ここまで、リモートワークでのチームマネジメント、人材育成についてマネージャー層の視点から、アドビや筆者が取り入れている手法について取り上げました。最終回となる今回は、少し視点を変えて女性リーダーを育てるためのアドビの取り組みについて、筆者の体験をもとに紹介します。

女性リーダーを育てるアドビのプログラム

アドビには、女性リーダー育成を目的とした「Leadership Circles」というグローバルのリーダーシップ育成プログラムがあります。毎年、米国を中心に世界中から約100名が参加します。日本からも2-3名が選ばれ、筆者は2020年に参加しました。

  • 「Leadership Circles」のセッション一覧

ここで、女性限定のプログラムと聞くと「男性が参加できないのは不公平」と思う方もいるかもしれません。しかし、いろいろな観点での多様性を尊重しているアドビという組織ですら、リーダーの立場にある女性は男性に比べて少ないのが現実です。そこで、ジェンダーギャップという今ある課題の解消をめざす取り組みの一つとして行われているのがこのプログラムなのです。

「Leadership Circles」は約10カ月にわたって行われるプログラムで、通常月は毎月1回、2-3時間のトレーニングが組まれています。加えて初回、中間と卒業の3回は特別プログラムで、3日連続、4時間ずつのインテンシブなトレーニングです。特別プログラムの回は、これまでは米国本社に世界中から参加者が集まって行われていましたが、2020年は新型コロナウイルスの影響で、すべてオンラインで実施されました。

筆者はアドビの前に日本企業に勤務していた期間が長いので、日本式のリーダーシップ研修も複数受けたことがありますが、そこでは「リーダーシップの理想形」を学び、マネジメントのハウツーやスキルを習い、自分の弱点や不得意な領域を克服して理想のリーダーになるにはどうするかに注力することが多かったと記憶しています。ところが、米国アドビ式の「Leadership Circles」は根本的にそれとは違っていて、「人はそれぞれすでに素晴らしい存在であり、誰もが自分らしさを発揮して、さまざまなリーダーシップのあり方を見つけることが大切」という理念に基づいています。そのため、プログラムも参加者それぞれが自分の価値観、自分の個性や強みを生かして、どのように自分の人生や仕事のリーダーでありたいのか、思考を深め探索をしていくように組まれています本内容は、Joelle K. Jay氏の”The Inner Edge ? The 10 Practices of Personal Leadership”という書籍にもまとまっています。

「Leadership Circles」は、座学の研修を聞いておしまいというスタイルではなく、セッション中も常に頭をフル回転させてチャットやブレイクアウトディスカッションを活用しながら参加するスタイルです。また、セッションのときよりも、むしろセッションとセッションの間の1カ月間に、学んだことを自分なりに消化して実践し、言語化しておくことのほうが大切でした。学びながら、「パーソナル・リーダーシップ・ディベロップメントプラン」というアウトプットを、どんどんアップデートしながら書き進めます。これは、いわば「自分のリーダーシップの設計図」のようなもので、各回のセッションで1つずつ新たな実践を学び、通常はエグゼクティブクラスのコーチングをしているパーソナルコーチに定期的にコーチングを受けながら、自分で考えを深め言語化していきます。これらを通して、自分の強み、自分が大切にしている価値観、そこから目指すリーダー像などが明らかになります。ここでいうリーダーとは、仕事や組織のリーダーだけではなく、自分自身をリードする自分の人生のリーダーでもあります。

自分の価値観を言語化し、ゴールを定める

プログラムの卒業セレモニーの際に感想を聞かれて、私は「電子レンジに放り込まれたような体験だった」と述べました。素晴らしいコーチ陣と女性リーダーの先輩方、そして一緒に学ぶ仲間に囲まれて、まさに電子レンジで物が中から揺さぶられて温まるように、自分の価値観を内面から揺さぶられるような体験だったからです。 自分が重視している価値観や、人生で目指しているゴールというのは、忙しい毎日の中では意識していないことが多いですし、なかなか言語化する機会もありませんから、なんとなくモヤっとしているという方が多いのではないでしょうか。私自身も全くそうでした。

筆者は社会人になって27年が経ちます。このプログラムを通して、自然体の自分が持つ個性をそのまま受け止め強みに転換すること、また大切にしている価値観を言語化してきちんと認識することをした結果、これからの自分が目指すゴールは「次の世代の成功を支援すること」だと気づきました。チーム運営においても自分が重視したいのは部下の成功を支援することだとわかったので、何かを判断するときの基準が明確になりました。部下のチャレンジをうながし、必要な手を差し伸べ、相談を受けたときにも、どうすれば成功の支援をできるかという基準で考えられるようになりました。

さらにこのことで、自分が仕事に選んできた領域の納得感にもつながりました。筆者は、ずっと教育に関わる分野で仕事をしてきましたが、これまで選んできた仕事は、もともと自分が持つ価値観によって決めてきていたことに気づきましたし、現在アドビで取り組んでいる仕事も、日本の次世代の子ども達が未来で活き活きと活躍できるように、クリエイティビティ(創造性)を育む支援がしたいから情熱をそそげるということに、改めて思い至ることができました。

  • パーソナルディベロップメントプランの一部

自分が目指すリーダー像を持ってマネジメントをしよう

本連載では、アドビで筆者が実践しているリモートワークでのチームマネジメント、コミュニケーション方法を紹介し、最後にダイバーシティ&インクルージョン推進の一環としてアドビがグローバルで展開する女性リーダー育成プログラム「Leadership Circles」での体験を紹介しました。

筆者は2005年に最初に管理職になりましたが、当時はとても肩に力が入っていて、部下からどんなことを相談されても正しく答えよう、間違ってはいけない、全てに答えられるように準備しようと意気込み過ぎていました。もちろん到底それは無理なことでしたし、部下からみれば思いが強すぎてむしろ相談しにくかったと思います。ですから、思い出すのも恥ずかしいような失敗もたくさんしてきました。

さまざまな経験や「Leadership Circles」での学びを通して、現在、筆者が心掛けているマネジメントは、正解を常に自分が持とうとするのではなく、部下と一緒に最適解を探し、部下自身が解を見つけられるように導くことです。そもそも、立場が上になり、責任を持つ領域が増えるほどに、特定の業務内容については、実務を担当している部下のほうが詳しいことが当たり前になります。ですから、日常的には部下が自信を持って安心して業務を進められるように支援をすることが自分の仕事。そして、ここ一番で決断を求められる際には、前提となる情報を必要に応じて部下に教えてもらい、その上で決断し責任を持つことが自分の仕事、と考えています。

パーソナルディベロップメントプランは、「自分の人生のリーダーシップの設計図」として折に触れて読み返し、また、折に触れてさらにアップデートしていくものです。ご紹介した書籍も参考に、皆さんもご自分の強みや、価値観を言語化し、目指すリーダー像を書き出してみることをお勧めします。これまでの自分や仕事を見つめ直し、これからの仕事の進め方の指針を定めるきっかけになるのではないかと思います。本記事が皆さんのチームマネジメント、人材育成に少しでも役立てば幸いです。

小池 晴子(こいけ せいこ)

アドビ株式会社 デジタライゼーションマーケティング本部 本部長

大手教育系出版社、米国EdTechベンチャーを経て2017年アドビ入社。2020年12月より現職。ドキュメントソリューション製品群および教育市場向け全般のマーケティングを統括し、日本社会のデジタル化を支える提案活動を多方面に展開している。