2018年に経済産業省が「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」と題したレポートを公開してから、さまざまな場面で目にする機会が増えてきたデジタルトランスフォーメーション(DX)。現在DXに関する情報をメディアをはじめITベンダー、調査会社、研究機関などが、それぞれの立場や視点で発信しています。

しかし、情報量が増加する一方で、その多くはIT製品やサービス、ソフトウェア開発の手法や技術に関する議論と、ビジネスプロセスや働き方など経営や企業文化についての議論に二極化している傾向がみられます。そのため、企業がDXを推進していくための全体像やゴールが曖昧になっていることも否定できません。

  • 中小企業におけるDX 第1回

    中小企業におけるDX 第1回

本稿では、日本の経済を根幹で支えている中小企業を対象に、限られたIT予算とリソースでDXを進めていくためのポイントを示し、中小企業がDXに取り組む際のはじめの一歩を提案します。

なぜDXは「べき論」で語られるのか

巷に溢れているDXに関する情報を眺めてみると、主に以下のような主旨で語られています。

  • 既存のITシステムでは近い将来能力不足に陥るから、すぐにITシステムを刷新すべき
  • データをもっと活用すべき
  • AI、クラウド、IoT、5Gなど最新の技術を導入・活用するべき
  • 働き方改革と生産性向上を両立させるべき
  • 企業文化や風土を抜本的に改革し、新たなビジネスモデルを創出できるフレキシブルでクレバーな企業になるべき
  • 中小企業におけるDX 第1回

    中小企業におけるDX 第1回

これらは、1960年代に企業に大型の電子計算機が導入されて以来、ITを活用した業務の省力化や効率化、大量データの計算能力の向上、ネットワークやソフトウェアの技術革新によるビジネスモデルの変革など、時代の流れや技術の進歩とともに形を変えながら、多くの企業が取り組んできた極めて当たり前の課題です。

それではなぜ、ここにきて急激にDXが注目を集め、これらの課題がDXの文脈で語られるようになったのでしょうか。またその多くはなぜ「すべきである」という強い論調になっているのでしょうか。

その主な理由として、人々の生活の変化とIT技術の進化に企業が追いつかなくなっていることが挙げられます。従業員一人ひとりがPCやモバイルデバイスを持ち、メールとオフィスソフト、グループウェアなどを使って仕事をする。こうしたITの活用方法とそれを支えるITシステムがほぼ一巡したことで、多くの企業がIT活用に関してその進化を一旦止めてしまいました。

これまでのITシステムは、ビジネスプロセスや人々の働き方がこれまでと大きく変わらないことを前提に業務効率を向上させることを目的に構築されてきたため、人々の生活や働き方、市場の変化の速度が上がると、その変化に柔軟に対応することが難しい側面を持っています。

そのため企業のITシステムが、ここ数年の間に起きた変化のスピードに追随することができず、結果的にグローバルな市場での競争力が落ちてしまうことにつながりました。こうしたことを背景に、近い未来に対して憂慮するさまざまな立場の人達が、DXを加速させて変革を急ぐべきだという「べき論」で語ることが多くなったのです。

中小企業におけるDXのゴールとは

しかし、IT予算やリソースが限られ、経営リスクの伴う大きな改革が存続の危機に直結する可能性がある中小企業が、DXに向けて一気に走り出すことは現実的には大きな困難を伴います。また、リスクを承知でチャレンジするにも、現状で示されているDXのゴールが非常に広い範囲に及んでいるため、まずはどこに向かって走り出せば良いのかが曖昧で分かりづらいのも大きな問題です。

そこで、中小企業におけるDXのゴールを下記のように定義しました。

  • データを最大限に活用した、生産性向上を目的とした仕組みを最小限のIT予算で構築する
  • そこで生まれた資源を、新たなビジネスモデル導入のエネルギーにして利益を向上させる

抜本的な経営改革やITシステムの全面刷新などではなく、リスクと予算を最小限にとどめた上で、このゴールに向かうプロセスや手法を選択して実行することが重要だと考えます。まずは、できることから小さく始める。中小企業のDXにとって、これが最も大事なポイントではないでしょうか。

はじめの一歩を考える

それでは、中小企業にとってのDXは、なにからはじめるのが効果的なのでしょうか。それは「企業活動のすべてをデジタルデータで標準化し集約する」ということです。

  • 中小企業におけるDX 第1回

    中小企業におけるDX 第1回

ここで少し昔を振り返ってみます。コンピュータが登場する以前も、多くの企業は業務で使うデータを文字という共通のフォーマットで、誰もが手に取れる紙という媒体に記録し、大福帳や帳簿といったある種のデータベースを作って集約していました。そのため、経営者や従業員は、必要に応じてその紙の文字や数字を探せば必要な情報にたどり着くことができました。

しかし、コンピュータが導入されて以降、企業活動のさまざまなデータがその当時の技術や予算などに応じて徐々に電子化されたことで、紙に記録された文字とコンピュータに記録されたデータ、すなわちアナログデータとデジタルデータが混在している状況を作り出し、その格納場所も紙のファイルやファイルサーバ、個人のPCなどに分散されてしまう状態に陥りました。

実はこの状態はまだ続いています。多くの企業が膨大な予算と時間をかけてITシステムを定期的に刷新しているのは、アナログとデジタルが混在しているデータがあちらこちらに分散された状態を少しでも改善するというのも大きな理由の1つとなっています。

裏を返せば、企業活動のすべてをデジタルデータで標準化し集約することが、これからの企業の命題でもあるのです。これは、企業の規模やビジネスモデルによらず、たとえ中小企業であっても必ず踏み出さなければならない最初の一歩です。

次回は、その最初の一歩を踏み出すために、具体的にどんな方法があり、そして何が得られるのか、サンプル事例とともに解説します。