ファッションレンタルを手がけるスタートアップLe Tote (評価額1億8000万ドル)が、200年近い歴史を持ち年間売上高が約11億ドルの高級デパートLord & Taylorを買収することで合意した。伝統的なデパートの終焉を思わせる小が大を呑む買収だ。
Lord & Taylorは1826年にニューヨークにオープンした。米国最古の高級百貨店である。ニューヨークの旗艦店で毎年冬に行われるウィンドー・ディスプレイは、ニューヨークの冬の風物詩として親しまれてきた。しかしながら、小売り環境の悪化で、ホールディングカンパニーであるHudson’s Bay Company (HBC)が米国でのデパートブランドを見直し、今年初めにLord & Taylorの売却を決断した。
Lord & Taylorは2008年にHBC傘下に収まっているが、その時と今回の売却は意味合いが大きく異なる。今年1月にLord & Taylorの象徴であったニューヨークのフラッグストアビルが売却されたが、購入したのはコワーキングスペース事業を展開するWeWorkと投資会社のRhoneCapitalだった。WeWorkはLord & Taylorビルを本社ビルにする。そしてLord & Taylorを買収したのは、2012年にサンフランシスコで創業されたばかりのサブスクリプションモデルのオンライン衣料レンタル企業である。
単純に規模やブランド力で考えたら、Lord & TaylorがLe Toteを買収するべきだろう。しかし、そんな付け焼き刃を思わせる施策では、今や投資家が納得しない。力関係など関係なく、今のデパート産業が抱える構造的な問題を破壊するような何かが必要。今回の売却に関して、伝統的なデパートのままでは打開できないとHBCが判断したのは明らかで、長い歴史を重ねてきた老舗高級デパートが新種の企業に買収されるというのは、高級小売り店が並ぶニューヨーク五番街の大きな変化を意味する。
合意内容は少々ユニークだ。売却額は1億ドル、加えてHBCはLe Toteの株式と取締役会の2議席を得る。またHBCがLord & Taylorに関連する不動産資産の所有権を引き続き保持し、少なくとも最初の3年間、HBCが賃料の支払いに経済的責任を負う。そして2021年以降、HBCとLe ToteはLord & Taylorネットワークを再評価するオプションを持ち、その結果によってはHBCが再開発に乗り出す可能性もある。
端的に言うなら、伝統的なLord & Taylorに新興のLe Tote、新旧を組み合わせた事業形態が何を生み出すか見ていこうということだ。
Le Toteはしばらく従業員も現状のままLord & Taylorの営業を継続させる。では、Lord & TaylorとLe Toteの組み合わせがどのようなものになるかというと、例えばデザイナードレス。特別な機会の装いだけに飛ぶように売れる商品ではない。景気が減速して売れ行きが鈍れば、出血覚悟で値引きするしかない。他にも、ファッション性を意識した大胆なデザインのファッション。売り場の華にはなってくれるが、そうしたアイテムは着ていく場所が限られるため、買ってもらう商品としては難しい。だからといって、無難なアイテムだけ揃えたらデパートに顧客を引き付る魅力を失うことになる。売れにくい商品、値引きと利益減少、取り扱い商品の減少や百貨店の体験の悪化というようなマイナス循環に高級デパートは悩まされている。
しかし、そこにLe Toteのレンタルサービスを組み合わせることで、デパートで値引きせざるを得なかった商品を、それを必要とする顧客に提供できる。買わずに素敵な服を着たいというファッションレンタルの利用者に、素敵な服を揃えても完売できずに悩む百貨店が供給するサイクルができあがる。また、Le Toteの顧客が受け取りや返却、フィッティングやコーディネートといったサービスを実店舗で受けるというような可能性も広がる。
ResearchAndMarkets.comのレポートによると、世界のファッションレンタル市場は10億ドルから2023年には25億ドルに成長する。とはいえ、オンライン衣服レンタルの利用は地域格差があり、場所によってはLord & TaylorとLe Toteの組み合わせが効果を発揮しないかもしれない。だから、そうした地域のLord & Taylorについては、将来HBCが再開発に乗り出す可能性があるというわけだ。
同じ時期に、ニューヨークのアッパーイースト・サイドに百貨店チェーンのNordstromが「Nordstrom Local」という試験的な店舗をオープンさせた。Nordstrom LocalとLe Tote/Lord & Taylorを比べると面白い。
Nordstrom Localに商品を売るスペースはなく、サービスを提供するのみ。顧客はオンラインでオーダーした商品を受け取り、その場で試着し、サイズが合わなかったり、気に入らなかったらすぐに交換や返品を行える。専門のスタッフに相談したり、スタイリングを受けることも可能。ギフト用のラッピング、お直しやリペアも受け付ける。今やこうしたオンラインショップをサポートする形態の実店舗は珍しくないが、オンラインで買い物をする人達が最も不満に思う返品や交換、お直しなどを、実店舗において"デパート品質のサービスと体験"で提供するのがNordstromの狙いだ。これも新旧の融合といえる。
Lord and Taylorが変わらず営業を続けるLe Tote/Lord & Taylorに比べると、Nordstrom Localは店の外観やインテリアからしてアッパーイーストのお店という感じで老舗百貨店とは異なる。モダン化した百貨店を選べと言われたらほとんどの人がNordstrom Localを選ぶだろう。
でも、創造性や変革の可能性を感じるのはLe Tote/Lord & Taylorなのだ。なぜなら、同じオンラインと実店舗の組み合わせでも、Le Toteが"サブスクリプション型"のレンタルサービスだから。Nordstrom Localは従来型のオンラインショップである。Le ToteとLord & Taylorの組み合わせは、売り切れなかった商品をオンラインレンタルで活かせるだけではなく、サブスクリプションからの収益を軸に"アズ・ア・サービス"として新たな展開を起こせそうな期待が持てる。一方、Nordstrom Localは、商品を販売する従来のオンラインショップと実店舗の連携の域を出ず、小売りビジネスのあり方としてこれまでと何ら変わらない。もしLord & Taylorが自身を軸にネットとモバイルに取り組んでいたらこんな結果になっていたかもしれない、と思わせる。