セイコーエプソンは、秋田県湯沢市の秋田エプソンに、インクジェットプリンタ用ヘッド製造を行う10号棟を竣工。12月22日午後3時から、同新棟で竣工式を行った。

前日からの雪が積もるなか、セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の𠮷田潤吉氏や、秋田エプソンの平田潤社長、秋田県雄勝地域振興局の加賀谷由博局長、湯沢市の佐藤一夫市長など、約120人の関係者が出席した。

  • インクジェットの革新で成長打ち出すエプソン、秋田で生産能力増強に大きな一歩

    雪が積もるなか竣工した秋田エプソン10号棟。奥にあるのが既存の7号棟

  • 左が10号棟、右が7号棟。内部は廊下で直結しており、外に出ることがなく移動できる

  • 竣工式は10号棟2階で行われた

  • 竣工式の様子。約120人が参加した

竣工式で挨拶した秋田エプソンの平田社長は、「10号棟は、エプソンのインクジェットプリンタ用ヘッドの生産能力増強を目的にしたものであり、約35億円の投資を行い、工事期間は1年におよぶ大きなプロジェクトであった。2022年春に新棟建設の正式決定の一報をもらった時に、社員一同が大きな喜びに包まれたことを思い出す。新棟では、低印刷コストを実現する大容量インクタンク搭載プリンタ向けや、印刷コストや環境性能に優れたビジネスインクジェットプリンタ向けのヘッドの生産を行うことになり、将来的には、秋田エプソンにおけるプリントヘッドの生産能力を現在の3倍に向上させる計画である。セイコーエプソングループが持つ最先端技術を投入しながら、生産ラインの自動化や合理化を進め、究極の生産性と高品質を実現し、エプソンの事業拡大に貢献していく」と述べた。

  • 竣工式に参加する(前列左から)セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の𠮷田潤吉氏と、秋田エプソンの平田潤社長

  • 竣工式で挨拶する秋田エプソンの平田潤社長

  • 玉串奉奠を行う秋田エプソンの平田潤社長

  • 玉串奉奠を行うセイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の𠮷田潤吉氏

  • 神主による新棟の清払の様子

エプソンは、独自のPrecisionCoreマイクロTFPプリントヘッドを開発し、自社工場で一貫生産を行っている。具体的には、開発および企画設計は長野県塩尻市の広丘事業所イノベーションセンターで行うほか、生産については、広丘事業所9号館および諏訪南事業所が前工程を担当。アクチュエータプレート、インクチャネルプレート、ノズルプレートの3枚のチップを生産し、これらを張り合わせることで、PrecisionCoreプリントチップを生産する。また、今回、新棟を竣工した秋田エプソンと、山形県酒田市の東北エプソンでは、前工程で生産されたプリントチップに、基板や部品、ケースを組み合わせてプリントヘッドを生産する後工程を担っている。このように、国内で生産されたPrecisionCoreマイクロTFPプリントヘッドは、フィリピンやインドネシアなどの生産拠点において、プリンタや複合機などの完成品に搭載され、全世界に出荷されている。

今回の秋田エプソンの10号棟は、大容量インクタンク搭載プリンタおよびビジネスインクジェットプリンタ用ヘッドの後工程を行い、すでに稼働している7号棟とつながる形で建てられ、ここで蓄積したノウハウなどを活用。さらに、エプソン製ロボットを導入するとともに、最適なレイアウトの追求や、AGVの活用による物流の効率化も推進。人生産性やスペース生産性のさらなる向上も織り込むことで、7号棟と比較して30%以上の生産性向上を実現できるという。

  • すでに稼働している7号棟のプリントヘッド生産工程の様子。自動化が進んたでいるが、10号棟ではさらに30%の生産性向上を目指す

建築面積は約3,664平方メートルで、延床面積は約1万602平方メートル。鉄骨造3階建てとなっている。2024年1月から、1階に配置する樹脂成形などによる部品製造エリアでの稼働を予定しており、それ以降、2階および3階の組立エリアに、段階的に生産設備を導入することになる。生産設備の導入に向けては、これまでの35億円の投資のほかに、別途投資を行うことになる。

セイコーエプソンの𠮷田執行役員は、「後工程に対する投資が今後も必要であれば続けていくことになり、これが最終ではない。秋田エプソンでは、2030年までに現在の3倍規模で生産できるようにする」と語る。

前工程を行う広丘事業所の9号館では、3年間で約230億円の投資を行っているところであり、この増強にあわせて、秋田エプソンでの後工程を強化することになる。秋田エプソンの後工程生産設備への投資額は明らかにしなかった。

また、秋田エプソンの平田社長は、「7号棟とほぼ同じ建屋の規模でありながら、少人数でオペレーションできるようにした。7号棟に併設して建設しており、PrecisionCoreマイクロTFPプリントヘッドの部品から組立までを、より効率的に行うことができる」と語った。

  • プリントヘッド/プリンターの生産工程と、今回の増強

なお、秋田エプソンが新棟建設において投資した約35億円の一部は、あきた企業立地促進助成事業補助金を利用している。

今回の秋田エプソンの10号棟の竣工は、PrecisionCoreマイクロTFPプリントヘッド搭載インクジェットプリンタの需要増加による製品ラインアップ強化や、プリントヘッド外販の拡販対応も視野に入れたものになっている。

  • セイコーエプソン 執行役員 プリンティングソリューションズ事業本部長の𠮷田潤吉氏

セイコーエプソンの𠮷田執行役員は、「プリンティング事業はセイコーエプソン全体の7割を占めている事業であり、そのうちのひとつであるオフィス・ホームプリンティングイノベーション事業は、インクジェットプリンタ技術と、紙の再生技術による環境負荷低減、生産性向上を実現。さらに、分散化した印刷環境も提供することを目指している。インクジェットの特徴は、低消費電力、低資源であり、環境にやさしい技術である。エプソンでは、現在、オフィスの主流となっているレーザー方式の印刷技術から、インクジェット方式の印刷技術に置き換えることをビジョンに掲げている」とする。さらに、「もうひとつの事業である商業・産業プリンティングイノベーション事業は、商業・産業印刷の主流となっているアナログ方式からデジタル方式へとシフトし、環境負荷の低減、生産性向上を実現することになる。適地、適量、適時による分散型印刷が可能になるように、産業構造に変えていくことも目指している。これらのプリンティング事業をパートナーとともに推進していくことになる」と語る。

  • セイコーエプソンのプリンティングイノベーション

ペーパーレス化の進展や、オフィスへの出社率低下、さらには、景気減速の影響などを背景に、プリンタおよび複合機は、市場縮小が指摘されている。だが、PrecisionCoreが搭載されるエプソンのインクジェットプリンタは、オフィスにおいては省電力化や環境配慮の観点から、レーザープリンタからインクジェットプリンタに置き換える潮流が生まれ始めていること、エプソンが先行した大容量エコタンク搭載プリンタの販売が海外を中心に成長していることに加え、これまでエプソンがシェアが低い複合機市場に向けた製品ラインアップの強化、商業印刷や産業印刷のデジタル化の推進、捺染などの新たな分野への提案など、市場成長のチャンスが多い。

また、現在、エプソンのインクジェットプリンタにおけるPrecisionCoreプリントヘッドの搭載比率は約2割だが、商業・産業向けプリンタや高速ラインヘッド搭載のインクジェット複合機では、1台あたりの使用チップ数が多くなるため、今後は、搭載比率が増加すると想定している点も見逃せない。

セイコーエプソンの𠮷田執行役員は、「2025年以降の事業成長を見越した投資になる。事業成長にあわせて段階的に増やしていく」と述べた。

エプソンでは、2026年にレーザープリンタの販売を終息する計画を発表している。

「エプソンでは、インクジェットによる製品ラインアップ強化を進めており、レーザープリンタの2026年の販売終息については予定通りに進んでいる。欧州や台湾、アジア、南米など、環境に敏感な市場ではインクジェットプリンタが持つ省電力、省資源といった環境性能の高さに対するメッセージが理解されはじめている。インクジェットプリンタの需要が高まれば、それにあわせてプリントヘッドを増産していくことになる。今後は、市場で使われているレーザープリンタの置き換えを増やすことに力を注いでいく」と意欲をみせた。

エプソンのプリンタに搭載されているマイクロピエゾ技術は、1993年3月に発売したインクジェットプリンタ「MJ-500」に初めて搭載され、今年で30年目の節目を迎えている。

電圧をかけると変形するピエゾの力で、インクを高い精度で吐出する方式であり、熱を加えない「Heat-Free Technology」を採用しているため、インクの選択肢が広く、ヘッドの耐久性が高く、さらに高速化や小型化しやすいという特徴がある。開発当初は量産化が難しいと言われていたが、エプソン独自の生産技術によってこれを解決。秋田エプソンの生産工程にもそのノウハウが導入されてきた。

竣工した秋田エプソン10号棟で生産するPrecisionCoreは、マイクロピエゾ技術を活用したインクジェットヘッドでは第3世代となるもので、マイクロTFPプリントチップを直列に並べたシリアルヘッド方式や、高速印刷などに適したラインヘッド方式など、プリンタの用途に合わせて構成。ひとつのチップで、多様なプリントヘッドを実現できる。

  • マイクロピエゾとPrecisionCoreの概要

これにより、家庭やオフィスで使用する紙や商品ラベル、屋外サイン、外壁、カーラッピングなどへの印刷用途のほか、捺染や回路基板などにもPrecisionCoreが利用されている。

  • PrecisionCoreに使用されるプレート

  • 複合機に搭載されているラインヘッド方式のプリントヘッド

  • ラインヘッド方式は、手前にあるひとつのヘッドを6列並べることになる

  • 高速ラインインクジェットを搭載したエプソンの複合機

𠮷田執行役員は、「マイクロTFPプリントチップは、直列に並べたシリアルヘッド方式や、高速印刷などに適したラインヘッド方式といったように、用途に合わせた柔軟で多様なプリントヘッドの構成を可能としている」としたほか、「耐久性、スケーラビリティ、インク選択の自由度が高く、どんな機種にも展開が可能であるという特徴がある。ひとつのモジュールを使って、様々な用途に活用できるため、家庭用プリンタから、オフィスの複合機、産業用プリンタまで応用できるのが特徴である。マイクロピエゾヘッドを量産している企業はほかにはない」と自信をみせた。

30周年を迎えたエプソンのマイクロピエゾ技術は、秋田エプソンの10号棟や、投資を行っている広丘事業所9号館の増強により、高い生産性と量産体制を強化。同社のインクジェットイノベーション事業の成長を下支えすることになる。

  • 竣工式で関係者に配られた記念の日本酒。地元である湯沢市の両関酒造の「雪月花」。ラベルはエプソンのラベルプリンタで印刷された特別仕様だ