世間の目はiPhoneやiPadに向きがちだが、いまもMacはAppleの大黒柱。Macというプラットフォーム抜きにしてAppleを語ることはできない。そのMacに、昨年あたりから2つの噂が飛び交っている。本稿では、その噂を慎重に分析することで、2013年のMacを考えてみたい。

ARMへの移行はありうる?

MacがARMプラットフォームへ移行するかも……という噂がある。本件について語る前に、これまでOS XおよびiOSがどのような変遷を経てきたか、その辺りから話を始めてみよう。

2001年に最初のバージョン(v10.0、Cheetah)がリリースされたOS Xは、「Cocoa」と総称される上位レイヤーを中心に拡張が続けられてきた。高速な描画機構を提供する「Core Image」など「Core」という接頭詞を関したフレームワークや、Quartz ExtremeやOpenCLといったGPUパワーを活用する低位レイヤーの装備もあるが、すべてはリッチなGUI環境を下支えするCocoaの充実に向けられたものと言っていい。

ある時点における"無難な"選択を避け、理想を貫いたことも現在の成功に貢献している。出発点は旧Mac OSとの互換性維持だったCarbonを次第にフェードアウトさせることは既定路線としても、JavaからCocoaへのアクセスを可能にしてきた「Cocoa-Javaブリッジ」を2006年には廃止、より高いパフォーマンスを発揮できるObjective-Cへのシフトを鮮明にした。Javaよりもはるかにマイナーな開発言語であるObjective-Cに一本化したのだから、これは賭けだ。

このパフォーマンス重視の方針は、iOSにおいても一貫している。初代iPhoneリリース直後のAppleは、サードパーティーが開発するiOSアプリはWebベースのもの(HTML+JavaScript)のみ許可していたが、2008年にはネイティブアプリ開発ツール「iPhone SDK」の配布を開始、こちらでもObjective-Cをメインの開発言語として推進するに至った。現在のiOSプラットフォームの隆盛は、アプリ開発をサードパーティーに開放したことだけでなく、Objective-Cで開発したネイティブアプリだから実現できる高いパフォーマンスに負うところも大きい。

だから、「MacBook(Air)にARMベースのCPUが搭載されるかも」という噂話には、慎重に反応せざるをえない。確かに、ARMは64bit命令セットの「ARMv8」を発表済で(関連記事)、64bit環境への移行をほぼ終えたOS Xプラットフォームもターゲットとなりうるが、同アーキテクチャを採用した製品の出荷は2014年が予定されている。AppleもARMv8ベースのCPUを開発中と推測されるが、仮にMacプラットフォームに採用されるとしても、前倒しして2013年中に製品化するとは考えにくい。

最大の理由は、パフォーマンスにある。前掲の記事にあるARM社の資料によれば、ARMv8ベースであるCoretex-A53のクロックあたりのDMIPS値は2.3 DMIPS/MHz。一方、1世代前のMacBook Airに搭載されていたCore Duo 2/1.6GHzは3.3 DMIPS/MHz(CoreMark調べ)であり、パフォーマンス面での差は明白だ。現行のMacBook AirはCore i5に移行しており、差はさらに拡大している。

OS Xに関しては、バイナリ互換の問題もある。PowerPCからIntelへの移行の際は、Rosetta(PPCからx86へのバイナリトランスコーダ)を利用したが、それはIntel CoreチップがPowerPC G5を上回るスペックだから実現できた話。トランスコードによりパフォーマンスが数十パーセント程度低下することを考えれば、このしくみを"ARM Mac"で導入することは現実的でない。

しかし、Appleが自社で開発を進めるCPUがARMベースであり続けるのならば、長期的に見るとMacプラットフォームがARMベースに移行するという話には説得力がある。OS Xにはユニバーサルバイナリという機構があり、1つの実行ファイルに複数のCPUコードを持たせることができ、トランスコードによるパフォーマンス低下は発生しない。CPUをiOSデバイスと共有できれば、製造コスト面でも有利だ。なにより、ARMの特徴である低消費電力の恩恵を受けることができるため、MacBook Airのような機動性重視のデバイスに適している。

A4やA5といったCPU開発/設計の実績を持つAppleが自社デバイスをARMアーキテクチャで統一することは合理的であり、低消費電力化など消費者にもメリットはあるが、いますぐMacで採用するにはパフォーマンスの壁がある。とはいえ、開発ツールなど環境はある程度整備されており、Lion以降はiOSとのUIの統一性も図られつつある。移行に伴う"パフォーマンスのジレンマ"を解決できればMacプラットフォームのARM化もありうる話だが、それはARMv8ベースのCPUを量産化する目処が立ってのことだろう。"ARM Mac"(正確にはApple自社設計CPU搭載のMac)が登場する可能性はあるが、それは2013年ではない、と筆者は見ている。

初代iPod touchのホーム画面。iPhone OS 2.0の登場までApp Storeはなく、サードパーティーによるネイティブアプリ開発は認められていなかった

OS XはNEXTSTEPの時代からMach-Oというバイナリ形式を採用、x86やPowerPC、ARMといった複数のアーキテクチャに1つのファイルで対応できる特徴を持つ

あのデスクトップ機は存続するのか?

多くのMacユーザが関心を持つ話題のひとつに、果たしてAppleが「Mac Pro」を存続するのか、という危惧が挙げられる。長年Macのフラッグシップモデルとして君臨してきた当シリーズだが、その将来像は明確ではない。最新機(Mid 2012)は約2年ぶりのモデルチェンジだったにもかかわらず、Thunderboltに対応しないなど新機能の投入が見送られた。巷でディスコン(製造中止)が囁かれるのも、ある意味当然といえる状況だ。

AppleがMac Proを終わらせるのでは、という噂の論拠は大きく3つある。それぞれ裏付けとなるトピックを挙げつつ、その妥当性を考えてみたい。

ひとつは、目下Appleが注力するのはモバイル分野(iPhone/iPad)であり、Macは相対的に順位が下がること。当初2007年春の公開が計画されていたOS X Leopardが、iPhone/iOSへの集中を理由に半年後の秋へとリリースが遅らせたことは、そのひとつの証拠だろう。

もうひとつは、売上高に占める割合が年々低下し、業績に与える影響が小さいこと。2012年第4四半期(7~9月期)決算では、売上高が前年同期比27%増の359億6600万ドルのところ、Mac全体の売上高は前年同期比6%増の66億1700万ドル。そのうちデスクトップの売上高は12億5000万ドルだ。売上高ベースでMac全体に占める割合は約19%、Apple全体では約3.5%。デスクトップではiMacのほうが売れ筋であり、Mac Proの割合はさらに低いと推測できる。製造中止するにしても経営上の影響は軽微だろう。

最後のひとつは、Appleがディスプレイ装置の「高精細化」に舵を切っているという事実。現在のiOSデバイスは、200ppiを超える「Retinaディスプレイ」が主力だ。Macにしても、売れ筋のMacBook ProにRetinaディスプレイ搭載モデルを増やしつつある。OS XではTigerの頃から検討されていた既定路線であり(関連記事)、ディスプレイ分離型のMac Pro/Mac miniはこの流れに乗せにくい。200ppiを超える20インチ超の高精細ディスプレイは数が少なく、価格も高止まりしていることから、解決には時間を要する。

Mac Proに一定の需要はあるにしても、デバイスの特性そのものが上述したAppleが目指す方向とズレている。このズレが修正されないかぎり、Appleがディスプレイ分離型デスクトップ分野に帰ってくることはないだろう。高性能版Macを出すにしても、現在のMac Proのスタイルを維持するとは考えにくい。2010年にXserveが製造中止となったこととは背景が異なるが、やはり同じ道を進むように思えてならない。

2012年6月、約2年というブランクを経て発表された「Mac Pro」。処理性能は最高水準だが、Thunderboltに対応しないなど未消化感は残る

MacBook ProにもRetinaディスプレイ搭載モデルが登場しはじめた。ディスプレイ分離型のMac Proは、この"波"に乗りにくい