セイコーエプソンは、2024年度の事業戦略について説明。同社の小川恭範社長は、「イノベーションを通じた社会課題の解決により、事業成長を目指すだけでなく、プリントヘッドやドライファイバーテクノロジーの応用、オープンイノベーションなどの共創により、新領域の開拓を加速する」としたほか、「資本収益性および成長期待を向上させることで企業価値の向上を図ること、利益創出を重視し、事業ポートフォリオに応じたメリハリのある費用投下を行い、次なる収益の柱を育てるため、成長領域および新規領域への投資を継続する」との考えを示した。
また、2010年から販売を開始した大容量インクタンクプリンタの累計出荷台数が2023年12月時点で9,000万台に到達。すでにインクジェットブリンタ全体の78%を占めていることを示した。順当にいけば、2024年中には累計出荷台数が1億台に到達することになりそうだ。
小川社長は、2023年度を振り返り、「高インフレや各国の金融引き締めが継続し、世界経済の減速が強まり、デバイス市場においては在庫調整局面が長期化している。一方で、輸送費などの製造コストが減少するとともに、円安局面の継続がプラスに働いている。プリンティングソリューションズにおいては、オフィスおよびホームインクジェットプリンタのインク販売が増加している」としながら、「一層の費用抑制を進め、利益確保に向けた事業運営を継続していく」と総括した。
2023年度通期業績は、2024年2月に下方修正し、売上収益は1兆3,300億円、事業利益750億円、営業利益680億円、当期利益550億円の達成を目指す。「売上収益は前年並を維持するが、事業利益、営業利益、当期利益はともに前年実績を下回る。不透明な状況だからこそ、長期視点をしっかりと持ち、パーパスを通じてエプソンならではの存在意義を社内外に示す」との姿勢を示した。
エプソンでは、「『省・小・精』から生み出す価値で人と地球を豊かに彩る」をパーパスとし、創業時からのこだわりである「より効率的に(省)」、「より小さく(小)」、「より精緻に(精)」の3点にエプソンの価値があること、顧客価値の創出だけでなく、社会課題の解決にもつなげること、将来的には「地球の豊かさ」と「生活の豊かさ」といった社会価値にまで取り組み範囲を拡大するという基本方針を改めて強調した。
脱炭素や資源循環、環境投資に10年間で1兆円
小川社長が時間を割いて説明したのが、環境戦略である。
同社では、「環境ビジョン2050」を掲げるとともに、現在進行している長期ビジョン「Epson 25 Renewed」の推進においても、「環境」を重要な柱に据えている。
具体的には、2050年に「カーボンマイナス」と「地下資源消費ゼロ」の達成を目指すほか、「脱炭素」、「資源循環」、「お客様のもとでの環境負荷低減」、「環境技術開発」の4点から環境戦略に取り組んでいる。
小川社長は、「商品・サービスや製造工程における脱炭素と資源循環、環境技術開発において、2030年までに1,000億円を投資する。また、経営資源のほとんどが、環境負荷の低減に貢献する商品やサービスの開発に集中することになる。これらも環境投資を捉えれば、10年間で1兆円を超える投資になる」と語る。1,000億円の投資の進捗状況は明らかにしなかったが、「技術開発投資は後半偏重になっており、現時点では順調に投資を進めている」とコメントした。
「脱炭素」では、2023年12月に、エプソングループの全世界のすべての拠点において、使用する電力を100%再生可能エネルギーに転換。RE100加盟企業における国内製造業では初めての達成となった。また、エプソン初となるバイオマス発電所の建設計画を先ごろ発表。2026年度の稼働を目指している。
「資源循環」では、2023年2月から、商業向けプリンタの一部で再整備プログラムを開始したのに続き、2023年4月からはリファービッシュ品の提供を開始。一部プリンタやプロジェクター、パソコンなどでもリファービッシュ品の販売を開始している。
「長期使用による商品の廃棄削減と、資源の有効利用を図り、地上資源を最大限に活用して、地下資源に依存しない循環型経済に貢献する」と述べた。
また、2023年12月には乾式オフィス製紙機「PaperLab」の新たなプロトタイプを発表したほか、2023年8月には東北大学とともに、サスティナブル材料共創研究所を開設し、古紙や衣類、木材を解繊した繊維を活用し、セルロース繊維複合型バイオプラスチックおよび再生プラスチックに関する技術確立に向けた研究を進めている。
さらに、「環境技術開発」の観点では、2024年1月に、香港を拠点とするHKRITA(エイチケー・リタ)と共同開発契約を発表。PaperLabにも採用しているエプソン独自のドライファイバーテクノロジーを応用した伸縮性混紡素材や強撚糸素材の解繊技術を確立し、衣類繊維のリサイクルソリューションの提供につなげるという。
金属粉末製造技術にも力を注いでいる。エプソンアトミックスでは、独自の金属粉末製造技術により、金属資源をエプソングループで循環利用。金属端材や使用済み金型などを、再生金属原料として利用している。2023年10月から、八戸市北インター工業団地内に新たな金属精錬工場を建設しており、約55億円を投資し、2025年6月の稼働を目指す。
そのほか、自社のCO2残余排出量を相殺する CO2除去技術の確立にも取り組んでおり、インクジェットヘッドなどの薄膜技術を応用したCO2分離膜技術や、バイオ技術を活用したCO2固定化技術などにより、2050年のカーボンマイナスの実現を目指す。
長期ビジョン「Epson 25 Renewed」では、「環境」とともに、「DX」および「共創」も重要なテーマに掲げている。
ここでは、エプソンクロスインベストメントによる出資先が累計11社になったこと、2024年1月に日本政策投資銀行と共同で3DEOに出資したこと、関美工堂とデジタルオンデマンドプリントラボを開設して実証実験を開始したことに加えて、2023年7月には諏訪市と、環境保全および福祉の向上を目的とした連携協定を発表。2023年10月には福島県喜多方市と包括連携協定を締結している。
各事業それぞれの取り組みを解説
一方、各事業の取り組みについても説明した。
オフィス・ホームプリンティングイノベーションでは、複合機のボリュームゾーンとなる中速帯(40枚機、50枚機、60枚機)の商品を2023年から市場投入。グローバルでの販売を強化している。
小川社長は、「レーザー方式に比べて消費電力が低い環境性能と、メンテナンスの手間が少ないストレスフリーの性能を強みとして、レーザーからの置き換え需要を獲得していく。とくに、北米および欧州などの先進国での需要に対応しているほか、中国においても、これらの性能を求める顧客への訴求を行っていく」と述べた。
大容量インクタンクモデルについては、2023年度に年間約1,240万台の出荷を見込んでいること、2023年12月に世界累計出荷台数が9,000万台に達したことを示した。なお、インクジェットプリンタの年間販売台数は約1,600万台を計画しており、すでに78%が大容量インクタンクモデルになっている。現在の出荷量を維持すれば、2024年中には世界累計出荷が1億台に到達することになりそうだ。
商業・産業プリンティングについては、2023年6月に、イタリア・ミラノで開催された「ITMA」に、新型デジタル捺染機「ML-13000」を初めて公開。前後処理を機器に内蔵したインラインソリューションにより、生産効率のさらなる向上と環境負荷低減を両立できる特徴を訴えた。国内では2024年4月中旬から発売する予定だ。また、2022年10月からデザイナーのYUIMA NAKAZATOとのパートナーシップによる共創をスタート。環境負荷を低減しながら、多様なニーズに応えることが可能な高品質な衣服づくりを可能にし、ファッション産業におけるバリューチェーンの進化を目指した取り組みを継続していることも示した。
PrecisionCoreプリントチップについては、前工程を行う諏訪南事業所が満床状態で稼働しているのに加えて、広丘事業所9号館の増強を進めており、生産能力を3倍強に拡大。3年間で約230億円を投資しているところだ。また、後工程については、東北エプソンでの生産体制強化に加えて、秋田エプソンの新棟を竣工。あわせて3年間で100億円を投資することを発表した。これらの投資により、「中期の売上拡大に対応した生産能力を、ほぼ構築できた」と述べた。
商業・産業プリンティング向けのプリントヘッドの外販も強化しており、中国の印刷機メーカーへの販売が順調に拡大。また、資本提携をしているエレファンテックでは、エプソンのプリントヘッドを採用したプリント基板の量産設備を増強するとともに、2023年11月には台湾の LITEONとの提携により、フレキシブルプリント基板の生産にエレファンテックの技術を採用。その結果、エプソンのプリントヘッドの活用領域が拡大されることになる。
また、マニュファクチャリングソリューションズでは、2023年11月に開催された国際ロボット展において、2023年7月に発売した安全機能対応スカラロボット「GX-B」シリーズをはじめとした新たなロボットを提案。部品生産システムのほか、食品搬送ロボットや惣菜盛り付けロボットを展示し、柔らかい食品を弁当トレイに詰めるデモンストレーションが大きな反響を得たという。また、ロボットによるワークハンドリング機構と複数のインクジェットヘッドによる立体積層印刷の事例として、ヘルメットへの加飾印刷も参考出展した。「顧客の投資抑制により、欧州や中国での販売が減少しているものの、深刻な労働者不足の改善に向けた提案が好評だった」という。
ビジュアルイノベーションでは、長野県松本市の松本城におけるプロジェクションマッピングの実施や、東京・港区の麻布台ヒルズで開館した「エプソン チームラボボーダレス」において、エプソン販売がプロジェクションパートナーとして協賛したことを報告。「エンターテメイント分野での活用のほか、映像配信サービスの世界的広がりや、家庭での遠隔コミュニケーションによる学習および仕事での用途拡大の機会を捉え、プロジェクションによる映像視聴体験価値を引き続き訴求していく」と語った。
マイクロデバイス事業では、国際宇宙ステーション「きぼう」で実証している自律移動型船内カメラに、エプソンのIMU(慣性計測ユニット)が採用されたことに触れ、「2024年度以降、New Space分野において、小型人工衛星向けのIMU開発を強化していく」と述べた。現在、マイクロデバイス事業は、世界的な景気後退やインフレの進行によって、民生機器向けを中心に需要が低迷しているが、「市場の本格的な回復を2024年度下期以降に見込んでいる」とした。
また、同社では、2023年8月に、エプソンブランドの商品やよびサービスを取り扱う新たな販売会社「Epson Middle East FZCO」を設立し、中東およびアフリカ市場に向けた販売強化を進めている。「在宅勤務や在宅学習、個人利用による印刷需要は今後も継続し、増加すると考えられる。このような環境変化を捉え、商品やサービスを提供していく」と語った。
小川社長は、「Epson 25 Renewedでは、事業ポートフォリオを定め、成熟領域でしっかりと利益を確保して、成長領域や新規領域に投資する体制を確立している。なかでも環境によって、社会に貢献し、成長させていくシナリオとし、それを実践している。成長領域であるオフィスプリンティングや商業・産業プリンティング、プリントヘッドの外販をいかに伸ばしていくかがポイントである」とし、「右肩上がりのところもあれば、当初計画より厳しい領域もある。市場評価をみると、環境への貢献が成長につながるという結果が、期待値には届いていない。レーザープリンタをインクジェットブリンタで置き換えていくという夢に対して、着実に伸びているが、急激に伸びているわけではない。実績を積みながら期待値をあげていく必要がある」と述べた。
エプソン販売は国内市場へ「環境」「省人化」「DX」を提案
一方、エプソン販売の鈴村文徳社長は、国内における販売活動について説明した。
エプソン販売では、「環境」、「省人化」、「DX」の3点から、国内市場に向けた提案を行っているという。
環境については、インク吐出に熱を使わないインクジェットプリンタの導入が、オフィスにおいて、すぐに実行できる環境対策のひとつであることを強調。エプソン製品が、2023年に、「省エネ大賞 資源エネルギー庁長官賞」を受賞するなど、オフィスの省エネに効果があると評価されていることを示した。
環境における具体的な実績として、医療・福祉分野のあるユーザーでは、従来は535台のレーザープリンタを導入していたが、これを配置の最適化により、設置台数を約8%削減した489台のインクジェットプリンタに置き換えた結果、年間消費電力は4万1,538kWhから約85%減となる5,886kWhに大幅に削減。CO2排出量は年間1万7,279kgから、2,448kgへと約85%削減できたという成果があがっている。
エプソン販売の鈴村社長は、「レーザープリンタが稼働していた際には、電気代が年間160万円を超えていたが、インクジェットプリンタに置き換えることで、年間25万円にまで削減できた。プリンタの入れ替えが約7年で行われていることから逆算すると、1,000万円規模の電気代のコストダウンが可能になる」と指摘した。
だが、その一方で、「インクジェットプリンタは、圧倒的な環境性能を誇っているが、自動車産業のEV化のように、切り替えようというムーブメントが起こし切れていない。プリンタ単品での訴求では顧客に響かないため、よりお客様に寄り添った形での提案が必要だと考え、『サステナビリティ経営の推進支援サービス』という形でアプローチを開始している」という。
ここではアセスメントサービスを用意。現状の問題をわかりやすく可視化する「可視化分析」、最新トレンドに準拠した対応策を提案する「対応策支援」、具体的な環境施策を実施および支援する「環境施策の実施・サポート」の3つのステップで提案。「サステナビリティ経営をやりたいが、なにからはじめたらいいのかわからないというお客様に対して、エプソン販売が最初の一歩を提案していくサービスとして提供している。すでに40社以上の企業に対して、伴走支援をしている」と述べた。
また、PaperLabのラインアップを強化したことで、地域や企業間での共同利用などにおける具体的な活用シーンをもとにした提案活動を強化する姿勢も示したほか、プリンタの5年間に渡る安心サポートにより、故障しても修理をして使い続ける提案を行う「カラリオスマイルPlus」の累計販売数が11万6,000件に達し、サービスに対する顧客満足度が70.7%となっていることも報告した。
新たな取り組みが、ファッション業界において、デジタル捺染を活用することで、過剰な在庫を持たないサスティナブルなプロセスを実現する提案だ。エプソン、アベイル、三陽商会が連携して取り組んでいるもので、エプソンのデジタル捺染機「Monna Lisa」を使用することで、水使用量を約96%削減するほか、生地に直接印刷を行い、これを三陽商会がグローバルで展開するビジネスに採用することになるという。
「オンデマンドで衣料を提供できるようになり、衣料の廃棄ロスを実現できる。2023年に、阪急うめだ本店で試験運用を行い、様々な課題が見えてきた。ブラッシュアップし、ビジネス展開につなげていきたい」と語った。
省人化の取り組みでは、京都の銘菓である「生八つ橋」の仕分けにロボットを活用した自動化を推進。柔らかい生八つ橋をつぶさずに掴み、1秒に約1個の-ペースでトレイに並べることができる事例を紹介した。「職人の高齢化や人手不足による働き手の減少に対応できるようになる」とした。
DXについては、文教市場における先生の働き方改革と、生徒の学習意欲の向上に向けた取り組みに触れた。
現在、国内の教育現場では約5,600台の高速インクジェットプリンタと、約13万台のプロジェクターが導入されており、「定番品になっている」と胸を張る。
さらに、スタディラボでは、家庭内のプリンタに課題プリントを配信し、自宅で学習後、それをスキャンして送信することができる家庭学習支援サービスを実現していることを示した。同様の仕組みを利用して、京都新聞では、新聞の配達困難地域に対して、新聞紙面データを送信し、貸し出したプリンタによって自宅で印刷し、紙で読むという実証実験を開始しているという。
また、新たなサービスとして、月額サブスクリプション方式の「ReadyPrint」の有償テストマーケティングを2014年1月30日~5月13日まで実施していることにも触れた。プリンタを貸し出し、インクが無くなる前にインクを自動配送し、故障時の無償交換にも応じるというもので、4回に渡り実施し、各回100人ずつが参加しているという。「ビジネスモデルの転換のひとつとして取り組んでいる」と位置づけた。
なお、エプソン販売では、導入実績があった石川県庁との連携により、災害対策業務支援や罹災証明の発行などの行政活動の支援を目的に、エプソンのスマートチャージの貸し出しを行ったことも紹介した。2024年1月中旬から、石川県庁、珠洲市役所、能都町役場にそれぞれ2台の複合機を提供。「被災地におけるコミュニケーションでは、紙が欠かせないという話をもらった。また、紙を配布するのにも電力の問題で苦労しているという話も聞いた。環境性能の高さを生かして、住民への緊急連絡やスムーズな復興活動を支援している」と報告した。
今回の会見では、2024年4月からエプソン販売の社長に就任する同社 取締役 販売推進本部長の栗林治夫氏もコメントした。
栗林次期社長は、「脱炭素支援の活動、生産現場を中心とした省人化の活動、お客様の DX推進の支援により、日本の社会課題を解決することが、エプソン販売の事業の軸である。この取り組みをさらに進めたい。そのためには、顧客に真に寄り添い、困りごとを理解し、それを価値に転換するといった活動を繰り返すことが大切になる。顧客に多くの笑いと活力を提供したい。日本を元気にし、業界を元気にしたい」と語った。
栗林次期社長は、2024年4月にも、事業方針説明を行う考えを示した。
また、鈴村社長はこれまでの社長在任期間を振り返り、「お客様を軸にして活動する会社に変わることに力を注いできた。この考え方は、5年間の在任期間中の取り組みのなかで社員に浸透してきた。やり残したことはいくらでもある」と笑った。