カフェ・ベーカリーチェーン「Panera Bread」の創業者CEOであるRon Shaich氏が、2017年末に同職から退くことを発表した。世間を驚かせたのは、その理由だ。業績を悪化させたわけではなく、今でもビジネスへの熱意も持っている。だが、「ショートターミズム (Short-termism)」に侵されて米国経済が衰えていくのを危ぶみ、米国の長期的な成長に向けた議論を促すために退任を選んだ。

ショートターミズムとは短期志向である。Shaich氏は、長期的な成長を目指した企業努力を投資家が評価せず、短期的な成果に一喜一憂する現状を憂う。未来に向けた成長を見通せる有能なCEOが実力を発揮できないまま、取締役会はすぐにクビをすげ替える。それでは経済成長を加速させるイノベーションを起こせず、長期的な視野に基づいて計画を実行している中国のような国といずれ競争できなくなる。「私は(鉄人)カル・リプケンがベースボールをプレイしていた期間よりも長くCEOであり続けた」と、Shaich氏は述べている。

Paneraは今年7月に「Peet's Coffee & Tea」「Mighty Leaf Tea」「Krispy Kreme」などを保有するJAB Holdingsに買収された。提案にPaneraが応じた形なので「売却した」というのが正確かもしれない。それによって、Shaich氏が株主に気兼ねする必要がなくなり、投資家のショートターミズムに警鐘を鳴らす退任に踏み切った。

Paneraは近年、顧客の安全と健康のための「クリーンな食事」という目標を掲げ、人工添加物など摂取するべきではないものをまとめた「No no list」を作成して、それら96品を使用材料から外し、また清涼飲料に添加されている糖分を表記し始めた。そうした取り組みにはコストがかかり、四半期ベースの業績の数字だけを見る投資家からは嫌われる。飲食産業では、短期的な成果を求める投資家の顔色をうかがって、粗悪で安い清涼飲料に切り替えるというようなことが横行している。そんな風潮をShaich氏は嘆く。Paneraを知らない人は、Shaich氏の発言から同社がひたすら安定を重んじた古いタイプの企業と思うかもしれないが、AppleがApple Payを始めた時にいち早く導入するなど、新しい技術や考え方に柔軟な企業である。

商品は、サンドイッチ、ベーグル、サラダ、ペーストリーなど。長居できる雰囲気で、店内でノートPCを広げている人も多い

オーストラリアでの調査になるが、「Marketing Effectiveness in the Digital Era: Media in Focus」によると、オンライン広告に押されていたTV広告が近年再評価され始めた。過去10年の間にマーケティングの世界にもショートターミズムが浸透し始め、2006年~2012年まではネットマーケティングの広告効果が上昇し続けたものの、それから効果指数が下落し始めたからだ。

短期的なマーケティングは一時的に売上を押し上げるものの、すぐに下落する。その繰り返しになるから、マーケティングごとのROIは達成できるものの、売上の上昇を積み上げた大きな成長につながらない。それは短期的なマーケティングに効果がないというわけではなく、長期的な戦略が伴っていないのが原因である。長期的なブランド構築を基盤としながら短期的なマーケティングも展開することで、大きな利益と長期的な成長を実現できる。

短期的なマーケティングの一時的なインパクトは大きいが、長期的なブランド構築の方が収益の成長につながる

しかし、テクノロジー産業では革新と成長が相反することがしばしば起こっている。「なぜ創業者は優れたCEOになれないのか?」… 2013年にAndreessen HorowitzのBen Horowitz氏が公開した「Why Founders Fail: The Product CEO Paradox」が話題になった。

Steve Jobs氏が追い出されたApple、今年のUber、創業者CEOに率いられたまま企業として成長しきれなかった例は枚挙にいとまない。それをデータで証明する「Are Founder CEOs Good Managers?」というサーベイ調査の結果が9月に公表された。32カ国、中~大規模の約13,000社を調べたところ、創業者が経営し続けている企業は生産性が9.4%も低い。90年代後半から2000年代初旬に設立された米国のスタートアップ212社で、3年後も創設者が経営していたのは約50%、4年後時点で40%に減り、IPOの段階では25%になってしまう。

創業者CEOの多くが興味を持っているのはプロダクトであり、会社を大きく順調に成長させ続けていくことに関心がないパラドックスをHorowitz氏は指摘していた。Shaich氏のように、企業の長期的な成長を実現できる創業者CEOもいる。しかし、もし創業者CEOに経営の才能がなかったり、または経営に関心がないのなら、経営のバトンをその道に長けた人に託すべきである。今回のサーベイ調査の結果を読んだQuartzのCorinne Purtill氏は下のように述べている。

「創業者はよく起業した会社をベイビーや子供と表現する。そうであるなら、子供が成長した時にタイミングよく子離れすることが最も重要な決断であることを覚えておかなければならない」

そうして企業運営に失敗する優れた起業家が少なくないにもかかわらず、投資家だけではなく、私たちユーザーも、経営に長けたなCEOよりも創業者CEOの方が何かをやってくれそうな期待を抱いてしまう。それも投資家たちがショートターミズムに陥っている一因だ。企業の成長フェーズに応じた成長を実現してこそ、革新も積み重ねられる。経験のあるEric Schmidt氏に成長期のCEOを任せたGoogle、COOとしてSheryl Sandberg氏を招いてビジネス面を任せたFacebook、そしてTim Cook氏の時代に企業として飛躍的な成長を遂げたApple、いずれもショートターミズムに囚われずに成功している。