ソフトバンクと日本IBMは6月29日、第3回 IBM Watson 日本語版ハッカソンの決勝戦を開催した。

このハッカソンは「IBM Watson日本語版を活用して、人々の暮らしを豊かにするサービスやモノを生み出そう」という目標を掲げている。3回目のテーマは「スマート◯◯」で、今ある製品・サービスをよりスマートに、賢くするアイデアを競った。

当日までに、事前ワークショップのDay1、予選ハッカソンとしてDay2、3を経て、54チームから5チームまで厳選された。決勝進出チームとサービス概要は以下の通り。

企業名 カテゴリ サービス概要
システムリサーチ スマート自治体 スマホなどから罹災証明書の申請が行えるプラットフォーム
セイノー情報サービス スマート長距離運転パートナー IoTデバイスでドライバーの状態を検知し、眠りそうなドライバーに語りかける
インキュビット Smart Video Ad 動画コンテンツを分析し、最適な広告コンテンツを提供
富士フイルムICTソリューションズ スマート職場 ストレスチェックにPepper+Watsonを活用
ジェイアール東日本企画 スマートおもてなし Suicaなどの交通系ICカードを本人特定に用いて、インバウンドの観光支援に活用

審査員には、日本アイ・ビー・エム 執行役員 ワトソン事業部長の吉崎 敏文氏や同社 執行役員 SW&システム開発研究所 所長の岡田 啓一氏、ソフトバンク 常務執行役員 ICTイノベーション本部 本部長の佐藤 貞弘氏、ソフトバンクロボティクス 事業推進本部 本部長の吉田健一氏、ヤフー 執行役員 ショッピングカンパニー長の小澤 隆生氏らが参加。審査はアイデアが30%、ビジネスモデルが30%、アプリプロトタイプが20%、コンテンツ定義/有効性は10%、プレゼン能力は10%の配分で行われた。

スマート自治体

システムリサーチの「スマート自治体」は、罹災証明書の自動化を目指したもの。罹災証明書は、大規模災害時に建物などの被害の程度を証明する行政証書で、通常は市町村が自治事務として現地を調査して発行する。外観目視検査による簡易的な一次調査と、より綿密な二次調査の二段階に分けて行われるが、この一次調査の代替手段として考案したものがスマート自治体となる。

使い方は簡便で、スマートフォンやタブレット、PCなどから家屋の被災状況を全景や屋内などの写真を複数撮影し、システムに送信する。システムはWatsonと連携しており、画像識別と自然言語分類のAPIを用いて、緊急度の判別を行う。ターゲットは全国の市町村自治体であり、東日本大震災発生時の罹災証明書発行枚数や他市町村からの応援要員の人件費を換算すると、約60億円程度のコスト削減が見込めるという。

審査員からは、被災者と被災自治体、双方の負担を減らせる点が評価された一方で、コスト削減が130億円から60億円というインパクトの弱さを指摘された。ただ、IBMの岡田氏は「先日の熊本地震もあったように、日本ではいつ(大規模災害が)起きるかわからない。実現される日を期待したいアイデアでした」という期待感を口にしていた。

スマート長距離運転パートナー

西濃運輸のITサービス部門であるセイノー情報サービスは、「スマート長距離運転パートナー」を提案した。同社によると、トラックによる高速道路の死亡事故率は、一般道の2.9倍であり、ドライバーの勤労環境の改善が喫緊の課題であるという。事故の要因の一つに挙げられるのが「居眠り」だが、それを解決するために用意するのが「運転パートナー」だ。

具体的には、ドライバーの身につけさせるウェアラブルデバイスやデジタコで眠気を検知し、ドライバーへ警告を行いつつ、休憩・仮眠を促す。デジタコによって眠気を検知して警告を行うシステムは現状でも存在するが、危険性を通知するだけでなく、より「人間らしく」対応できるシステムに昇華させるポイントがWatsonにある。

Watsonには、自然言語分類や音声認識、音声合成のAPIが用意されており、これらを活用してドライバーと会話させる。ウェアラブルデバイスでドライバーの状態を検知しつつ、眠らせないために「年代・趣味・嗜好にあった話題提供」「会話ログの蓄積による最適化」「仕事の悩み相談」などを行い、安全なドライビングのサポートを図る。

セイノー情報サービスはシステムに対するヒアリング調査を行っており、単純な休憩指示だけでなく、こうした「会話ができると嬉しい」という声がドライバーから上がったほか、管理部門も「ドライバー確保が難しい中で、安全に運転できるサポート技術があると嬉しい」と歓迎していたそうだ。なお審査員からは「社員がよく寝ているので、オフィス向けに欲しい」(ヤフー 小澤氏)という声があり、来場者の笑いを誘っていた。

Smart Video Ad

スタートアップ企業で唯一残ったインキュビットは、アドテク分野にWatsonを活用した「Smart Video Ad」を提案した。Web広告市場は依然として拡大を続けているが、その中でも特に大きな伸びを見せているのが「動画広告市場」だ。動画広告元年と呼ばれた2014年から2020年まで、市場は約6倍の成長を見込んでおり、2000億円の規模にまで達するという。

一方で動画広告に関するユーザー調査では、広告スキップが定常化し、ブランドに悪印象すら抱くという結果も出ており、「効率の悪い広告運用になっている」とインキュビットは指摘。これは、現状の動画広告が大まかな属性ターゲティングに頼っているが故のことだという。

そこで同社は、Watsonと同社独自のDeep Learning技術を組み合わせ、動画のメタデータ解析を行い、視聴者の興味・関心を理解して広告を最適化させる。使用するWatson APIは、音声認識と画像認識、自然言語分類で、音声をテキスト化して自然言語分類にかけつつ、映像を画像認識させることで、動画の本質を理解する。また、理解できるメリットを活かし、将来的にはリアルタイム動画への応用や、タイミングに応じたアドの更新なども目指せるとしていた。

完成度の高いプレゼンであったことから、審査員の反応も上々だった。一方で、Watsonハッカソンに協力しているサムライインキュベート 代表取締役CEOの榊原 健太郎氏からは「(例として挙げられていた)動画下にオーバーレイのインビデオ広告を流すよりも、ネイティブ広告のように、動画の再生が終了したら、そのまま動画広告を流すといった手法もCVR向上のためには必要なのでは」というアドバイスも上がっていた。

スマート職場

富士フイルムICTソリューションズの提案は、「スマート職場」。これは、昨年12月より改正労働安全衛生法で義務化された「ストレスチェック」をPepperとWatsonで行うという取り組みで、常に従業員と接することができるロボットというメリットを最大限に活かすことを目指した。

ストレスチェックは義務化こそされたものの、年1回のアンケートチェックでは「従業員の本当の気持ちが管理部門に伝わらないのではないか」と同社は指摘。そこで、オフィスに設置したPepperを活用して、普段の従業員と会話・データを蓄積することで、ストレスチェックの代替を行うという狙いのようだ。

PepperとWatsonはAPI連携が簡便なため、Pepperが行った会話を、Watsonの自然言語分類にかけて、ポジティブ・ネガティブにクラス分けして学習できる。また、Pepperは頭部に備え付けられたカメラで会話相手を撮影して表情が解析可能で、これらの蓄積によってストレスの度合いを推し量る。

会場では、Pepperが動作しないアクシデントに見舞われたものの、製品を提供するソフトバンクロボティクスの吉田氏からは「小売業の活用例が多い中で、企業内で活用しようとした着眼点は私たちとしても嬉しい」と好評価を受けていた。

スマートおもてなし

Pepperに備え付けられたカードリーダーに交通系ICカードをかざすデモンストレーション

最後に登場したジェイアール東日本企画は「スマートおもてなし」を提案した。こちらもスマート職場と同様にPepper+Watsonを利用するが、それに加えて外国人観光客への「おもてなし」を実現するために、JR東日本が提供する交通系ICカード「Suica」を活用する。

Web上のターゲティングはユーザーIDやCookieの追跡などで行えるが、リアルな場での行動把握は捕捉が難しい。そこで同社は、国内の交通網、小売店で広く使える交通系ICカードに着目。カードには乗降履歴や購入履歴が貯まるため、このデータを元に訪日観光客が次に何をしたいのか、どこへ行くのかを予測して、その場にふさわしいサービス・接客を行うことを目指した。

Pepperは、その”おもてなし”を行うエッジデバイスで、ICカードリーダーを取り付けて観光客にタッチしてもらうことで各種履歴の取得・分析を行う。2020年には観光客が4000万人に倍増するとみられる中で、多言語対応できるスタッフの拡充が間に合わないことを踏まえたソリューションとなる。バックエンドでは、Watsonで自然言語分類や「Retrieve and Rank」「Text to Speech」「Insights for Twitter」などのAPIを用いて、顧客ニーズを理解し、最適なレコメンデーションを行う。

審査員からは、決済対応もPepperで行えるようにした方がいいという提案や、インプット情報をSuicaに限らず、幅広い事業者に門戸を開き、さまざまな事業者と手を組みオールジャパンで”おもてなし”をできる環境にできるのではないかといった声が上がり、ジェイアール東日本企画の提案に刺激を受けたようだった。

>>最優秀賞は……?