iPhoneの新製品発表が近づくと、ホリデーシーズン向けに登場するスマートフォンやモバイル市場の動向が話題になることが増える。今年よく耳にするのが「潮目が変わった」という見方だ。今年変わったことというと、多くの人が中国勢の低価格製品の台頭を思い浮かべると思うが、それを含めて潮目の変化は「スマートフォン減速期の到来」を指す。

IDCやGartnerの調査によると、2017年に世界のスマートフォンの出荷台数が初めて前年を割り込んだ。スマートフォン市場は過去に何度か小さなピークを迎えながらも、新興市場への拡大とその伸びに支えられて過去10年間成長を続けてきた。しかし、今回は前年を下回ったことに加えて、中国の出荷台数が大きく落ち込んでいることに関係者は警戒感を強めている。Canalysによると、1~3月期に中国でのスマートフォン出荷台数が前年同期比21%減だった。このままだと2年連続の前年割れも起こり得る。

常に新製品にアップグレードし続ける人達は変わらずiPhoneの新モデルをすぐに入手するだろうが、一般的な購入意欲は減退し始めており、新モデルが発表されたからといって買い換えにふみ切る人は減少している。今の機種に不満がなかったらそのまま使い続け、買い換えサイクルが長期化している。

「中国勢の低価格機が新たな成長要因」と見る向きもあるが、それがスマートフォン市場全体の販売台数を引き上げるものになっていない。ということは、より低価格な製品への買い換えが起こっているということだ。これは、かつてWindows PCが減速し始めた時に見られた「低価格競争」に似ている。PCのケースでは低価格競争についていけなくなったPCメーカーが脱落し、その影響で安いだけで新たな挑戦のない製品ばかりになってWindows PCの進化が鈍った。そしてPC市場の減速に歯止めがかからないという悪循環に陥った。だから、警戒感が高まっている。同じような長期的な減速期にスマートフォン市場全体が陥るのは避けたい。

今年はiPhoneの新製品だけではなく、減速期にさしかかったスマートフォン市場にAppleがどのように対処し、そして台頭する中国勢にどのように対抗するのかが注目点になっている。なぜなら、PCの低価格競争において価格の高いMacは真っ先に脱落すると見られたが、そうならなかったからだ。Appleはそれまでの価格帯を維持しながらMacのポストPC化を推し進め、そして販売台数が前年割れするPC市場において唯一成長を続けた。

昨年Appleが投入した「iPhone X」は999ドルからという、Macの下位モデルと同じ価格帯に引き上げられた。苦戦が予想され、今年の初め頃までは売れ行き不振が報じられていた。ところが、実際には現在のiPhoneのラインナップでiPhone Xが最も売れており、Appleの好調な業績を支える存在になっている。低価格化が進み、また新たな利用者の拡大が望めない今日のスマートフォン市場において、高価格なiPhone Xが成功している。なぜか?

iPhoneユーザーの多くは「より安く」に流れず、iPhoneを使い続け、上位機種へのアップグレードに意欲的である。iPhoneユーザーがiPhoneを使い続ける大きな理由の1つとなっているのが体験だ。では、何が体験の違いを生み出しているのか?

初代iPhoneの発表時にテクノロジーコラムニストのTim Bajarin氏がAppleのPhil Schiller氏をインタビューした際に、Schiller氏がiPhoneを指して「これ何に見える?」と逆質問してきた。「ガラスのスクリーンを備えた金属の塊」とBajarin氏が答えると、Schiller氏は「エキサイティングな新しいソフトウェアを届けるガラスの板だ」と述べたという。つまり、ハードウェアそのものだけではなく、Appleがハードウェアも手がけるソフトウェアとコンテンツの企業であることが、Appleのハードウェアの体験の違いを生み出している。

  • iPhone史上、最も多くのiPhoneをサポートする「iOS 12」

今年秋に登場する「iOS 12」は、昨年のiOS 11と同じ、「iPhone 5s」以上のiPhoneをサポートする。しかも、旧い機種を含めて、全体的な動作が高速になる。旧い機種のサポートはユーザーにとってはうれしいことだが、幅広いデバイスをサポートし続けるのはメーカーにとってデメリットの方が多い。今使ってる機種がより快適になるなら、iOS 12にアップグレードするだけで、今年のiPhoneの新製品への買い換えを見送る人が増える。新しい機能、最新のサービスを利用できる新しいモデルへの買い換えが活発なのがiPhoneの特徴の1つであり、旧い機種のサポートにこだわり過ぎるとiPhone全体の新陳代謝が鈍る。

それでも幅広いサポートに舵を切ったのは、これからは新しいスマートフォン利用者を増やして売上を伸ばすことが難しくなるからではないだろうか。スマートフォン市場が成長を続けていく可能性は、新しい利用者にスマートフォンを売ることではなく、世界規模で30億人近くにまで増加したスマートフォン利用者との関わり方に移っている。

Schiller氏の言う「エキサイティングな新しいソフトウェア」の体験は、UIであったり、Appleのアプリを通じて提供されるクラウドストレージや音楽ストリーミング、アプリストアといったサービス、そして同ストアを通じて提供されるサードパーティのアプリも含まれるだろう。Instagramでも、ビデオログでも、ユーザーが何かやりたいことがあった時に、それを実現するアプリがあって、5年前のiPhoneであってもちゃんと機能する。安心して快適に使えるから、有料のサービスをサブスクライブしたり、有料アプリの購入に踏み切るユーザーが増える。

長くなる買い換えサイクルに抗わず、そして買い換えを強いるのではなく、満足感を以てプラットフォームに定着してもらう。過度な低価格競争は、新しいスマートフォン、ポスト・スマートフォンに挑む力をメーカーから奪う。iPhoneの進化が停滞しているという人もいるが、iPhoneにデュアルカメラが搭載され、iPhone Xが登場してからのスマートフォンの変化を思い返したら誰がスマートフォンのデザインをリードしているか瞭然だ。それこそが、低価格競争に流されないメーカーがあり続ける最大の価値である。