日本マイクロソフトと静岡大学は3月8日、大学教育におけるデジタルトランスフォーメーションを推進するとして覚書を締結した。「クラウド反転授業支援システム」をはじめとした取り組みに対して、マイクロソフトが技術支援や他大学への提案サポート、講師派遣などによる講義、セミナーを行う。

日本マイクロソフト 代表取締役社長 平野 拓也氏(左)と静岡大学 学長 伊東 幸宏氏(右)

静岡大学では、基礎的学習を教室以外でも繰り返し行える「反転授業」について2012年より研究を行っており、その成果を踏まえ「大学教育テレビジョン」と呼ばれる反転授業支援システムを開発した。Azure上に構築したWebサイトを通して、YouTubeや音声ファイルを配信できるほか、「OfficeMix」と呼ばれるOffice 365のアドオンツールを用いて「PowerPoint+動画(音声)」という反転授業に有効なWeb教材の作成が簡単に実現できる。

2016年2月より、静岡大学内外の教職員420名が実証を行っており、2017年4月より本格運用を開始する。両者によると、大学全体で低コストな「反転授業」に取り組む事例は「世界に例を見ない画期的なもの」だという。コストは、Azure上に構築したWebサイトの運用費が1500名の利用者数規模で年間10万円、数万人規模でも18万円程度だという。

この取り組みに合わせ、すでに導入している「Office 365 Education」の「OneNoteクラス ノートブック」を活用し、教科書や参考書に加えて、ノートの電子化も目指す。クラスノートブックは通常のOneNoteの機能に加え、教員から学生へノートの一斉配信ができるほか、学生同士のノートブック共有も容易になる。

Class Notebookタブが付加される

講義・セミナーで日本MS 榊原氏の登壇も

記者説明会には、日本マイクロソフト 代表取締役社長の平野 拓也氏と、同 執行役員常務 パブリックセクター担当の織田 浩義氏、静岡大学 学長の伊東 幸宏氏、同大学 教授で情報基盤センター センター長の井上 春樹氏が登壇した。

学長の伊東氏は、ICTを活用した教育の拡大に伴って「教育改革が急務」と説明。全方位的にデジタル化を進めることで、一般学生のみならず、留学生や社会人といったマイノリティの学生に対しても一定水準の教育環境を提供できる点をアピールした。

一方でマイクロソフトの平野氏は、これまでも企業、大学を問わず「デジタルトランスフォーメーション」を支援してきたと語り、静岡大学におけるデジタル化と、反転授業システムの他大学への展開をサポートすると話した。具体的には、同社文教部門の担当者20名と1000社の同分野におけるパートナーが、全国800大学に提案していく予定だ。

また、静岡大学には、同社の技術者の派遣や育成支援を行い、特にAI技術者の講座やワークショップを開催予定だという。CTOである榊原 彰氏も派遣予定としており「将来のビジネスパーソンである学生に、将来の働き方をメッセージとして伝えていければ」(平野氏)と語っていた。

「反転授業」の本質を達成できるシステムに

反転授業支援システムのコアとなるOfficeMixは、動画の記録とパワーポイントの再生を両立させた製品で、文教利用においては無償で利用できる。静岡大学は、これにログイン機能と動画ポータルサイトを組み合わせた形で「反転授業支援システム」として他大学にも提供する予定だ。

「普段から利用しているパワーポイントのアドオンとしてOfficeMixを使えるため、特別なツールや技術スキル無しで、簡単にオンライン講義コンテンツを制作できる」(日本マイクロソフト 織田氏)

これまでも、いわゆる「反転授業」を標榜するWebサービスがJMOOCをはじめ、多く世の中に登場しているが、静岡大学 井上氏は「ノーベル賞を取ったような先生ばかりで、私のような一般の教職員は取り扱ってくれない」と話す。

静岡大学 教授 情報基盤センター センター長 井上 春樹氏

日本マイクロソフト 執行役員常務 パブリックセクター担当 織田 浩義氏

反転授業について2012年より研究している静岡大学だが、この授業が”生きる”理由は「動画を見ることではなく、事前に受ける授業の動画を見て、それから授業を受けに来て、初めて”反転授業”になる」であり、一般の教職員が活用できるプラットフォームが重要と説く。

反転授業支援システムの副次効果として「動画を見る」という単純なニーズがある社会人学生、留学生に対して素材を提供できるポイントもあり、4600科目のうち2000科目程度で配信を行う予定だ。

なお冒頭でも触れたが、OfficeMix以外にもYouTubeや音声ファイルのみのアップロードを行っているケースもある。現時点ではYouTubeが3割程度あるとのことだが、井上氏によると「先生方が使い慣れていることもありYouTubeへアップロードするケースが実証期間は多かった。ただ、パワーポイントを動画撮影すると再生環境によっては画質低下によって資料内容を確認できない。そのため、パワーポイント+動画(音声)でわかりやすく、簡単にアップロードできるOfficeMixを利用している先生が増えている」としていた。

通常のパワーポイントに「Mix」タブが付加される

パワーポイントを見ながら資料への書き込みができ、録画データとともに書き込み内容も反映される

WebカメラとマイクがあるPCであれば特別な機材は必要ない。当日のデモではITスキルがあまり高くない職員が操作したが、スムーズにアップロードまで完了していた

公開設定は学生限定~一般公開まで。実際に「大学教育テレビジョン」で学外の人でも閲覧できる

また、こうしたWeb講義に適していない教科について「電子教材が充実していない教科は難しい」と井上氏。意外にもテキストベースの文学部で教材が「紙の本」のままのケースが多く、逆に理工学部系は電子教材への移行が進んでおり、教職員の引用も楽だそうだ。逆に受講する学生側の環境も重要で、前述の留学生や社会人学生の多い大学院での活用が環境に適すと考えているようだ。

「留学生が多い学科は日本語で授業が成立しないため、英語で授業するケースもあるが、実は英語もダメという留学生も少なくない。テキストデータを自動翻訳する可能性も含め、反転授業支援システムで補えればと考えている。(OSS eラーニングPFの)Moodleとの統合も含めてシステムの完成度も高めていきたい」(井上氏)

余談ではあるが、こうした新たなシステムの導入障壁は「先生だ」と井上氏は言い切っている。「利用して」と強制すると「先生たちはやってくれない」そうで、全教職員にアカウント発行していても、すべての先生が使っているわけではないと語る。また、「高齢の先生はなかなかやってくれない」とも。井上氏自身が「もうじき定年」という立場だからこそ言える、どの業界にも”あるある”な指摘だった。