• 思考機械の事件簿

AI関連の話題はまだ尽きないようだ。マイクロソフトは、最近になって急速にAIを自社製品に取り込んでいる。Bing検索にAIを取り込んだ後、OfficeアプリケーションへのAI組み込みなどを立て続けに発表している。対抗上、他社もAIを全面的に導入せざるを得なくなるだろう。そうなるとさらにAI関連のニュースも増えそうで、しばらくは落ち着きそうにない。

ChatGPTはプログラムに関する質問をしても、比較的正確な答えが返ってくる。「Exifのようなバイナリ構造のファイルを解析するライブラリを作るとき、どのようなインターフェースを作るとプログラムから利用するのが簡単になりますか?」という質問にも答えてくれる。さらに質問を重ねていくことで、どこから着手すればいいのかが分かってくる。聞かれても嫌な顔をしないベテランの「先輩」を持った気分である。

AIによる解答には間違いも多いという話もあるが、理解が「深くない」というのも関係しているのかもしれない。たとえば、コンピュータの入門書であるComputer Organization & Design(邦題コンピュータの構成と設計)の参考書を聞くと、「Computer Architecture」(邦題コンピュータ・アーキテクチャ)を勧められる。なんだか「半可通」に質問したような感じだ。手元にあるコンピュータの構成と設計第3版の前書きには、コンピュータ・アーキテクチャが難しいのでこの本を書き、コンピュータ・アーキテクチャからは入門的な部分を省いたという記述がある。おそらくは、書籍についてAmazonに記載されている程度の知識はあるが、書籍の内容自体は学習していないのだろう。これを「間違い」と切り捨てることもできるが、人間でもちゃんと読んだ人は少ないし、いまだに最初にヘネパタを読めという人もいる。間違いが多いというよりも、知識は「完全に平均的」だと考えることもできるだろう。まあ、「このミステリがすごい」を読んだだけで、偉そうにミステリを語る人もいるぐらいだから、それほど責められることでもない。

質問の仕方に解答が影響されやすい感じがある。「丁寧な質問が正答率を上げる」といった話もある。おそらく、世の中にある文書や書籍では、ぞんざいな口調で書かれているものは少なく、ほとんどが丁寧な言葉で書かれている。だから、丁寧な質問のほうがより多くのネットワークがヒットするのではないだろうか? 相手が機械だと思って偉そうに振る舞えば、テキトーな答えしか返ってこない。AIの「先輩」は何を聞いても嫌な顔はしないが、敬意を持って接しないとダメなのだ。

日本語と英語で同じ質問をしても、異なる解答が得られることがある。GPTがテキストをベースに知識を構築しているのだとすると、AIの知識が言語によりグループ化される可能性がある。ある情報については、日本語ではテキストが存在するが、英語のテキストは存在しないことがあれば、日本語からしか得られない知識、日本語では得られない知識がありえる。

たとえば、日本人の人名のローマ字表記に対応する漢字表記は複数あり、多数の人間に対応する。日本語で「塩田紳二」を尋ねると解答が得られる(真偽の程は不明だが、映画監督らしい)、英語でShioda Shinjiについて尋ねると知らないと言われてしまう(ChatGPTバージョンで状況が異なる)。同じ質問を英語と日本語で行なうと、異なる解答が得られることから、GPTでは、英語テキストから得られた知識領域と日本語テキストからの知識領域があり、知識によっては、言語的なかたよりがあるのだと考えられる。まあ、アメリカ人の常識と日本人の常識は異なる。AIが「常識的な解答」をするものだとすれば、あながち間違っているわけではない。

ChatGPTに尋ねたところ、GPTは翻訳にも対応できるが、そのためには、同一の知識に関して複数の言語データを用意してトレーニングを行なう必要があるらしい。ChatGPTでは、英語の知識を使って解答するには、質問を英語に翻訳する必要があるが、ChatGPTには質問を英訳する機能は組み込まれていない(本人談)。とはいえ、日本語で回答を得たあと「英語でお願いします」といえば、英語で回答してくれる。自身の出力に関しては何らかの翻訳機能を持っているようだ。

ここから考えるとGPTを(あるいは多くの自然言語を理解するAIを)使うのには、丁寧で正しい質問が必要と考えられる。AIで便利になると世間は騒いでいるが、正しい質問ができなければ、正しい解答が得られないし、ぞんざいな質問をすれば、テキトーな答えしか返ってこない。場合によっては、英語での質問を行なうことも必要かもしれない。

質問で答えが変わるのは、Googleなどのインターネット検索でも同じ。言語設定とは別に日本語の疑問文と英語の疑問文では結果が異なる。日本語ではいくら検索しても出てこない情報がある。AIで仕事は楽になるかもしれないが、それが可能なのは正しい質問ができる人に限られる。

今回のタイトルネタは、ジャック・フットレルの「思考機械の事件簿 I」(東京創元社。原題The casebook of the Thinking Machine Vol.1,Jaques Futrelle)である。思考機械と呼ばれるオーガスタス・S・F・X・ヴァン・ドーセン教授(長い)を主人公とした、20世紀初頭に書かれたミステリである。著者は、あのタイタニック号に乗船し、いくつかの作品が作者と運命を共にしたという。

1980年台には「Thinking Machines」というスーパーコンピューターの会社があった。ミンスキーを始めAI関連の研究者が何人か関わっていたが、同社はビジネス的には失敗した。

「Thinking Machine」とは、AIにぴったりの名前ではあるが、あんまり縁起のいい名前ではないのかも。