• 変種第2号

現在のWindows 11 Ver.23H2の最新版OS build 22631.3737に、搭載されているCopilot(Copilot in Windows)は、以前のものと異なっているようだ。今年3月ぐらいまでのCopilotには、Windowsの設定などを変更することが可能な「スキル」を持っていた。

しかし、現在のCopilotは、「Bluetoothをオンにしてください」と頼んでも、「Windows 11でBluetoothをオンにする方法」を回答してくる。どうも、Bing.comで動作するCopilot(以前Bing AIと呼ばれていたもの。ここではBing Copilotと表記する)に切り替わってしまったようだ。見た目は、同じCopilotだが、中身の異なる「変種」である。

Windows Insider ProgramのDevチャンネルで配布されているプレビュー版、Build 26120.961では、Windows 11に付属のCopilotは、アプリとしてタスクバーにピン留めされており、もはや、タスクバー右側(タスクトレー)の端にはCopilotアイコンがない(写真01)。しかも、このCopilotアイコンで起動されるアプリケーションは、PWA(Progressive Web Application)になっていて、背後にクラウド側のサービスがある。こちらも、Bing Copilotをアプリケーション化したものではないかと考えられる。

  • 写真01: Devチャンネルのプレビュー版Windows 11 Ver.24H2。ビルドは26120.961。タスクトレー右端にCopilotアイコンがなく、タスクバーにアイコンが配置されている。起動されるCopilotは、「help me save my battery」という入力に対して、設定のやり方を答えるBing Copilotに置き換わっている

実際、今年3月のMicrosoftのブログ記事「Windows 11 向けの Microsoft Copilot の改良点」では、Copilot in Windowsのスキルについて語られていた。このBlogには、「Toggle battery Saver」と入力すると、Copilotが実行するかどうかを確認している画面写真がある(写真02)。しかし、現在、同じ文章をCopilotに入力しても、Battery Saverを有効にする手順を示すことしかできない。

  • 写真02: 今年3月5日のJapan Windows Blogでは、Copilot in Windowsのスキルが紹介されており、「help me save my battery」という入力に対して、設定を変更するかどうかを確認している。Copilot in Windowsは、この時点までクラウドのCopilot機能を使うローカルアプリケーションだったことが確認できる。Windows 11 向けの Microsoft Copilot の改良点 - Windows Blog for Japanの画像を一部拡大して引用

おそらく、設定を変更する機能に関しては、今後は、Copilot+ PCのローカル推論を使うPhi-Silicaで、対応することになるからだと考えられる。Phi-Silicaは、SLM(小規模言語モデル)と呼ばれる。簡単にいえば、「ミニChatGPT」である。

SLMとは、ChatGPTのようなLLM(Large Language Model)との対比となる言葉。ChatGPT 4のパラメーター数は100兆個と言われている。それぞれが32 bit 単精度浮動小数点だとしたら400テラバイトになる。さすがに、普通のPCでは、これは大きすぎる。そのため、パラメーター数を減らし、パラメーターを8 bitや4 bitで表現し直しPCのメモリに入るような小さな言語モデルを作る必要がある。

Phi-Silicaは、Microsoftのデモプログラムなどによれば、「ブドウ糖の化学式は」という問いに回答できる程度の知識は持つようだ。Phi-Silicaモデルは、Windowsに搭載される予定で、Windows App SDKを使ってソフトウェア開発が可能だ。

ローカル推論のメリットは、コンテキストの取得やシステムの変更が可能になる点だ。また、ユーザーの情報や文書を外部に出さないため、セキュリティやプライバシーという点でも有利だ。いまのところ、設定変更や操作などをローカル推論で行うことに関しては、特に発表はないようだが、今後のWindowsのアップデートなどで可能になると思われる。たいしたことがないように見えるが、自然言語で指示するだけでコンピュータを操作できることになり、ユーザーインターフェースのあり方が変わり、GUIの導入と同じぐらい大きな変化であるとも言える。

今は、Qualcommのプロセッサ(ARMアーキテクチャ)を使うCopilot+ PCのみだが、年内にAMDやIntelの新しいプロセッサの登場に合わせ、Copilot Runtimeの改良が進むはずだ。Microsoftのドキュメント(Copilot+ PCs Developer Guide)をみると、Copilot+ PCであるためには、40 TOPS以上のNPUを搭載する必要がある。IntelのLunar Lake(Core Ultra)、AMDのStrix Point(Ryzen Ai 300)などが、Copilot+ PCの前提条件を満たすという。これらは、年内には搭載製品が出荷される予定だ。

Copilot in Windowsが、Bing Copilotに戻るのは、ローカル推論を行う新しい「Copilot」に切り替えるためだ。このようにすることで、NPUを搭載しない従来のPC(非Copilot+ PC)では、今と同じCopilotが動作することになる。そしてNPUを搭載したCopilot+ PCでは、Phi-SilicaでWindowsの設定変更などが可能になると考えられる。これが前々回の記事で述べた「『できること』に違いが出る」ことの1つだ。

Phi-Silicaを使ったAI機能は、Copilot in Windowsの後継として、Copilotに似た名前、たとえば、Copilot+などという名前で呼ばれるようになるはずだ。その導入のタイミングは、CPUメーカーのNPU搭載プロセッサが揃い、Windows 11 Ver.24H2が出るときだと思われる。

タイトルのネタは、ディック(Philip K. Dick)の「変種第2号」(原題 Second Variety)である。日本で独自に編纂されたハヤカワ文庫の短編集タイトルにもなっているが、海外にもこの作品を表題作とした短編集が2冊ほどある。だが、意外に中身が一致していない。評価は一致するが、編者により見えているものが違うということか。