本連載では、各回のテーマに沿ってさまざまな業界の最前線で活躍するキーマンを訪ね、本誌で連載「教えてカナコさん! これならわかるAI入門」を執筆するAI研究家の”カナコさん”こと大西可奈子氏(NTTドコモ R&Dイノベーション本部 サービスイノベーション部)がお話を伺っていく。ときに広く、ときに深く、AIに関する正しい理解を広める一助になることが連載の狙いだ。

今回のゲストは、長野県塩尻市の浄土宗善立寺 副住職であり、寺院デジタル化エバンジェリストとして講演活動なども行うこうじりゅうじ氏。前編では、お寺業界の運営事情や、お寺がデジタル化することの意義などについて伺った。

「お寺でAIは役に立つのか」について聞いた後半では、「むしろAIにこそ宗教が必要になるのでは」という見解が示されるなど、話題はAIが進化した未来の課題にまで及んだ。

浄土宗善立寺 副住職 こうじりゅうじ氏(左)と”カナコさん”ことAI研究家の大西可奈子氏(右)

お寺におけるAIの使いどころは?

大西氏:お寺も一般企業と同じように効率化に迫られているんですね。ITツールだけでなく、AIも何か役に立てるかもしれません。お寺の仕事で、AIを生かせそうなものってありますか?

こうじ氏:将来的にはいろいろとできることがあると思います。例えば、会計処理にしても、AIで完璧に文字認識できるようになればレシートからのデータ入力がもっと楽になるはずです。

それから、防犯カメラを境内に設置して、スマホから監視できるシステムはすでにありますが、さらに顔認識で誰が来たかわかるようになったら便利ですね。そうしたシステムは、賽銭泥棒対策にも良いと思います。

大西氏:私は対話AIが専門なのですが、何かお寺で役に立てそうな業務はありますか?

こうじ氏:チャットボットは使えそうですね。以前、うちのお寺のWebサイトにIBM Watson(Assistant API)を使ったチャットボットを入れて、お寺の見どころとか、交通手段、駐車場はあるのかといった質問に答えられるようにしていました。参拝者からよくある質問に、24時間365日答えられるようにするためです。

実はこれにはもう1つ目的があって、チャットボットのログを見たかったんです。お坊さんに話を聞くときって、緊張して気を遣ってしまう人が多いみたいなんですよね。じゃあ相手がチャットボットならどうなのか。気軽に質問できるとしたら、どういうことを聞きたいのかを知りたかったんです。

大西氏:それは興味深いですね。実際、どんな質問があったんですか?

こうじ氏:思った以上にいろいろな質問がありましたね。「お布施はいくらですか」とか「仏教とキリスト教はどっちがいいですか」とか。

大西氏:そんな質問が来るんですか! ある意味、お寺ならではだと思います。私たちが普段対話システムを開発しているときには、なかなか出て来ない質問です。

こうじ氏:答えられるものは答えるように応答パターンを追加して、チャットボットで答えられるような話でないものはサイトの関連するページへリンクするようにしました。

その後、1人で質問と応答のパターンを大量に作るのに限界を感じたので、今はいったん閉じているんですが、そこにAIを導入するとどうなるだろうというのは興味があります。

大西氏:最近、接客をチャットボットに任せるのが流行っていますが、もしかするとその波が宗教の世界にも入っていくのかもしれませんね。

こうじ氏:ただ、本当に深い悩みがある人への回答をAIに任せるべきではないと思います。そういうクリティカルな質問に答えるのは、お坊さんがやるべき”本来の業務”ですからね。そこに集中するために、ほかの質問を対話AIに任せるのは良さそうです。

大西氏:実際、そうした悩み相談などはインターネットなどでも寄せられるものなのですか?

こうじ氏:ありますよ。今、主戦場はSNSでしょうね。と言っても、SNSで回答しているお坊さんは、匿名で顔も出していないケースが多いという印象です。そこは賛否両論あるでしょうが、所属と名前と顔を出しているからこそ、発言に責任を持てるという部分はあると思っています。

今後に期待! 古文書の保存と管理

大西氏:対話以外のAIの可能性についてはいかがでしょう。

こうじ氏:そうですね……例えば、お寺にはたくさんの貴重な古文書があります。もちろん、有名な人が書いた書状などは博物館で保管されていますが、そうではない、庶民の生活や周辺で起きた災害などの記録も昔の生活を知る上では非常に重要な資料です。

紙の資料はそのままではいつか朽ちてしまう可能性があるので、内容をデジタル化して保存しておこうという動きが出てきています。デジタル化するなら、テキスト検索などもできるようにしたいところなのですが、スキャンしてデジタル化はできても、OCRでの文字認識などはまだできていません。昔の人の達筆な文字は、AIには読みにくいらしくて。

大西氏:確かに、それは難しそうです。一般人の書いた文章だとしたら、その文字が上手いかどうかもわかりませんしね。そもそもそうした古文書を読める人も少なそうなので、AIが学習するために「古文書のどの文字が、現代のどの文字にあたるのか」というデータを用意するのも大変かもしれません。でも、その辺りが解決すれば、これは実現できると思います!

AIにこそ宗教が必要になる可能性

こうじ氏:お寺でAIを生かせそうな部分で今思いつくのはその辺りですが、私は逆にAIにこそ宗教が必要になっていくのではないかと思っています。

大西氏:どういうことですか?

こうじ氏:AIが今後進化していく上で、「どういったバイアスをかけるのか」という倫理観が重要になるのではないかと思うからです。

例えば先日、中国で遺伝子操作された双子の赤ちゃんが生まれたという報道されて物議を醸していましたが、技術的に可能であっても「やっていいかどうか」は人それぞれの考え方があると思います。

今後、AIが自由に対話できるようになったとき、そうした判断をする際に、どういう倫理観で臨むのか。つまり、”AIをどう育てるのか”という点において、宗教的な考え方が必要になるのではないでしょうか。

大西氏:確かに、対話AIを進化させていく上で、「パーソナライズをどうするか」という課題は避けては通れないと思っています。人に寄せた一貫性のある個性を持たせる場合、宗教の考え方が大事な役割を担う可能性はありそうですね。

今の対話AIはまだそこまで悩むようなレベルではありませんが、今後に向けて、そうした課題についても考えていきたいと思います。

本日は大変興味深いお話をありがとうございました!

After Interview

私自身、最近のお寺のIT化について多少知ってはいたものの、宗教はAIとは遠い存在だと思っていました。しかし今回の対談を経て、実は宗教はAIの最も近いところにあるのではないかと感じ始めました。実際に対話AIも研究を続けていくと、「言葉とは何か」のような哲学的な疑問にぶつかることもたくさんあります。現在は深層学習の進歩によって進化するAIですが、これからのAI技術の発展には宗教的な”思想”も欠かせない鍵となるかもしれません。