今週、日立製作所がテレビの国内販売から撤退し、ソニーのテレビを売るというニュースが駆け巡った。具体的には、日立の地域家電店「日立チェーンストール」で、ソニー製テレビ「ブラビア」が販売されることになった。あわせて、日立は、同社ブランドの薄型テレビ「Wooo」の国内販売を終了する。

日立がソニーのテレビを売る日

日立は、1956年に戸塚工場で第1号白黒テレビの生産を開始した。1960年には初のカラーテレビを投入し、1968年には日本初のオールトランジスタカラーテレビ「キドカラー」を発売したことで、ブラウン管テレビ時代において存在感を発揮した。2002年には「Wooo」ブランドを展開し、自社生産のプラズマパネルを採用した32型プラズマテレビを投入した。だが、2009年にはプラズマパネルの生産から撤退。2010年にはテレビ用液晶パネルの生産拠点をパナソニックに譲渡することに。2012年8月にはテレビの自社生産を終了、外部から調達したものをWoooブランドのテレビとして販売していた。

ソニーマーケティング、日立コンシューマ・マーケティングおよび日立アプライアンスの発表によると、2018年10月中旬から、全国約4,000店舗の日立チェーンストールで、ブラビアの販売を開始。今後、ソニーブランドのBDレコーダーやBDプレーヤー、サウンドバーをはじめとするホームシアター製品にも販売を広げる方向で検討する。aiboやウォークマン、αなど、他のソニーブランドの製品の取り扱いについては、現時点では検討されていないという。

これまで日立コンシューマ・マーケティングでは、日立アプライアンスから、日立ブランドの製品を調達し、エコアンなどの空調製品は、日立ジョンソンコントロールズ空調から調達していた。さらに、日立コンシューマ・マーケティングの日立リビングサプライ社が、扇風機やドライヤーなどを調達し、日立ブランドの製品として、日立チェーンストール各店に流通していた。テレビに関しても、これまではリビングサプライ社が調達する仕組みとなっていたが、今後は、マクセルの乾電池やフジ医療器のマッサージチェアなどと同様に、日立コンシューマ・マーケティングが、ソニーからテレビを調達し、日立チェーンストールに流通する仕組みとなる。

  • 日立コンシューマ・マーケティングの調達ルートに、ソニーが加わる

日立チェーンストール向けに流通するブラビアに特別な型番を付けたり、専用モデルを用意することはない。今後、日立チェーンストールに置かれるブラビアのカタログやPOPなども、日立コンシューマ・マーケティングが供給することになる。

なお、全国約450店舗のソニー系地域家電店「ソニーショップ」で、日立の白物家電や空調機器などを取り扱う予定はないという。

日立がソニーと組んだ、いくつかの現実的な理由

日立チェーンストールで、ソニーのブラビアを販売する理由はいくつかある。

ひとつめは、両社の関係が、国内のアフターサービス領域で既に確立されていたということだ。両社では、2017年春から中国、四国、北海道などの国内一部地域の出張修理サービスにおいて、サービス体制を相互活用することで連携してきた。

例えば、夏場にはエアコンの修理が多く、年末にはテレビの修理が増加する傾向があるが、こうした修理が集中する時期にお互いのサービス体制を相互に活用し、繁忙期でも迅速に修理対応できる体制を構築していた。ここでは、ソニーの修理担当者がエコアン修理の技術や知識を習得して出張修理を行うこともあり、その際はソニーを前面に出さずに、日立による修理として対応していという。

2つめには、両社の製品が補完関係にあるということだ。

日立は、冷蔵庫や洗濯機などの白物家電、エアコンをはじめとする空調製品に力を注いでいるが、薄型テレビをはじめとするAV製品というと、自社生産からの撤退以降は製品力に弱さがあった点は否めない。これに対して、ソニーはAV製品を最も得意とする企業であることは周知の通りであり、その一方で白物家電製品のラインアップはない。日立にとっても、白物家電を持つパナソニックやシャープ、東芝と連携するよりも、競合領域が少ないソニーとの連携が最適であったといえる。

3つめには、ソニーにとっても、販路拡大につながることになるという点だ。

日立はテレビ事業に力を注いでいなかったものの、国内テレビ市場において、依然として数%のシェアを維持している。この背景には、全国4,000店舗の日立チェーンストールの販売力が見逃せない。とくに、地域密着型の販売体制は、高付加価値製品や高価格帯のモデルの販売にも効果的だ。地域を幅広くカバーできるというメリットに加えて、高付加価値製品を取り揃え、ネット接続率が70%を超えると言われるブラビアにとって、有力な販路を加えることができたといえる。

もちろん、これは、日立チェーンストール側にとっても大きなメリットがある。

現行のWoooでは、最大画面で55型まで、4Kモデルでは3モデルを用意しているに過ぎなかったが、ソニーのブラビアをラインアップに加えることで、有機ELテレビや、75型や85型のテレビもラインアップできるため、日立チェーンストールでのテレビ販売を強化することができる。

2011年の地デジへの完全移行時にテレビを購入した家庭の買い替え需要が見込まれるほか、2018年12月には、新4K8K衛星放送が開始され、4Kテレビの需要が拡大しそうだ。また、2020年の東京オリンピックをはじめ、大きなスポーツイベントが日本で開催されることも、テレビ需要を後押しすると見られている。そうした市場背景からも、積極的に販売することができるテレビのラインアップ強化は、日立チェーンストールが求めていたものだったといえよう。

テレビ販売だけではない、大きな計画が検討されている?

今回の発表内容の中には、気になる内容も散見される。

ひとつは、「法人向け市場での連携にも取り組む予定」としている点だ。

今回はあくまで、日立チェーンストールを通じたブラビアの販売を開始するという発表だが、両社の協業はその範囲には留まらないといえる。

ブラビアの法人向けモデルには、ホテル客室用テレビや、デジタルサイージ、会議用ディスプレイがラインアップされている。ホテル客室用テレビでは、宿泊客がチェックアウトしたあとに、音量や画面設定などを自動的に戻す付加機能などが搭載されているといった具合だ。

それに対して、日立コンシューマ・マーケティングは、学校や自治体への導入のほか、システムインテグレータなどを通じたオフィスへの販売実績を持つ。こうしたルートを通じて、法人向けブラビアの販売が可能になる。また、法人部門では、IHクッキングヒーターやエアコン、太陽光発電システムをハウスメーカーなどに納入している実績もあり、こうしたルートでの、家庭向けブラビアの販売も想定できるだろう。

  • 日立コンシューマ・マーケティングの法人向け実績

もうひとつは、「システムの相互利用の検討」という言葉である。

ここでいうシステムとは、顧客からの問い合わせシステムのことを指している。

両社のコールセンターはそれぞれ独自のシステムで運用を行っているが、両社が蓄積したAV機器や白物家電のノウハウを相互に活用し、システムにおいても連携していくことを視野に入れている。現時点では、どちらに融合するといった議論も始まっていないが、ソニーはMy Sony会員を対象にSNSやメールを積極的に活用したサポート体制を構築しており、電機業界のなかでも先進的事例として捉えられている。このノウハウを日立側に提供することは可能だろう。

さらに、ソニーでは、セールスフォース・ドットコムのMarketing Cloudを導入したデジタルマーケティングに取り組んいる。メールやSNS、ウェブを通じた情報発信による「購入前」、店舗などに来てもらい製品を体験してもらったり、製品の良さを知ってもらうほか、クーポンの提供などによる購入しやすい仕掛けを行う「購入時」、そして購入後の使い方セミナーの開催や定期的な情報提供、アフターサービスを提供する「購入後」といったように、ユーザーが体験するすべての領域において、直接接点を結んでいるのが特徴だ。これを本体の販売増のほか、オプションや周辺機器の購入促進につなげ、リカーリングビジネスを拡大するといった成果をあげている。

デジタルマーケティングの領域まで協業範囲が広がると、かなり大がかりなものになるが、両社の関係がより深まれば、こうしたところまで踏み込むといったことが考えられるかもしれない。

本丸は開発という可能性は捨てきれない

そして、今回の発表に、家電の開発を行う日立アプライアンスも名前を連ねていることも気になる点だ。両社では否定しているが、日立アプライアンスの名前が加わることで、開発という点も視野に入ることは十分ありえる。

今回は販売、マーケティング、カスタマーサービスの相互活用までは言及しているものの、製品開発という点までは含まれていない。

だが、白物家電がIoT化したり、AIを搭載したりするなかで、白物家電とテレビの連動が避けては通れないことは明らかだ。実際、競合他社では、テレビを中心として白物家電全体を制御するといった提案も行われている。

  • Android TV OSを搭載し、AIアシスタント「Google アシスタント」の利用もできるソニーBRAVIA

ソニーが採用しているAndroid TV OSを活用して、日立の白物家電との連携が可能になるといった提案は、それほど高いハードルもなく実現するだろう。地域密着型の日立チェーンストールが、家電製品丸ごと提案を得意としていることを考えると、より緊密な連携が行うといった動きにも注目される。

今回の日立チェーンストールによるブラビアの販売について、発表では「まずは、その一環として」という表現を用いているが、協業の範囲が広がる可能性は、外から見ている以上に大きいのかもしれない。