内への説明を続け、最終的には会社が一丸となって取り組むことができたという。

ニチレイが事業を進めるためのアドバイザーとして選んだのが、新規事業を支援するスペックホルダー 代表取締役社長の大野泰敬氏。大手の代理店やコンサルティング会社を選択しなかったのは、「あまりにも知識が乏しく、一歩ずつ進めていかないといけなかったため」だと関屋氏は語る。

モバイル活用という未知の領域に挑んだニチレイ。現状に甘んじず将来を予測し、重点課題を定めて着実に進んでいく姿は、他業種の企業にとっても参考になるはずだ。