山形大学国際事業化研究センターは、2021年4月から、山形県内の工業高校などを対象に、「スーパーエンジニアプログラミングスクール」を開始する。
米シリコンバレーのスーパーエンジニアを講師に、ネットを通して、リアルタイムで教育を実施。プログラミング言語の学習のほか、ライブラリーを活用してプログラミングを行い、実際にモジュールを動作させ、システムを構築することを実践で学ぶという。成績が優秀な生徒に対しては、夏季休暇期間などを活用して、米シリコンバレーの企業におけるインターンシップも実施することも検討している。
山形大学国際事業化研究センター長の小野寺忠司教授は、「日本におけるIT人材不足はますます深刻になる。工業高校の生徒に、世界最先端の技術者が直接教育を行うことで、刺激を与えながら実践教育を行う。トップエンジニアの育成や、フルスタックエンジニアの育成につなげたい」と意欲をみせる。
2021年度は、山形県内の県立工業高校や工業科設置校の8校全校を対象に実施。私立高校も1校参加し、約50人の生徒が参加することになる。今後、普通高校や一般企業への展開を視野に入れるほか、これらの成果をもとに、全国の高校などにも取り組みを広げていきたいとしている。
日本のIT人材の将来に強い危機感、地域社会から変革へ
スーパーエンジニアプログラミングスクールの中心的役割を果たしている小野寺教授は、長年に渡り、NECに在籍し、ノートPCの開発に携わったほか、執行役員として同社PCの企画開発部門を統括。またLenovo Executive Directorとしても活躍した経験を持つ。2017年4月からは、山形大学の国際事業化研究センター長を務め、現在では同大学有機材料システム事業創出センター長も兼務する。
「シリコンバレーの企業のエンジニアや、ベンチャーキャピタリストなどと話をすると、日本に対する期待感が薄れていることを感じる。また、IT人材の不足は日本が抱える大きな課題のひとつであり、とくに、マネジメントを理解し、新たな技術に対応でき、設計から開発、運用までのすべてを手掛けることができるフルスタックエンジニアの育成が重要であると考えている。私が市場で実践してきたイノベーション創出モデルを、地域社会に還元し、山形県を、世界から必要とされるイノベーションを創出する21世紀型シリコンバレーといえる産業地域に変革させたい」と小野寺教授は語る。
山形大学国際事業化研究センターは、山形大学の6学部を横断的に支援するセンターであり、学部間の共同研究や連携強化を推進し、起業家人材の育成や、応用研究を事業化につなげる橋渡しなどを支援。山形大学ならではのイノベーション創出に向けた活動を実施することになる。また、有機材料システム事業創出センターでは社会実装や事業化支援、企業への技術移転支援などに取り組んでいる。
「山形県が、世界から必要とされるオンリーワン技術とノウハウを保有したスピンオフカンパニーを継続的に創出している地域となること、世界に通用する21世紀型の産業クラスターが産官学金の連携で構築されている地域であること、世界中の優秀な技術者が集まってくる地域になることを目指している」とする。
すでに、最近3年間で、山形大学発のスタートアップ企業を12社設立。米やトウモロコシをアルファ化する技術を持つアルファテック、AIを活用した独自のインターネット広告配信媒体「Candy」を提供するスリーアイズ、声や表情、脳波をもとにストレスを自動解析し、見える化するサービスを提供するYume Cloudなどがある。
一方、2017年度からは、「山形大学EDGE-NEXT人材育成プログラム」を開始し、学生や一般社会人を対象に、独自に開発した地域連携起業家育成教育プログラム、起業家育成教育プログラム基礎編および実践編を用意し、オンライン教育を実施している。コロンビアビジネススクール Venture for Allプログラムとの連携により、次世代アントレプレナーの育成や、社内起業家および企業内起業家といったイントレプレナーの育成支援、企業の新事業化支援も行ってきた。また、2019年度からは、高大連携のもと、地域の高校と連携して地域活性化活動を実施するとともに、中高生向けの「やまがたイノベーションプログラム」を実施。若い世代を対象にした起業家育成のための活動も行ってきた。
そうした経験をもとに、2020年度からは、スーパーエンジニア育成のためのプログラミングスクールを試験的に開始。シリコンバレーで活躍している4人の日本人スーパーエンジニアを講師として、オンライン講義を行い、米沢工業高校、鶴岡工業高校、寒河江工業高校、山形工業高校の山形県内の4つの県立工業高校と、工業科を持つ私立羽黒高等学校から、約20人の生徒が参加したという。
「工業高校は、新たなものを生み出すことに向けた教育を行っている。また、モノづくりに関心を持った生徒も多い。そうした環境にある工業高校の生徒たちに、グローバルセンスを持ち、グローバルで活躍している人たちの講義を受けてもらうことで、これまでにない教育成果を期待した。実際、1年間の試験運用で、短期間でプログラミングスキルをマスターしたり、いままでにない発想によってシステムを試作する例が出るなど、優れた成果があがっている」とする。
2020年12月からは、工業科を設置している県立酒田光陵高等学校が、2021年2月からは県立新庄神室産業高等学校も参加している。
シリコンバレーの技術者が高校生をリアルタイム指導
今回新たに発表したのは、2021年4月からスタートする「シリコンバレー版スーパーエンジニアプログラミングスクール」で、約1年間の試験運用の成果をもとに、山形大学EDGE NEXTの取り組みのひとつとして正式にスタート。県立長井工業高等学校と、県立村山産業高等学校も参加して、県立工業系高校が全校参加することになる。
このスクールの講義は、土曜日あるいは日曜日の午後2時からスタート。米シリコンバレーの現地時間が前日の午後9時であり、仕事が終わった時間帯のシリコンバレーのスーパーエンジニアが、オンラインで講師として参加。リアルタイムで講義を行う仕組みだ。
「シリコンバレーのエンジニアから、生徒に課題を提示し、1~2週間のあいだ、ウェブ学習プログラムを活用しながら自分で学習。その後、エンジニアがオンラインで指導。最先端の技術動向など、シリコンバレーの現状などを伝えることにも多くの時間を割くことになる。その繰り返しで、約10カ月間の学習期間を予定している。単に技術を学ぶだけでなく、グローバルに目を向けるマインドセットを醸成することも大切だと考えている」という。
GagetLaboが開発したオンラインコンテンツを利用し、基礎編、応用編を用意。ArduinoやProcessing、Pythonといったプログラミング言語を、動画コンテンツを用いて学習するとともに、「自習⇒解説講義⇒応用実習」のサイクルを通してスキルを固定化する。さらに、プログラミング言語の学習だけではなく、手のひらサイズの小型マイコンモジュール「M5StickC」を教材として使用し、学習した言語を用いながらライブラリーを活用してプログラミングを行い、実際にモジュールを動作させ、システムを構築する実践学習を行う。データサイエンスやAIといった領域にも学習範囲を広げる予定だ。
各高校の教員も講義に参加し、講義をフォローすることで、参加している生徒の学習を支援。教員も指導ノウハウを身につけてもらうことを狙う。
「教員の育成も重要だと考えている。また、現時点では、生徒全員を対象に実施することは難しい。まずは教員の推薦により参加する生徒を選ぶことになるが、すでにこの仕組みを授業の一環に取り入れたいという工業高校の声もある。また、講座では成績の結果からグレードを発行し、能力の将来性を評価。Sランクの生徒には、シリコンバレーでのインターンシップも実施したいと考えている。さらに、コンテストを開催する予定であり、ここには、企業の協賛も見込んでいる」という。
また、「今後、講師には、日本人以外のスーパーエンジニアも迎え、20人体制に増やしていきたい。この活動は、山形県だけに留めるのではなく、次のステップとしては東北エリアにまで拡大し、その後、全国の工業高校にも広げていきたいと考えている。また、普通科でも導入できるようなカリキュラムも用意するほか、一般企業への展開も行っていきたい」とし、「こうした活動をきっかけに、工業高校の役割の変化や、生徒の新たな育成方法にも影響を与えたい。講座を通じて、アントレプレナーシップとスーパーエンジニアリングの両輪での育成を図りたい」と意欲をみせる。
山形県から、スーパーエンジニアを育成する仕組みが構築され、これが日本全国に広がることで、将来の日本の競争力強化につながることが期待される。