この連載は中堅企業の情シス部門のこれからのシーズン2になります。今回は少し装いを新たにし、「小さい情シス部門のこれから」というタイトルにして、企業規模を問わず、大企業子会社のひとり情シスや中小企業のひとり情シス、また最近多い兼任タイプのゼロ情シスなどをお話していきたいと思います。

推定3万人の大企業子会社のひとり情シス

今回から3回にわたって、大企業の子会社に存在する「ひとり情シス」の現状を報告します。1,000名以上の大企業の6割には、自社のIT部門を独立させた情報系子会社が存在しますが、今回はこの情報系子会社の話ではなく、通常のグループ会社子会社の情シス担当者を対象としたものです。

大企業にはとても多くの子会社が存在することは、よく知られています。改めて調べてみると、その企業数の多さに驚愕します。東洋経済新報社の調査によると、ランキング1位はソニーで1,292社の子会社が存在します。2位に野村ホールディングスの1,285社、3位にNTTの944社、4位に日立製作所の864社と続きます。ここでの調査は連結子会社を対象としているので、資本が50%以上の子会社ばかりです。資本が50%未満のグループ子会社も含むと、さらに多くなるものと思われます。日本伝統企業のコングロマリットの規模の大きさに驚きます。

30社以上の子会社を持つ企業は日本には467社存在し、その子会社の総数は50,274社に昇ります。その中の子会社が上場することもよくあることです。子会社を上場するケースは、米国と比べ日本の企業の場合は12.2倍と多く、他の先進国を大きく引き離しています。イギリスに至っては0社です。子会社を多く抱えるグループ経営は、現代では日本特有の経営スタイルのひとつであると言えるようです。

総務省統計局の調査によると、企業グループに属する子会社の75.6%は、従業員が300名未満であると報告されています。従業員が300名未満の会社とは、中小企業基本法で「中小企業」と定義されるものです。この467社は、1,000億の売上を超える日本のトップ500社のランキングとほぼ同じです。そのため、トップ500社の大企業に連なる中小企業規模の子会社は3万8,000社ほど存在することになります。

一般的に、300名以下の独立系中小企業では「ひとり情シス」や専任者を置かないことが多いです。65%の企業は、「ゼロ情シス」や「兼任型情シス」になります。この割合を企業グループの子会社で考えてみると、大企業子会社のひとり情シスは2万5,000人ほど存在すると推測できます。

戦略的強化と経営効率化を目的として、100%出資の完全子会社もあります。この場合は、親会社IT部門から手厚いサポートを受けるということもあり、正式な情シス担当者が子会社にはいない場合もあります。しかし、ITに関する窓口的存在の人はいるので、このタイプの方も拡張型の「兼任型情シス」と位置づければ、大企業子会社のひとり 情シスはやはり3万人近くは存在するはずです。

独立系の中小企業のひとり情シスと同じ負担があるとは必ずしも言えないのですが、大企業子会社ならではの複雑な業務や指示などで非常に手間がかかることもあるようです。多くの大企業子会社の情シスの方と対話を進めていく中で、中小企業のひとり情シスと比較して、大企業子会社のひとり情シスは別の種類の深い苦悩を抱えていると感じましたので、今回、筆を取った次第です。

子会社情シスの3つのITガバナンスタイプ

子会社にはいくつかのタイプがあります。完全子会社や子会社、孫会社、関連会社、連結子会社、特定子会社などです。これらのタイプは発行株式の保有率と会社設立の経緯により、ガバナンスやコントロールの強弱が違ってきます。ITガバナンスの観点から子会社を分類すると、次の3つに分類できます。

  • 子会社のITガバナンスタイプ

①共通型

まず、本社とIT環境が全く同じで、ヘルプデスクなども同様のリソースを使う「共通型」です。大企業から事業部が切り離された部門や、海外主要拠点の地域統括会社(RHQ)など、親会社と関係が密な子会社に見られます。本社と同一の基盤にITを構築し、同一の経営管理システムを実現しているタイプです。

②独自型

2つ目のタイプは、M&Aなどにてグループ企業に加わった子会社などが該当します。連結対象であっても最初の規模が小さい時や、M&Aした企業が狙う市場のスピード感を落とさないことが重要な時、また海外の規制などでローカル資本の発言力が強いパートナーのジョイントベンチャー構築時などが、この「独自型」に属します。いわゆる、ノン・オーガニック・グロースといわれるものです。

M&Aの場合は事業が成長していることもあり、基本的にはノータッチでM&A先の企業の自治権に任せることが以前よりも多くなってきています。グループ企業のマネジメントはとても重要なことですが、M&A先に強引にガバナンスを効かせても、従業員の反発を招く恐れがあるからです。優良事業の場合は完全独立を認めて、その企業カルチャーもそのまま維持強化することも、以前よりは増えてきています。しかし、M&A自体の難しさについてはさまざま報道されている通りです。ITついて最初は自由に裁量されていても、IT資産の投資対効果などが可視化させられ、さらに集中購買などにも加わるように勧誘されるなど、徐々にガバナンスが強くなってくるとよく聞きます。そうして、次の中間型に移行することも多いです。

③中間型

意外と根が深い問題が存在するのは、「共通型」や「独自型」の両方に属さない「中間型」のケースです。良いとこ取りをしているミックス型と言えば聞こえはいいですが、方針が徐々に変化し、子会社への経営管理に関与することが増えてくることが多いです。そのたびに、ITの予算や設備なども議論の遡上に上がり、さまざまな意見が飛び交うことになります。

以前までは、「自立分権」と称する「放任」状態の中、子会社ひとり情シスは苦労してシステムを構築し運用していました。しかし、少しずつ本社から介入が増えるにつれて、子会社ひとり情シスはストレスを感じる日々になってくるようです。

この中間型は、海外拠点子会社に顕著に多いです。中間タイプはこれまで、経営管理システムが本社の提供する仕組みには加わることができず、現地で手に入れるもので業務要件を補完するなどして、システムの構築・維持をしてきました。現地事情に精通したベンダーなどの選定なども行い、山あり谷ありの末、相互に信頼できるリレーション構築に至っているのです。また、現地でのITスタッフの採用は常に苦労を伴い、採用をしても退社されることを繰り返すという中で運営してきました。

親会社の教育カリキュラムなどが提供されることはなく、ひとり情シス自身で教育係も兼務してきました。さらに、アジアの生産工場では元々コストに関する意識が強いため、子会社の独立採算の中でITに関する費用も工面する必要がありました。ITの経費もいつもギリギリの運用で、社長に何度も説得してきてお金を獲得してきた歴史があります。そのような苦労の末にIT環境を構築してきていたのですが、この中間型はさらにガバナンスが強くなることは必定なので、子会社ひとり情シスにはさらなる別の苦労が始まるのです。

子会社へ強まるガバナンスコントロール

それまでは親会社から子会社へのコミュニケーションは必要最低限だったのが、徐々に頻度が高くなってきます。グループ全体での経営管理業務のスピードアップのため、今まで以上の短いサイクルで現状の詳細な経営報告が要求されてきます。ひとたびグループ内の子会社で問題が起きると、他の子会社には同様の問題が潜在的に起きていないか確認するが必要あるためです。

しかしながら、子会社のシステムはパッチワーク的に構築してきたものが多いので、迅速な対応が難しいです。特にひとり情シスが主な体制下では、時間をかけたとしても本社の要求には対応できません。本社と共通したIT基盤にすればいいのでしょうが、費用の問題があり、簡単に決断できることではありません。最後まで、人的作業で対応を余儀なくされることになります。

また、IT資産管理やサイバーセキュリティ対策などは、従来と比較すると過干渉と感じられる程、本社から要求されます。確かに、万が一にも不正アクセスされて子会社の顧客情報が流出してしまうなどの事件が引き起こされると、本社へのITガバナンスの責任が追及され、それまでに築き上げたブランドイメージを傷つけてしまう可能性があります。これは、グループ子会社としても絶対に回避しなければいけない問題です。しかし、それを実現するためのヒト・モノ・カネが十分にはまわってこず、結局、孤軍奮闘を強いられることになります。実際のところ、ひとり情シスが人知れず奮闘してさまざまなリスクから未然に守ったとしても、評価されないことが多いのです。

この手の話は20年以上前からよく聞きますが、つい最近も同じような話を日本国内のある大企業子会社のひとり情シスの方から聞きました。最近ではさらに、厳格なITガバナンスに基づき、より詳細なオペレーションが要求されてくるそうです。そのたびに、子会社ひとり情シスが対応に苦慮し、負担が増えてきているものと推察されます。

そして転職、会社は混乱必至

今年の始めごろから、突然の転職を知らせるメールをひとり情シスの方からよく受け取ります。2019年の求人倍率は1.6倍以上となり、バブル期や高度経済成長期を超えています。すべての企業でIT、デジタル化の人材は引く手あまたです。特に、大企業子会社で苦労しながらもスキルを地道に蓄え、親会社の最新のIT戦略の方針を理解している子会社ひとり情シスの方々は転職市場ではとても人気があります。グループ企業のITに関わる方ならば身の回りでも思い当たることが多いと思います。その数の多さから、グループ内で連鎖的に伝播しているのではないかと思うそうです。

同じ100人規模の大企業子会社と中小企業を比較すると、大企業子会社は親会社から出向してくる役員や幹部職員が定期的に異動することも多いので、上司がたびたび変わります。しかし、独立系中小企業の場合は幹部の多くが長く働いているので、IT化していくまでの経緯を関係者が記憶していることもあります。そのため、後任者が決定するまでは関係者でバックアップをして凌ぐこともできます。しかし、中間型の大企業子会社ひとり情シスの場合は、周囲に苦労したプロセスや経緯などを知る人がおらず、完全にブラックボックスになることが多いです。

退職する際には、混乱を防ぐために引き継ぎマニュアルなど詳細な情報をきちんと整備する方が多いです。しかし、問題は引き継ぎマニュアルに記述するまでもないような親切心で行っているオフバランスの作業も多数あることです。残された子会社の同僚は突然のサービスレベルのダウンに嘆き、ひとり情シスの方が退職された後に改めてその方の存在の大きさを知ることになるのです。しかし、それでは遅すぎます。現在では、有能なひとり情シスは大企業子会社も中小企業も欲しい人材なので、同等のスキルを持つ後任の採用にはとても苦労します。なぜ子会社ひとり情シスが転職を決意するに至るかについては、次回お話します。

デル株式会社 執行役員 戦略担当 清水 博
横河ヒューレット・パッカード入社後、日本ヒューレット・パッカードに約20年間在籍し、国内と海外(シンガポール、タイ、フランス、本社出向)においてセールス&マーケティング業務に携わり、アジア太平洋本部のダイレクターを歴任する。2015年、デルに入社。パートナーの立ち上げに関わるマーケティングを手がけた後、日本法人として全社のマーケティングを統括。中堅企業をターゲットにしたビジネス統括し、グローバルナンバーワン部門として表彰される。アジア太平洋地区管理職でトップ1%のエクセレンスリーダーに選出される。産学連携活動としてリカレント教育を実施し、近畿大学とCIO養成講座、関西学院とミニMBAコースを主宰する。著書に「ひとり情シス」(東洋経済新報社)。AmazonのIT・情報社会のカテゴリーでベストセラー。ZDNet「ひとり情シスの本当のところ」で記事連載、ハフポストでブログ連載中。早稲田大学、オクラホマ市大学でMBA(経営学修士)修了。
Twitter; 清水 博(情報産業)@Hiroshi_Dell 
Facebook;デジタルトランスフォーメーション & ひとり情シス https://www.facebook.com/Dell.DX1ManIT/」