2019年に約6000億ドルだった米国のEコマース市場規模は、2020年に前年比44%増の8600億ドルに伸びた。その勢いはポストコロナでも衰えないと見られていたが、Eコマース事業者に暗雲が垂れ込めてきた。

米上院で9日に、半導体や次世代の通信技術など経済と安全保障が絡む分野で中国に対抗していくために国内産業に巨額の予算を投じる法案「U.S. Innovation and Competition Act」が賛成多数で可決された。その中に含むか議論されていたINFORM Consumer Actについては除外されたが、可決される可能性が十分にあった。今回はオンライン事業者側が食い止めに成功したものの、17以上の州で同様の法案が提案され、上院でもまだ議論は続いている。

INFORM Actは、米国のオンラインショップ・ユーザーを詐欺や危険な商品から保護することを目的とした法案だ。Eコマースサイトに対して、サードパーティの販売業者の身元確認を徹底し、業者の連絡先情報を消費者に開示することを義務付けようとしている。

日本でもオンライン通販サイトで悪質な販売業者が身元を隠して偽造品や不良品を販売しているケースが報告されているが、そうした不正に対して、日本では出品者の企業・個人の身元確認を強化し、悪質な出品者を特定して排除するように運営者に促している。欧州や韓国はさらに厳しく、不正出品に対して運営者にも法的に共同責任を負わせる場合があり、賠償責任も発生する。

それらに比べると、米国は運営者による身元確認がいい加減で、誰でも簡単にモノやサービスを販売できてビジネスチャンスが広がりやすい……と言えば聞こえがいいが、不正も行いやすく、オンライン通販市場の成長と共に過去10年で偽造や模倣品、安全性に問題のある製品、期限切れ商品などが横行するようになった。米国土安全保障省の報告書によると、2010年から2018年の間に不正商品の摘発・押収件数は10倍以上に増加。2018年にGovernment Accountability Officeがシューズやマグカップ、化粧品といったサードパーティの販売業者がよく扱う商品を47点購入してみたところ、20点が偽造品だった。

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2018年4月、テキサス州で19カ月の子どもが、Amazonでサードパーティが販売していたApple TVリモコンから飛び出した電池を飲み込んでしまった。リモコンは電池収納部が外れやすく、両親はAmazonに欠陥製品であるとして販売停止を求め、リモコンを販売した業者の連絡先の開示を求めた。しかし、販売していた個人からの回答はなく、Amazonは業者の所在を突き止めることができなかった。両親は、テキサス州の州裁判所にAmazonを提訴し、オンライン通販事業者にも欠陥製品の責任があると主張したが、米国においてこうした問題で運営者は中間業者と見なされる。

INFORM Actは、そうした被害から消費者を保護することを目的としている。だが、諸手を挙げて歓迎できないのは、同法案が今、実店舗型小売りとオンライン通販事業者の対立の新たな最前線になっているからだ。

INFORM Actを同法案を支持しているのは、DIYツールのHome DepotやドラッグストアのWalgreen、衣料品のGAPなど、実店舗展開する小売大手のグループである。対して、Amazon、eBay、Etsy(ハンドメイド製品やアート、ビンテージ品などのマーケットプレイス)、Poshmark(ファッションフリマ)といったEコマースプラットフォームが反対している。

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反対派は、情報開示が義務づけられれば、オンラインでビジネスを行おうという個人や小規模事業者が減少し、小売大手に有利な状況になると指摘している。それはコロナ禍において我慢を強いられた個人や小規模事業者をさらに追いつめることになりかねない。Etsyの場合、販売者の97%が自宅で活動しており、業者の連絡情報の開示はプライバシーに関する問題を引き起こしかねないとも主張している。

Amazonも不正出品問題を放置し続けていたわけではなく、深刻に受け止めて対策強化に乗り出していた。偽ブランドなどの偽造品を販売する業者の法的責任を追求する専門家による対策チームを設置。偽造品や不正を見分ける技術に投資し、加えて数千人規模の調査員による監視も行っている。昨年秋には、出品者の名前と所在地の公開を求め始めた。それでも、悪質な業者が後を絶たず、容易に押さえ込めない状況に直面している。過去のスパムメール問題のように、悪化しすぎて表面的な対策で解決できない構造的な問題になっている。

不正出品対策は不可避である。その点に関してAmazonは否定してはいないが、同社は「大規模な実店舗を持つ小売業者を優遇し、オンライン販売を活用する小規模ビジネスを犠牲にする一方で、詐欺や不正行為を防止したり、悪質な業者に責任を取らせる対策にはなっていない」と指摘している。INFORM Actで何とかなるなら、Amazonのここ数年の対策で状況は改善しているはずである。

WatmartやTarget、Home Depotのような従来型の小売りが、欠陥製品が消費者に届かないように十分な対策を取らなかった場合、消費者製品法に基づいて賠償責任を負わされる場合がある。ネット通販においても、効果的に消費者を保護するための法整備は必要である。だが、INFORM Actがポストコロナの成長戦略に適った対策になっているかは疑問符が付く。

このままだと、出品者情報の開示が義務づけられても不正出品を未然に防ぐのに十分な対策にはならない可能性がある。結果、詐欺や偽造品が心配な消費者は、信頼できる小売店に赴いて購入するか、オンライン通販を利用したかったらGrove CollaborativeやThrive Marketのようなサードパーティのマーケットプレイスを持たない業者を利用するしかなくなる。実店舗型VSオンラインの対立でこじれたあげくに、そこに帰結してしまったら、ポストコロナのビジネスチャンスを世界が考え始めている時に、何とも残念なことになってしまう。